陰陽師シリーズの「醍醐ノ巻」、美しいお話から妖異退治の話まで収録作品バラエティのバランスよさ、そして一つひとつのお話の面白さや新登場人物の魅力も間違いのないものでかんたんしました。
収録されているお話は次の通り。
以下、各話の感想を。
ネタバレ要素を含みますのでご留意ください。
笛吹き童子
葉二をくれた鬼まで久々に登場するあたり、博雅さんの笛の魅力は天地から神妖からあまねく浸透していることが伺われます。
いずれ老いてラストライブを迎えるころには観客が詰め寄せて京のキャパを超えそう。
博雅さんイベントは文章・描写の美しさが群を抜いている印象があるだけに、これからも定期的に開催されてほしいものです。
はるかなるもろこしまでも
「まあ、姫というのに、あのようになさることができるなんて、すてきなことねえ」
かわいい婆ちゃんの話。
お言葉の一つひとつに人品のよさが出ていて好きです。
百足小僧
「いつでも、このおれに用事のある時は、北斗に向こうて、道満と書いた矢を放てば、顔を出そう」
ムカデ人間的なものを思い出す気味悪い妖異の話。
蘆屋道満さんの監督不足が原因だったようで、安倍晴明さんに「借りができたからなんかあったら助けるわ」と約束するあたりが道満さんの魅力ですし、道満さんの呼び方もオシャレでいいですね。
道満さんがそもそも何を企んでいたのかも気になりますが。
きがかり道人
とても短いお話で、内容としては「そんなことある?」系なのですが陰陽師シリーズの世界観だとそんなことありそうだと納得できること自体が面白いです。
夜光杯の女
楊貴妃さん(の●●●)が登場するお話。
大がかりな対応が必要かと思いきや、源博雅さんの”素”のリアクションが事態を大きく進展させるあたりに妙味があります。
後続のお話にもありますが「陰陽師」「陰陽術」がけっして万能という訳ではなくて、事案に応じた方法・能力が必要というあたりも陰陽師シリーズの奥深さですね。
いたがり坊主
実力者の高僧「余慶律師」さん登場。
寛朝僧正とともに、仏教界の大物として実力を発揮くださいます。
「不動明王の燃え盛る火焔」と天狗に評されていましたがどんな秘めた力をお持ちなんでしょう。
陰陽師シリーズに実力派の登場人物が増えるにつけ、敵方や妖異のスケール感も今後ますます増していくでしょうから、先行きが楽しみですね。
平安時代の京都ってすごいなあ。
犬聖
「なあ、晴明よ、ぬしにはわかるであろう。我らの関わっているこの陰陽の道というのは、信心ではない」
「はい」
「我らは、祈らぬ」
「はい」
「呪を唱え、この世のものならざるものに命じたり、頼んだりはするが、祈らぬ」
「祈りませぬな」
「晴明よ、我らに必要な才は、かなしいかな、信の才ではなく、疑の才じゃ。まずは、ものの表を疑い、裏を知ろうという才じゃ」
「はい……」
信心が必要な仏の道と、技量や術が求められる陰陽の道の対比を語る賀茂保憲さん。
このお話では不器用ながら深い信心をお持ちな「心覚」さんという新登場人物が現れます。「醍醐ノ巻」ではこうした仏教界の実力者が登場してくることで、かえって安倍晴明さんのキャラ、また、業の深さ的なものも引き立ってきているように感じますね。
「疑の才」という言葉を安倍晴明さんが自覚すればするほど、源博雅さんのようなそばにいる人の尊みもまた自覚されていくようで。
白蛇伝
色深なおばあちゃんのお話。
分からんでもない! と読者も共感できることでしょうし、相手の男方「実恵」さんのキュン度も高いものがあります。言われたいセリフをストレートに言ってくれると嬉しさ半端ないですよね。
不言中納言
「この菊のような在り方もまた、人にはあるのであろうな」
「どういうことだ?」
「もの皆移ろい、枯れてゆく中で、どこに咲いているのかはわからぬが、香りだけがほのかに届いてくる――そのような在り方のことだ……」
定番の安倍晴明さん・源博雅さんのオープニング会話シーンですが、とりわけこのお話の風情はよろしきものがあります。
お話はここから怪物退治的な内容になり、呪の力だけでなく弓矢も登場したりしてなかなか満足度の高い活劇になっております。
「醍醐ノ巻、アクションが少ないな」と思っていた最後にこういうお話で締めてくれる構成、イケていますわ。
上の方で述べました通り、新キャラが主人公や世界観をいっそう掘り下げてくれる、面白さという点でもハイレベルな巻だったと思います。
この時点で夢枕獏さんは60歳になられたということで、ということは現在70歳を軽く超えておられるようですが、これからもますます面白いお話をたくさん執筆してくださいますように。
ゆうえんちシリーズも面白いですし、かつて神々の山嶺にも感動させていただきましたので、陰陽師シリーズぜんぶ読んだら他のシリーズも読んでみようかしら。
「陰陽師 天鼓の巻 感想 “器”が特によかった」夢枕獏さん(文春文庫) - 肝胆ブログ