平凡社の「水軍と海賊の戦国史」が非常に面白くて、もっと早く読んでおけばよかったなあとかんたんしました。
三好家や大内家・毛利家、織田家・豊臣家・徳川家等々、水軍を擁した大名は数多いので幅広い戦国時代ファンにおすすめですよ。
はじめに──多様な海賊のあり方。彼らはどこからきて、どこに消えたのか
第一章 戦国時代の水軍と海賊
水軍≠海賊──水軍の定義、海賊の定義
海賊だから自立的なのか
水軍をめぐる呼称──「警固衆」「海賊衆」から「船手」へ
領域権力と水軍・海賊①──安芸毛利氏の素描
領域権力と水軍・海賊②──関東・東海の状況
水軍運用のあり方
豊臣政権と水軍大名
徳川将軍家と水軍第二章 瀬戸内海の水軍と海賊
村上一族の繁栄
周防大内氏の水軍編成
豊後大友氏の水軍編成
安芸毛利氏の水軍編成
三好氏の「環大坂湾政権」と水軍・海賊第三章 関東・東海の水軍と海賊
相模北条氏・房総里見氏と関東海域
駿河今川氏と東海地域
甲斐武田氏・三河徳川氏と東海海域
伊勢北畠氏・尾張織田氏と伊勢湾地域第四章 海上戦闘の広域化・大規模化
毛利氏・三好氏の対決
織田氏・毛利氏の対決①──毛利水軍の東進
織田氏・毛利氏の対決②──織田水軍の西進
織田氏・毛利氏の対決③──混迷する戦局
織田氏・毛利氏の対決④──毛利水軍、崩壊せず第五章 豊臣政権下の水軍と海賊
羽柴秀吉の台頭とその水軍
水軍編成の新機軸
豊臣大名化する海賊たち
水軍からみた小田原合戦
海賊(賊船)停止令の意味第六章 朝鮮出兵における水軍と海賊
文禄の役の諸海戦①──対外戦争の衝撃
文禄の役の諸海戦②──朝鮮水軍への対抗策
水軍編成の変革
慶長の役の諸海戦①──存在感の薄い海賊たち
慶長の役の諸海戦②──大規模化する海上軍事
朝鮮水軍と明水軍第七章 江戸時代における水軍と海賊
徳川将軍家の成立と「船手頭」①──海上勢力の軍事官僚化
徳川将軍家の成立と「船手頭」②──江戸城下の海上軍事
徳川将軍家の成立と「船手頭」③──海上軍事体制の多極構造
大船禁令の意味
消える海賊、残る海賊
「鎖国」と沿岸警備体制
終わりなき水軍運用おわりに
目次のとおり、「水軍とは、海賊とは」から始まり、瀬戸内海、東海・東国の水軍模様、そして織田・豊臣・徳川の時代を通じて海賊衆が自立性を後退させつつ、新興大名による水軍編成や朝鮮出兵等により海上軍事体制そのものは高度に発展していく様を通観することができる構成になっています。
「水軍・海賊」という視点から戦国時代の大きな潮流を見通すことができる楽しさが非常にオリジナリティ高いですね。
個人的に三好家に関する記述が厚いのがたいへん嬉しく、
- 「長慶・実休時代」という表現が、水軍・瀬戸内の攻防を軸にした本書ならではでとても好き。阿波三好家に光が当たる文章はまだまだ少ないのでありがたいですね。
- 江口の戦い(川に囲まれた戦場)で水上移動に慣れた安宅・十河両氏が活躍する説得力(そして江口や榎並周辺の利権を狙う淡路衆)。
- 毛利家・河野家と三好家に両属する来島・能島村上氏。
- 毛利家vs三好家の回避に努めた長慶さんと、イケイケで攻め込む長慶死後の阿波三好家。現代ではあまり注目されませんが、同時代の人々は毛利家vs三好家の行方を固唾をのんで見守っていたんだろうなと思います。
- 三好家勢力後退後も海上勢力として長く活躍する安宅氏・菅氏。
等々、見どころ多くて大満足です。
毛利水軍の活躍も非常に印象的で、三好家の後に畿内へ進出してきた織田家水軍との戦いは詳述されていてとても楽しい。
石山本願寺退去後もしばらくは海上での優位を毛利家が保っていて、そのことが信長さんの阿波三好家庇護に繋がった、そして長宗我部家との関係が悪化し本能寺の変へ……と、毛利家に海上で勝ちきれなかったことが本能寺の変の遠因という考察なんて面白いですね。
一方、そんな毛利家の優位も、秀吉さんの播磨攻略によって崩れていくのが秀吉さん本当すごい人。
豊臣期になってからも当著の面白さはまったく鈍ることなく、小西行長さん、脇坂安治さん、加藤嘉明さん、藤堂高虎さんら新たに取り立てられた大名たちが水軍を迅速に編成し、既存の海賊衆に勝る活躍を見せ始めるのもダイナミックな時代の流れを味わえていいですね。
豊臣政権、徳川政権と、古くからの海賊衆(国衆に近いニュアンス)が自立性や存在感を失いつつも、海上戦力そのものは統一国家のもとで高度化していくところが、まさしく分裂から統合へ、という戦国時代の流れと歩調を合わせている感じがします。
江戸時代に入ってからの海上警備の模様等も、日ごろ注目されることが少ない感じのするテーマですので、戦国時代からの流れを意識しつつ紹介いただけるのも嬉しい。
個々の登場人物や大名家・海賊衆の描写もさることながら、戦国時代を一気通貫した描写の躍動感がイケている本だと思います。
広く読まれて九鬼氏や村上氏や安宅氏を偲ぶ方が増えるといいですね。
紀伊半島の水軍の実力の高さが取り上げられた点も個人的に満足度が高かったので、そのうち畿内周辺の水軍に一層フォーカスした論文や本が出てきますように。