諸橋轍次さんの「中国古典名言辞典」を読んでみたところ、知の巨大な集積っぷりに圧倒されてかんたんしました。
いい本を手に入れたものです。
諸橋轍次さんは新潟出身の、漢学の大家ですね。
こちらの辞典は諸橋轍次さんの目で、広範な中国古典から名言と考えられるものを精選してくださったものになります。
元となる古典は次のとおり。
- 論語
- 孟子
- 大学
- 中庸
- 詩経
- 書経
- 易経
- 左伝
- 礼記
- 孝経
- 忠経
- 近思録
- 小学
- 老子
- 荘子
- 墨子
- 苟子
- 管子
- 韓非子
- 孫子
- 呉子
- 淮南子
- 唐詩選
- 三体詩
- 古詩源
- 文章軌範
- 古文真宝
- 菜根譚
- 十八史略
- 宋名臣言行録
- 史記
- 漢書
- 後漢書
- 晋書
- 唐書
- 戦国策
- 呂覧
- 孔子家語
- 説苑
- 列子
- 雑書
……凄まじい幅の広さです。
読んだことある古典もいくつかはありますが、存在自体初めて知ったようなものもちらほら。
これらから抜き出した名言の数は実に4800。
ページ数は名言だけで700ページ強、索引含め1000ページ強。
半年近くかけて1日6ページくらいずつちょびちょび読んでいたのですが、いやあ、これが実に楽しかった。
当たり前なんですけど、中国古典も面白いものですね。
時代や編者や発言者によってテイストが全然違っていて、広大な中国古典世界に放り込まれて当てのない旅を訳も分からずエンジョイしているような気持ちになりました。
古典的な儒学は音楽を重視していて興味深いな、とか
荀子って先入観除いて読んだらいいこと言っているな、とか
漢詩って面白いやんけっこう和歌や俳諧に通じる風趣もあるなあ、とか。
いかにも初学者らしいかんたんもたくさん得ることができまして。
1回読んだだけで到底頭に収まっているものではございませんが、そんな中から印象に残った10の言葉を記しておきたいと思います。
順番はいま思い出した順です。
あくまで私の印象に残った言葉ですので、世間一般の評価とは乖離していると思いますからご留意ください。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず。
来る年ごとに咲く花の姿は常に同じようだが、それを眺める人々の姿はそのたびに変わっている。
(唐詩選より)
日本語訳した際の音韻の心地よさ(ねんねんさいさいはなあいにたり、さいさいねんねんひとおなじからず)、人の姿の無常観の表現、いずれをとっても優れた詩だと思います。
この辞典を通じて一番気にいった言葉がこちら。
一義的には人の老いや無常を嘆く詩ではありますが、「花」を「精神」「知性」「文化風土」「伝統芸能」「家や組織の繁栄」等に読みかえれば、我執を棄てることにも繋げられそうな気がして好き(独自解釈)。
年年の春色 誰が為めにか来たる。
「鄴城」は魏の曹操(武帝)の造営にかかる都城。その華やぎ栄えた都城も今は廃墟となり、かつての武帝の宮中の人の面影はどこにも残っていない。年々春の色は昔ながらにやって来て、この古城をいろどるが、それもだれのために来るのであろうか。
(唐詩選より)
同じく唐詩選から、似たようなテイストの詩を。
こちらはより情趣に重きを置いている感じがしますね。
かつての曹操の城を舞台に「兵どもが夢の跡」を抱くという背景設定もいい。
徳は才の主にして、才は徳の奴なり。
徳は才能を支配すべき主人公であり、才能は徳に使われる奴隷でなければならない。
徳が才能にまさるばあいはしあわせであるが、才能が徳を使うときは、往々にして過ちに陥る。
(菜根譚より)
現代社会にも広く知られてほしい、シンプルにして力強い名言。
賢い人ほどこういう言葉を大事にしてもらいたいものです。
恒産ある者は恒心あり。
人間には一定の定まった財産があるときにのみ、定まった心ができてくる。その反対に、恒産なき者は恒心なしで、民に一定の財産をもたせることが、民の心を安定させる方法である。
(孟子より)
まことにその通りですね。
武士は食わねど高楊枝……は一時的には格好よくても、継続性や普遍性に欠けると思います。
楽は、内に動くものなり。礼は、外に動くものなり。
音楽は人の心に作用するものだから、内に動く。礼は人の外容、行動に節度を与えるものだから、外に動く。
(礼記より)
古い儒教文献では、「礼楽」として礼儀作法と音楽を一体にして捉えているのが興味深いですね。
いつしか礼儀作法ばかりが窮屈に浸透していきましたが、音楽による内面の情動の大事さもあらためて注目されていいと思います。
マナー講師も講義の半分はダンスに当てたらいいじゃない。
楽は同を合わせ、礼は異を別かつ。
音楽は地位や身分をはなれて、人々を同じ心に立たせ、礼は人と人との間に差別をはっきりさせることによって、秩序を保つ。
すなわち、礼楽は、一方は合わせ、一方は離すものであるが、その相反するところの効用によって、世は治まる。
(荀子より)
同じく音楽ってイイよね大事だよねシリーズ。
荀子さんって「性悪説」のイメージが強いんですが、こういう方面でもリアリズムないいことを仰っていて、ちょっと印象が変わりました。
鈍き者は寿にして、鋭き者は夭なり。静かなる者は寿にして、動く者は夭なり。
鈍い者は長生きし、鋭い者は若死にする。静かな者は長生きをし、活動の激しい者は早く倒れる。
(古文真宝より)
これは企業経営等にも相通じるものがあると思います。
「鋭い」「動く」が、世間評価に踊らされているのではなく、信念・確信に拠るものならばいいとは思うんですけどね。
大事を成すは胆に在り。
大きな事業を成し遂げることは、われわれの胆力如何にかかっている。(韓琦のことば)
(宋名臣言行録より)
そうそう、肝胆とは大事なのであります。
理屈がよくても、胆力に欠けるために人心を得られないことは多いですね。
有用の用を知れども、無用の用を知ること莫し。
世間の人は、役に立つものの必要は知っているが、役に立たないものが、むしろその生を全うするという、ひじょうに大きな役割を果たすことを知らない。
(荘子より)
こちらも賢い人にほど分かっておいていただきたいですね。
世の中の安定は、無用サイドの働きも大きいのだと思いますよ。
至誠は神の如し。
至誠は神のごとき大いなる力をもつ。
(中庸より)
最後に、いちばん大事なのは誠実だよ、という言葉を。
「至誠」っていい言葉ですよね。
こういう言葉が似あう人っていいなあ。
私も含め、漢学というジャンルは徐々に世間の馴染みがなくなってきている気がしないでもないのですけれども、過去の日本人がおおいに接してきたのも当然といいますか、実際に触れてみると大変おもしろいものでありますね。
漢詩とか、もう少し知りたいと思うようになりました。
学校教育でも古典・漢文は風前の灯火みたいに言われているそうですが、ある程度はこうした学問を知る機会も残しておいてくださいますように。
こうした教養こそ、これからの時代のエリート層には必要になっていくと思いますし。