法律文化社から「歴墾舎 歴墾ビブリオ」という新しいレーベルが発足しまして、その第一弾で畿内戦国史のまとめ本から出版され、しかもその内容が今後の研究インフラにもなりそうなほど硬質にきっちり概観をまとめたものでかんたんしました。
これから他地域の同種本も出版されていく予定とのことですが、個人的には横軸の他地域展開本だけでなく、縦軸の江戸時代本・近代本も出版されてほしいという気持ちです。高校レベルの教科書から一段深いレベルで、政治・経済・宗教・文化の変遷を統合的に語ってくれる本ってあんまりないですもんね。関西の知識人や財界人にウケるような気がするんですがいかがでしょう。
戦国時代の首都圏を構成した摂津・河内・和泉。京都盆地に代わり勃興する大阪平野は、畠山氏・細川氏・三好氏・織田氏・豊臣氏の興亡の舞台となり、自治都市堺や大坂寺内町を中心に繁栄し、茶の湯などの文化も生んだ。本書では、宗教・文化・経済・交通・城郭も取り上げ、重層的な戦国史像を構築する。
目次を部・章レベルで紹介すると次の通りです。
第Ⅰ部 再構築される新たな「天下」の舞台
第一章 畠山氏と応仁・文明の乱
第三章 三好氏の畿内制覇
第五章 豊臣政権の全国統一
第Ⅱ部 大阪平野に漲る活力
第六章 台頭する宗教勢力
第七章 まちの発展と海外貿易
第八章 人々の暮らしと生活の再建
第九章 堺を中心に花開いた文化
第十章 摂河泉の城郭の構造とその背景
これだけ多岐にわたる内容で200ページちょい。
城郭要素まで入っているのが戦国時代ファン的には嬉しいところ。
密度の濃さが察せられると思いますが、中身がまた日進月歩の研究成果を丁寧にすくい上げているのがすごいんですよ。ほんまよくこれだけ広い領域に目配りできているものですわ。
そういう意味で、パッと見は入門書のように映るのですけど、畿内戦国史のビギナーにはあまり向かない本かもしれません。一章一章の内容が非常に濃いので、各章の内容がなんとなくでも頭に入っていないと、この本の少ページ高密度な展開に戸惑ってしまうかもです。
一方、幅広い論点を確かな研究成果をもとにまとめてくれているので、手元にこの本を置いておいて、各章にかかわる本や論文を読むようにすると全体理解をおおいに助けてくれるような気がします。畿内戦国史界隈を学びたい方にとってはとてもよいインフラ本になってくれるのではないでしょうか。
あまり細々とした内容の紹介は割愛しますが、個人的に推したいポイントは
- 応仁の乱、畠山家と細川家の分裂、三好家の登場、信長さんの上洛、豊臣政権の成立までの歴史を連続的に説いてくれるので、「応仁の乱→信長さん」になりがちなこの時代に対する認識の解像度を思い切り高めてくれる
- 畠山義就さんや細川政元さんたちはもちろん、越智家栄さんや赤沢宗益さんといった戦国時代初期のこれからもっと知られていくであろう人物たちの活躍もばっちり抑えられている
- 根来寺や松浦守さんなど、ふだん戦国時代ものでスルーされがちな和泉・河内南部の動向もしっかり紹介してくれる
- 地域統治という観点から、三好家支配→豊臣家支配のつながりを実感させてくれる(信長さんは、京都はしっかり確保し続けていたものの、大坂周辺の安定確保は晩年までもつれこんだ経緯があるため、三好・豊臣の記録が目立つ)
- 摂河泉のメジャー国衆の動向もしっかり紹介してくれる、松山氏も混ぜてくれていて嬉しい、水軍好きとしては真鍋氏が出てくるのも嬉しい
- 摂河泉地域が寺社や町・村を中核に発展してきて、その中で三好家が両者繁栄を、豊臣家が武家による一元支配をそれぞれ志向した構造がよく理解できる
- 経済都市である平野の住民について、別の寧さん本でも紹介されていたんですが、しょっちゅうおかみにたてついていてウケる(誉め言葉)
- 名物系に話題が寄りがちな茶の湯について、利休さんの花いけセンスに定評があったことを特筆してくれているのが嬉しい
- 190ページ、江戸時代に入ってからのエピソードの、隆達節の詞や「太閤秀吉公御時代」といった言葉が表された蒔絵香箱にかんする文章にジンと共感する
- 大阪府下の城館分布図、特徴がけっこう出ていて面白い
あたりでしょうか。
絵師の動向、各地の城郭の特徴などの内容もいい感じですよ。
完成度がとても高い本だと思いますし、今後のシリーズに対する期待度も膨らみました。
惜しむらくは、新興レーベルゆえにか書店であまり見かけない。
派手な宣伝は似合いませんけど、内容のよさが口コミとかで伝わって、質実に販売部数が伸びてまいりますように。
いまどき新レーベルで良質な地域史本を出してくれるなんて感謝しかないっすよねえ。