中西裕樹さんの書籍「戦国摂津の下克上」が、戦国時代の摂津(大阪北部・兵庫東部辺り)の通史としていままでなかったほどの良本に仕上がっていてかんたんしました。
応仁の乱、細川家の内乱、三好家の台頭、織田信長さんの覇権、豊臣秀吉さんの君臨、あるいは畿内における浄土真宗の根強さやキリスト教の拡がり等々、すべてを摂津国人目線で追っていく構成になっていますので、畿内戦国時代の各領域に触れたことのある方にとって、これ以上なく包括的理解をランクアップさせてくれる本になっているのではないでしょうか。
目次は次のとおりです。
第Ⅰ部 右近と清秀のルーツを求めて
第一章 戦国の幕開けと国人たち
第二章 守護と守護代の狭間で
第三章 京兆家の争いと国人
第Ⅱ部 高山飛騨守の登場
第一章 覇権は細川から三好へ
第二章 高山ダリヨの誕生
第三章 和田惟政と池田勝正
第Ⅲ部 摂津の戦国大名に成り上がる
第一章 荒木村重離反の余波
第二章 織田信長の摂津侵攻と右近・清秀
第三章 豊臣秀吉と戦国摂津の終焉
本のタイトルにある高山右近さんと中川清秀さんが活躍するのは第Ⅲ部でして、それまでは、そもそも摂津の名もなき存在に過ぎなかった高山氏と中川氏がどのように存在感を高めてきたのかを、応仁の乱や細川家の乱や三好家の事績を紹介しながら社会構造的に説明いただけます。
さいきんの歴史研究は、特定リーダーの個性や才覚によって時代が導かれたというより、社会構造や産業構造の変化による世の中全体の大きな流れからボトムアップ的に歴史が動いていったというような分析をしていただくことがトレンドな気がしますので、この本もそういったスタイルを取られている印象です。
ざっくり概説を書きますと、
Ⅰ部。
応仁の乱、両細川の乱を通して、または利用して、存在感を高めていく摂津国人たち。
それぞれかなりの強大な力を持ちつつ、伝統的に仲が悪い池田氏と伊丹氏。
時代のうねりの中で衰えていく茨木氏や吹田氏。
転変の激しさが愛しい薬師寺氏。
いつも不運で気の毒な瓦林氏。
地味に長く活躍する塩川氏や能勢氏(を称する人を含む)。
そしてそれぞれの家中の中でも惣領家と分家が対立してたりして超不穏。
細川晴元さん期になってくると一向一揆的要素も混じってきて一層超不穏。
Ⅱ部。
そんな諸勢力が入り乱れる火薬庫みたいな摂津、
グレーゾーンだらけの権益や境目が交錯する訳わからん摂津を、
三好長慶さんがひとまず安定化させてくれます。
キリスト教が普及し始め、高山飛騨守さんが松永久秀さんの配下(与力か)で活躍し始め、後の高山右近さん登場の素地もできてきます。
しかし長慶さんがお亡くなりになり、永禄の変が起こり、三好家の内乱が始まり、摂津は再びえらいこっちゃ状態になります。
そんな中、足利義昭さんや織田信長さんの登場と並行して、摂津で大活躍し始めるのが高槻界隈を治めることになった和田惟政さんと、池田界隈に根を張る強力国人の池田勝正さん。
このお二人が主役級の活躍をしてくれますので(嬉しい)、彼らに興味がある方はぜひ読んでみてください。
Ⅲ部。
和田惟政さんが戦死し。
また、織田家、足利家、三好家、一向一揆等が混じり争う中での畿内国人の疲弊、池田家中の不和等から、池田勝正さんが追放され。
いよいよ高槻では高山右近さんが、池田では荒木村重さんが存在感を増していきます。
要するに混乱に乗じて下克上して大名化していった訳ですね。
中川清秀さんも荒木村重さんとともに池田家の勢力を受け継いでいきます。
荒木村重さんの主役級の活躍、そして逃亡を経て、高山右近さんと中川清秀さんが遂に摂津を代表する有力者みたいになってきました。
そこで起こる本能寺の変。
続いて臨むは山崎の戦い。
高山右近さんは1000名の兵、中川清秀さんは3000名の兵を伴って、秀吉軍の主力を担います。池田家・荒木村重さんの力を継いだだけあって、中川清秀さん大身ですね。
応仁の乱以来、常に戦国時代のド真ん中でドンパチやってきた摂津衆が、この戦国時代終盤の道筋を決める山崎の戦いで、まさに明暗を分ける要となるような活躍をしたという事実はロマンに溢れていると思います。
その後、よく知られているような中川清秀さんの戦死、高山右近さんの追放を見届け、本書もまた終幕を迎えます。
畿内の戦国時代の流れがよく分かる、とても優れた構成でしょう。
やあ、いい本だ。
その他、個人的なお気に入りポイントとしては
三好長慶さんが内藤宗勝(松永長頼)さんに某氏の押領を止めさせるよう求める
→宗勝さんが長慶さんに「調べた結果、押領ではなく正当な知行でした」と反論
というエピソードの紹介。
あらためて読んでみれば、少なくとも三好長慶さんと松永長頼さんの関係では、長慶さんが命じたことでも理屈が通っていれば反論することができ、長慶さんもそうした反論を問題にせず受け入れていたのであろうことを察することができるようで好きです。
また、中西裕樹さんらしい城郭系のお話として、
村重・右近・清秀の有岡城・高槻城・茨木城を、戦国期の惣構構造の先駆け、都市と城下町を繋ぐ萌芽、として位置づけを強調されているのもよございました。
お城の話が好きな方には読んでいただきたい内容だと思います。
伊丹氏といい松永久秀さんといい、地味ながらこの頃の畿内のお城は面白いですね。
こうした良著がたくさん読まれて、各種創作物でも空白地帯になりがちな戦国期畿内の魅力がよりよく知られていきますように。