肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「ナポレオン言行録 感想」編:オクターヴ・オブリ / 訳:大塚幸男(岩波文庫)

 

ナポレオンさん自身の言葉や手紙を収録した本が日本語訳されておりまして、漫画や小説等で有名なあのセリフの元ネタはこれだったのかと理解できたりジョゼフィーヌさんへの態度のアゲサゲっぷりが平凡な若い男性っぽくてウケたり息子への手紙が実際的な示唆に富んでいたりと、読みどころがふんだんにあってかんたんしました。

 

この本が面白かったので、GW前半は長谷川哲也さんのナポレオンを全巻読み返して過ごしてしまいましたわ。もうすぐ最終巻が出る予定、寂しいなあ。

 

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かならずしも長くはない一生にナポレオン(一七六九―一八二一)はおびただしい量の手紙・布告・戦報・語録などを書き,あるいは口授した.本書はそのうちから最も意味深く最も興味深い文章を選んで年代順に配列したものであって,不世出の英雄の波瀾にとむ生涯が,かれ自身の筆とことばによって生々しく記録されている.

 

 

 

特に印象に残った箇所をいくつか紹介しつつ。

 

 

私は諸君を世界一の沃野に誘導しようと思う。

 

イタリア遠征時に兵へ告げた超有名なセリフですね。掠奪許可とも取れますが。

 

 

 

君が、わたくしはあなたを以前ほどは愛していないのよ、という日は、私の愛の最後の日であるか、私の生涯の最後の日であるだろう。

奥さん、あなたはいったい、一日じゅう何をなさっているのですか? どんな重要な用件があればとてあなたのお人よしの夫に手紙を書く暇もないのですか?

君の楽しみと君の幸福とだけを享受するがいい。私の愛と同じ愛を君に強要することは、それは私の間違いだ。

 

イタリア遠征しながらジョゼフィーヌさんへ送っているラブレターより。

忙しいのに恋文送りまくるマメさにかんたんしますし、まったくつれないジョゼフィーヌさんもパネェなあって思います。

 

 

 

私の権力は私の栄光にかかっている、そして私の栄光は私が博した数々の戦勝にかかっている。もし私が私の権力の基礎として更に栄光と新しい戦勝とを加えなかったら、私の権力は失墜するだろう。私の今日あるは征服のおかげなのだ、私の現在の地位を維持してくれるのは征服だけなのだ。

 

執政時代のお言葉。

ナポレオンさんの足場を非常に分かりやすく自己解説されています。

後世からみればナポレオンさんの業績は戦勝だけでないことは知られていますけれども、当時の権力基盤の成り立ちとしてはその通りだよなあと。政治権力の維持のつらさが伺われますし、後々のナポレオンさんの行く道と直結している点でも重みがあります。

 

 

 

私の国民はふたたび諸君に見えて喜ぶであろう。そして諸君は、《私はアウステルリッツの戦闘に加わっていた》といいさえすれば、こういう答を受けるであろう、《ああこの人は勇士だ!》と。

 

アウステルリッツ後に兵へ告げたお言葉。

ナポレオンさんは本当に兵士目線での鼓舞がお上手です。こういう、相手の身に立った言葉を使いこなせるセンス、身につけたいと思いますね。

 

 

 

私にはあなただけしか眼に入りませんでした、私の讃嘆するのはあなたひとりです、私の欲情するのはあなたひとりです。一日千秋の思いで待ちこがれている私の熱情を鎮めるために早く御返事を下さい。

 

ポーランドの愛人マリア・レツィンスカさんに送ったラブレター。

ジョゼフィーヌさん以外の女性も目に入るようになった皇帝でありますが、相変わらずラブレターの返事を早く欲しがるせっかち属性はまったく変わっていなくてかわいいですよね。

 

 

 

拝復。君は私と文通している婦人たちについていっているが、私には何のことやらわからない。私が愛しているのは私の可愛いジョゼフィーヌだけなのだよ。善良で、不平屋で、気まぐれで、何をしてもそうであるように、優雅に喧嘩をするすべを知っているジョゼフィーヌだけなのだよ。

 

浮気を弁明するナポレオンさん。攻守が逆転した感がありますね。

ジョゼフィーヌさんにかける言葉に親しみが籠もっているだけに、上手いなあと思いますしタチ悪いなあとも思いますわ。

 

 

 

妻よ、君が今日、力なげな様子だったのは無理もないが、それにしても度が過ぎると私は見た。君はこれまで勇気を示して来た。自分をささえるために勇気を見つけなければいけない。致命的な憂愁に負けてはいけない。満足して、そしてとりわけ健康に気をつけなければいけない。君の健康は私にとってそれほど貴重なのだから。

 

ジョゼフィーヌさんとの離婚後。しゃあしゃあ。

ナポレオンさんとジョゼフィーヌさんとのやり取りを見るにつけ、大衆から見るとジョゼフィーヌさんも込みでナポレオンさんが愛されていたんだろうなと感じます。世継ぎ要否とかいろいろ難しい点があるので是非は語れないのですけれども、ナポレオンさんとジョゼフィーヌさんの関係性は一般人に好感を抱かれていただろうし、離婚が皇帝と民衆との距離を広げてしまった感もありますね。

 

 

 

私は私の一族を王位に即けたということで私のキャリアを暗くしたし、今もそれが私のキャリアの妨げとなっています。人は歩きながら学ぶものですね、私は今にしてわかりました、王族の者たちを絶えずしっかと王に従属させておくという、古い諸々の君主国の根本原則がいかに賢明であり必要であるかということが。私の一族の者たちは私が彼らのために尽くしてやった以上に私に害を及ぼしています。

 

メッテルニヒさんとの対話より。ご苦労が察せられますし、本音もそうとうに混じっていそうです。

 

 

 

さらば、私の子らよ! 私は諸君をみんなこの胸に抱きしめたい、せめては諸君の軍旗に接吻させてもらいたい!……

 

退位後、親衛隊への告別にて。

さはさりながら、大勢の親衛隊がエルバ島についてきてくれたようですね。

 

 

 

私の息子は私の死の復讐をしようと思ってはならない。私の死を利用すべきである。

私の息子が外国の力によってふたたび帝位に即くようなことがあってはならない。彼の目的は単に君臨するということだけではなく、後世から是認されるに値する者となることでなければならない。

フランス国民はこれを逆撫でさえしなければ、最も統治しやすい国民である。フランス国民ほど物わかりの速いものはない。フランス国民は自分の味方と敵とを立ちどころに見分ける。しかしまた、常にフランス国民の感覚に話しかけなければならない。でなければその不安な精神はフランス国民をむしばみ、フランス国民は発酵し、激昂するのである。

フランスは首長たちの影響力が最も弱い国である。首長たちに頼ることは、砂上に楼閣を築くことである。フランスでは大衆に頼ってしか偉大なことはできない。

私の息子はしばしば歴史を読み、歴史について瞑想せんことを。歴史だけが真の哲学なのである。息子は偉大な将帥たちの戦記を読み、彼らの戦争について瞑想せんことを。それが戦争を学ぶ唯一の手段なのである。

君が息子にどんなことをいい聞かせようとも、息子がどんなことを学ぼうとも、息子にはほとんど役立たないであろう。もし息子にして心の底に、あの聖なる光、あの善に対する愛を持たないならば。善に対する愛のみが偉大な事どもをなさせるのである。

 

息子への遺言より。

ナポレオンさんの人生を通して得てきた含蓄が結集したかのような、大変な名文だと思います。ひとつの哲学者であるかのような印象を抱きますね。

 

 

天才とはおのが世紀を照らすために燃えるべく運命づけられた流星である。

 

ご自身の生涯を象徴させているかのような、ロマンティックなセリフ。

こういうことをスッと言うからずるいっすわ。

 

 

などなど。

いずれも知的刺激が大なり、とても面白く読み進められます。

 

それにしても、訳がいいことを含めるにせよ、ナポレオンさんのセリフは読みやすいし理解しやすい。人の上に立って成功する人ってやっぱりそういう感じなんやなあと思いましたわ。軍事的能力もさることながら、文章的能力もえらいもんやなあとなります。

 

 

ナポレオンさんのような独裁者が必要とされる政治的状況というのは歴史上何度も起こっている訳ですが、そうした時って輝かしい時代であると同時に当事者は本人含めてそうとう大変な時代でもあります。往々にして犠牲者も多いし。

世知辛いことが増えるとついつい天才の出現を期待してしまうのが人情ではありますけれど、あらかじめ皆々様でよい知恵を出しあって、極論や極端に振れすぎないよう、世の中が塩梅よく進んでいきますように。