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「戦国武将列伝6 東海編 感想」編:柴裕之さん/小川雄さん(戎光祥出版)

戦国武将列伝の東海編、先行研究の厚みっぷりをかんたんする場面が多く、収録人数をもっと増やしたり一人当たりのページを増やしたり何なら上下編にすることもできそうやなと感じ入りました。逆に言えば、よくこれだけの情報量を一冊にまとめたものです。書籍にする上では文章を増やす作業より減らす作業の方が大変だったんじゃないでしょうか。

 

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【目次】
葛山氏元――今川・武田・北条の狭間で生きた河東地域最大級の国衆  糟谷幸裕
富士信忠――聖俗両面で活躍した国衆  鈴木将典
今川氏親――分国法『今川仮名目録』を制定し、今川家の礎を築く  大石泰史
今川義元――今川家の最盛期を築いた〝東海最大の戦国大名〟  柴裕之
今川氏真――文武両道を貫いた知られざる名将  酒入陽子
福嶋助春・助昌――今川家を支えた無二の重臣  大石泰史
太原崇孚――「黒衣の宰相」と呼ばれた今川家のブレーン  遠藤英弥
朝比奈親徳・信置――今川氏と武田氏の狭間で揺れた父子  遠藤英弥
岡部元信――今川氏・武田氏に仕え、武功に優れた雄将  遠藤英弥
朝比奈泰能・泰朝――外交面で今川家を支え、一門となった重臣  遠藤英弥
小笠原信興――武田氏に翻弄されつづけた遠江国衆  小笠原春香
天野藤秀――家康に憎まれつづけたくせ者  鈴木将典
松井宗信・宗恒――今川家の重鎮と武田氏従属の国衆  鈴木将典
飯尾連龍――遠州忩劇を引き起こした境目国衆  糟谷幸裕
井伊直盛・直虎――今川家への従属に努めた国衆家の当主たち  柴裕之
戸田宗光――海の世界を制した東三河の国衆  鈴木将典
牧野信成・保成――没落の危機を乗り越えた三河国衆  茶園紘己 
奥平定能――大敵の狭間で揺れ動いた奥三河の国衆  大石泰史
吉良義安――「上野介」以前の実像  谷口雄太
松平清康・広忠――戦国松平家の基盤を築いた父子  柴裕之
松平親乗――卓越した交渉力を有した大給松平の当主  小林輝久彦
斯波義統――名門復活への執念  谷口雄太  
織田信秀――一族繁栄の苦闘をつづけた智将  柴裕之
織田信成――兄・信長との対立の末に殺害された織田一門  柴裕之
水野信元――家康の伯父にして徳川家の重鎮  山下智也
北畠具教――戦国大名の脅威に対峙した勇将  小川雄
木造具政――北畠氏の有力庶家から織田信雄の後ろ盾へ  小川雄
長野政藤・尹藤・稙藤――足利将軍との関係を武器に大勢力に対抗  小川雄
遠山景任・直廉――織田・武田の狭間で生き残りを図った東美濃の名族  岩永紘和
土岐頼芸――覆される凡愚な美濃守護のイメージ  木下聡
斎藤道三――戦いに身を投じつづけた下剋上の象徴  岩永紘和
斎藤義龍・龍興――道三の恐るべき子と孫  石川美咲
安藤守就――信長に追放された数奇な生涯  木下聡
稲葉良通――文武に秀でた美濃の勇将  木下聡

 

立項されているのは上記引用の方々で、境目の国衆あり、信長さん家康さんの前世代ありで耳目を集めるメンバーではないでしょうか。

今川・徳川家界隈や美濃界隈の情報アプデっぷりが目玉だと思うのですけど、個人的には伊勢国の戦国武将が収録されているレアっぷりもアピールしたいところです。

 

 

以下、いくつか印象に残った箇所を。

 

  • 今川氏真さんが曾孫からリスペクトされていた様子が伺えるエピソード

  • 全体的に「●●氏によると」「●●市史によると」と、先行研究での取り上げられ方を前提に新説を紹介してくれる箇所が多く、戦国武将の史実ベース研究が東海地方で早くから盛んになった研究史も一緒に実感させてくれます

  • 岡部元信さんが立項されていて嬉しい。できれば正綱さんも立項されてほしかったなあ(戦国武将列伝、よく見たら徳川編の刊行予定はないんですね)

  • 結果論ではあるが、飯尾連龍さんたちの遠州忩劇が徳川家康さんを利するかたちになったとの指摘

  • 井伊直虎さんの性別含めた実像、妙雲院殿さんとの混合

  • 戸田氏や奥平氏三河国衆の記事が全体的に面白い気がします。今川氏や徳川氏が当著の主役であるだけに、両者からの綱引きが分かりやすいからでしょうか

  • 東海編全体を通じて家を遺せなかったり命を失ったりした者が多いだけに、判断力と交渉力の確かさが際立つ松平親乗さん

  • 北畠具教さんのご苦労の中に三好家対策が入っていたり三好長秀さん死亡の経緯が触れられていたり。北畠氏って伝統的に畿内争乱によく巻き込まれてますけど、巻き込まれる割にメリットは得ていない印象がありますね

  • 茶の湯がよく普及している美濃

などなど。

研究の進展成果が比較的よく知られている地域だけに、ある程度戦国時代に親しむ読者からすると個々人物について「イメージと違う!」となることは意外と少ないかもしれませんが、個々人物の生涯を通じて東海地域の戦国時代の流れを規定するパワーバランス的なもの、境目勢力の動向や判断傾向がよく理解できるようになっている点が当著の優れた魅力じゃないかなと思います。

 

研究者の裾野も広がってきており、発表の機会も増えているという地域であるだけに、編者の小川雄さんが心残りだという斎藤妙椿さんや北伊勢・中伊勢の国衆について、ぜひいずれ増補される機会が訪れますように。

 

 

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