最近お城めぐりのアプリを入れたこともあり、実地のお城訪問を楽しんでおります。
各地のお城を巡る動機ができた中で、なかなか訪れる機会のなかった三好勢力北辺のお城を訪ねる機会ができてかんたんしました。あらためて、戦国大名といえば広大な領地を有していたわけですが、四国から出てきて西宮や高槻、四条畷・大東を根拠地にしていた三好長慶さんの勢力が若狭まで及んでいたのをじっさいに体感するとはえ~すっごいと感じ入ってしまいますね。
京都府 静原城
三好長慶さんが築城した……というのが通説になっていますが、三好ファンでもなかなか訪れたことがある人は少ないんじゃないでしょうか。
地図でご覧の通り、京都市の北北東、いかにも細川晴元さん勢力の侵入を防ぐべき地に位置しております。
お城のふもとには静原神社。

立派な能舞台があるあたりに地域の歴史を感じますね。
城跡の様子。山です。





遺構はあまり残っていませんが、山頂部には石積みや門構えの名残りが伺えます。
何より、鞍馬が近いだけあってそうとうな山深さ。
三好勢力の後退後、この界隈の城は軒並み明智光秀さんによって平定されていくわけですが、峻険な山城を一つひとつ落としていったご苦労がしのばれます。
丹波界隈もそうですけど、三好ファンを長年やっていると山城系国衆のディープさへのリスペクトが深まるじゃないですか。深まれば深まるほど、それをご苦労しながら制していった明智光秀さんへのリスペクトというか同情というかも深まりますよね。
福井県 高浜城
逸見昌経さんのお城、また、足利義満さんが見惚れたという逸話で有名な高浜城。
実地を訪れてみて、まずびっくりかんたんしたのが逸見昌経さんの銅像。


めっちゃ慕われてるやん……!
逸見昌経さんといえば知名度はけっこう高いにもかかわらず詳細な事績は分からないことに定評がありますが、松永長頼(内藤宗勝)さんのマブ? 盟友?として三好ファン的には好感を抱く人物であり、その逸見昌経さんがいまも地元で顕彰されているのを目の当たりにすると嬉しくなっちゃいますね。そのうち松永兄弟の銅像とか三好兄弟の銅像とかもつくられてほしいものです。
高浜の海辺の風情はいいもんだよという話は耳にしておりましたので、訪れてみて有名な洞穴も見れたのは幸いでした。




年を取るにつけ、日本海側の海辺が好きになっていく気がします。
金閣的に派手好みなんかなと思われがちな足利義満さんですが、この高浜の風景を愛好されていたと聞くと詫び寂び好みなお方なんかなと思っちゃいますね。
高浜は、丹波の八木城周辺からはけっこうな距離があります。
山道やし。
そんな中で、丹波勢と若狭勢逸見派が連携を取り合っていたというのは結びつきの強さを感じますし、記録には残っていなくとも色んなドラマがあったんやろなと想像しちゃいますわ。
畿内戦国史、テキストを読むのも楽しいし、実際の土地を見て雰囲気を体感してみるのも楽しいですね。
お城ブームもなんやかや息長く続いていますし、お城訪問を契機に畿内戦国史に興味を持ってくださる方が増えていきますように。