肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

季刊大林「No.60「技術者」感想 古市公威、青山士、八田與市等」

 

季刊大林の、近代日本の発展に尽力された技術者方を特集した最新号がたいそう面白くてかんたんしました。

個別にお名前や事績を伺ったことがある方もいますが、こうして通観的にまとめてくださるととてもとてもありがたいですね。

 

↓リンク先の公式HPで記事を読むことができます

https://www.obayashi.co.jp/kikan_obayashi/kikan-60.html

 

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表紙中央のすこぶるイケメンな方は青山士さんです。

技術者を題材にしたソシャゲとかが出たらたぶんSSRの主役級になることでしょう。

 

 

冊子の内容は次のとおりです。

 

座談会:近代土木の開拓者

樺山紘一東京大学名誉教授、印刷博物館館長)
月尾嘉男東京大学名誉教授)
藤森照信東京大学名誉教授、東京都江戸東京博物館館長、建築史家・建築家)

 

総論:近代土木の技術者群像

北河大次郎(文化庁文化財調査官)

 

古市公威と沖野忠雄】 「明治の国土づくり」の指導者

松浦茂樹(工学博士・建設産業史研究会代表)

 

ヘンリー・ダイアー】 エンジニア教育の創出

加藤詔士名古屋大学名誉教授)

 

【渡邊嘉一】 海外で活躍し最新技術を持ちかえる

三浦基弘(産業教育研究連盟副委員長)

 

【田邊朔郎】 卒業設計で京都を救済した技師

月尾嘉男東京大学名誉教授)

 

【廣井勇】 現場重視と後進の教育

高橋裕東京大学名誉教授、土木史家)

 

【工楽松右衛門】 港湾土木の先駆者

工楽善通大阪府立狭山池博物館館長)

 

【島安次郎・秀雄・隆】 新幹線に貢献した島家三代:世界へ飛躍した日本のシンカンセン

小野田滋(工学博士・鉄道総合技術研究所担当部長)

 

【青山士】 万象ニ天意ヲ覚ル者:その高邁な実践倫理

高崎哲郎(著述家)

 

【宮本武之輔】 技術者の地位向上に努めた人々

大淀昇一(元東洋大学教授)

 

八田與一】 不毛の大地を台湾最大の緑地に変えた土木技師

古川勝三(愛媛台湾親善交流会会長)

 

【新渡戸傳・十次郎】 明治以前の大規模開拓プロジェクト

中野渡一耕(地方史研究協議会会員、元青森県史編さん調査研究員)

 

丹下健三】 海外での日本人建築家の活躍の先駆け

豊川斎赫(千葉大学大学院融合理工学府准教授、建築士家・建築家)

 

近代土木の開拓者年表

 

 

それぞれ面白いのですが、土木・技術エピソードとして素人的にもかんたんできるのは島一族、青山士さん、八田與市さんあたりでしょうか。

 

 

島一族による新幹線実現への貢献については、よく知られる日本の鉄道の広軌狭軌問題について、狭軌も含めた日本鉄道史の紆余曲折・経験の積み重ねがあったからこそ新幹線プロジェクトをやり遂げることができた、と総括されているところがとても素敵だなと思いました。

 

 

青山士さんについては、以前荒川の岩淵水門を見学したことがあったので感慨もひとしおです。当時伺った話では、青山士さんは東京市街地を洪水から救った方であり、また、荒川区から荒川を奪った(旧荒川は隅田川になった)方だそうですね笑

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八田與市さんはこの本で初めて詳しく知ったんですけど、台湾開拓にこんなにも尽力された方がいらしたんですね。

素直に感心するばかりで、ぜひ一度台南地方に行ってみたいなあと思いましたよ。

 

 

ほかにも、田邊朔郎さんの記事では京都疎水が登場したり、渡邊嘉一さんの記事では黎明期の京阪鉄道が登場したりしますので、関西人的にもアガること間違いなしです。

どの記事も短いページでクリティ高くまとまっているので堪能いたしましょう。

 

 

 

具体建築物ではなく、技術思想的な面で個人的に深い感銘を受けたのが古市公威さんとヘンリー・ダイアーさん。

ともに、技術者が目指すべきところについて総合性や教養性の重要さを説いておられるところが大好きです。

 

古市公威さん。

古市は、1915(大正4)年第1回土木学会総会で国土づくりを担当する土木技術者の在り方として、他の専門との比較で「将ニ将タレ」との有名な言葉を残している。

「余は極端なる専門分業に反対する者なり。専門分業の文字に束縛せられ萎縮する如きは大に戒むへきことなり。殊に本会の方針に就て余は此の説を主張する者なり。」

「工学所属の各学科を比較し又各学科相互の関係を考ふるに指揮者を指揮する人、すなわち所謂将に将たる人を要する場合は土木に於て最多しとす。土木は概して他の学科を利用す。故に土木の技師は他の専門の技師を使用する能力を有せさるへからす。」

 

ヘンリー・ダイアーさん。

幅広い教養教育も重視されていたことが特筆される。

「文学、哲学、芸術、さらには自分の専門職に直接役立たないような諸科学にまったく門外漢であったならば、多くの専門職人にみられがちな偏狭、偏見、激情から逃れられない」。

エンジニアは専門分野の学力と実務能力だけでは十分でなく、「政治、経済、文化に関する幅広い教育を踏まえて、自らの社会的使命を的確に認識し実現する」ようにと説いて、エンジニアの社会的役割を強調した。

工部大学校では士族出身の学生が多く、ともすれば実務を軽視する傾向がみられたし、専門職はとかく思想や行動の偏狭さに陥りがちになるであろうから、この教養教育の重視という観点は大きな意味がある。

 

土木も含め、環境問題、防災減災、エネルギー、あるいは各ビジネス領域等、現実社会で大きな課題に直面する方は、専門性に加えて総合性や教養、幅広な責任感が求められることは明らかですから、こうした指針を早期に出しておられた先人の偉大さにはまことに敬服してしまいます。

 

 

そう言えば、かつて東大総長だった南原繁さんも入学式祝辞で

「教養の意義は、さようにして、諸君のこれからの専門知識と研究が展開されてゆく普遍的基盤を提供するばかりではない。その目ざすところは、畢竟、もろもろの科学を結びつける目的の共通性の発見であり、かような目的に対して深い理解と価値判断をもった人間を養成することに在る。この意味において、教養は、まさに時代の高きに生きんとする人間の何人もが、欠くことのできない精神的条件である」

「われわれが生を生きるのは、他ならぬ他人との共同生活においてである。だから、教養とは、結局、われわれが自主的に価値を選別し、真理と自由と思惟するところを、社会と同胞との間に実現する能力と勇気を具えた社会的人間の養成ということに他ならない。そして、それを可能ならしめる根拠は、あくまで人間の自由の自覚と精神の自律である」

 

と仰っていたそうですが、実際、土木に限らず、これから汎用的なことはたいていAIやロボットがやってくれる時代になる訳ですから、そうした中で各界を引っ張っていかれる方は、多様な専門領域を結びつけるような統合的資質がますます重要になっていくんでしょうね。

 

まったく、百年近くも前にそういうことを仰っておられた方々の慧眼ってのは素晴らしいものであります。

 

 

 

先人の偉大さを振り返ると、現在を生きるモチベーションにもなりますし、背筋が伸びるような自律も与えてくださって、いいものですね。

 

こうした良い本が、若いこれからの方々に広く読まれて刺激になりますように。