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「IQ 感想」ジョーイデさん / 訳:熊谷千寿さん(早川書房)

 

ロサンゼルスを舞台に黒人探偵「IQ」さんの活躍を描いたミステリ?小説がたいそう面白くてかんたんしました。

 

ラップとかギャングスタとかのアメリカブラックカルチャーに関心のある方には特におすすめです。

とりわけ2PACさん好きには必読レベルではないでしょうか。

 

www.hayakawa-online.co.jp

 

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現代・黒人版の「シャーロックホームズ」「バスカヴィル家の犬オマージュ」などと評され、アメリカで大注目を集めた作品とのことです。

 

確かに主人公のIQ(アイゼイア・クィンターベイ)さんは紳士的で頭脳明晰で洞察力があって身体能力が高くて悪を許さない精神の持ち主ですので、ホームズさんと共通点が多いような気もします。

相棒のドッドソンさんもいい感じにIQさんを立ててくれるので、ワトソンさんを彷彿とさせなくもありません。

 

とは言え、個人的にはこの作品はミステリというよりサスペンスアクションという印象の方が強いですし、英国文化の薫り濃いホームズさんと濃密な黒人社会で暮らしているIQさんとでは魅力の方向性がそれぞれ違いますので、無理にホームズ扱いせずともいいような気もいたしますね。

 

 

以下、セリフの引用やあらすじの紹介はありますがネタバレは含みません。

トリック等のミステリ要素は薄いものの、黒幕とその動機を当てるのは難しいですし、動機の納得感が高いのでとても満足です。

 

 

 

 

 

 

 

 

おおきくは、探偵IQさんと相棒ドッドソンさんが、有名ラッパーを狙う襲撃犯(犬使い)を追っていくという筋です。

そして、その過程でIQさんとドッドソンさんの過去話がたびたび挿入され、二人の因縁、背負っている闇と業、黒人社会の暗部が紹介されるという。

 

この現代黒人社会の描写がめちゃくちゃ秀逸でですね。

はっきり言って品はよくないのですが、凄まじい頻度でFで始まる単語やNで始まる単語が飛び出してきて、そのまま原文を引用しただけでブログのアカウントを凍結されるんじゃないかという危惧を覚えるほどなんですが。

 

現代アメリカの、黒人貧困層たちにとっての……

夢。

白人。

警官。

食事。

欲しいもの。

憧れる対象。

選べるキャリア。

敵対する中米移民。

 

こういった現実を切り取っている感じがたまらないのですよ。

この小説全体を色濃く覆う舞台装置の魅力とやるせなさがね。

方向性は違いますが、ホームズ読んだら古き良き英国社会に憧れるでしょ。

同じように、この小説を読んだらアメリカ黒人社会に畏怖と憧憬を覚えちゃうのです。

 

 

登場人物もですね。

 

主人公のIQさんは本当に魅力的な青年で、友達になりたいタイプなのですが、すこぶる深い闇と業を背負っております。

「おれのせいです」

「ぜんぶ」

「償いをしないと」

 

相棒のドッドソンさんはズルくて臆病で乱暴で自己を律することのできない元ギャングで、友達にはしたくないタイプなのですが、料理上手なところとオイシイ活躍ができる点は魅力的です。彼のつくったガンボを食べてみたい。

「キッチンにいるおれは最強だ」

「少し頭を冷やせよ、アイゼイア。イラつくのをやめて一日休んでマリファナ・タバコでも吸って、どんなだったか忘れる前に女でも引っかけて来いって。勤労の果実を味わえって」

 

全編通じて出てくるヒロインのデロンダさんはケツがデカいだけが取り柄の、その他は悪いところしかないような女性で友達にはしたくないタイプなのですが、でもこういう人と一緒にいるとけっこう楽しいんだろうなとも思います。

「あたしはどうしても社会での立ち位置を変えたいの。文化環境を変えたい。住所を変えたいの」

 

依頼主の大物ラッパー「ブラック・ザ・ナイフ」ことカルさんは、既に精神が薬とプレッシャーでイカれていて奇行も目立つという友達にはしたくないタイプなのですが、才能は本当に優れているしいかにも成金という感じの衣服・インテリア趣味がいっそかわいくて守ってあげたくなる人です。

「グッバイ、グッバイ、グッバイ」

 

 

この他、ブロローグに登場する性犯罪者が「くそったれの卵野郎(ハンプティ・ファッキング・ダンプティ)」というエッジの効いたあだ名をつけられていたり。

 

作中に登場する黒人ギャングと白人ニュースレポーターの会話が印象深かったり。

「自分たちがNではじまる言葉を使うのはいいのに、わたしのような人が使っちゃいけないのはなぜですか?」

「まともに答えてやろう」ストークリーが言った。「ニガにニガといわれたら、どういうつもりでニガといったのかはわかる。だが、あんたにニガといわれたら、心から“ニガ”といってるかもしれねえだろ」

 

あまり類似作品が思いつかない、独自性の濃い文章が読んでいてとても楽しいです。

 

 

ストーリーの核となる背景、犯人、そしてIQさんの具体活躍内容は伏せておきますが、いかにも映画化したら映えそうな、場景が思い浮かぶような、写実的でスピーディな展開がまことにお見事です。

 

既にアメリカでは続編が発売されているそうですし、きっと日本でも続編が発売されることでしょう。

読めばIQさんのファンになり、彼のその後を追いたくなってしまいます。

 

 

アメリカ黒人社会に限らず、世の中の何かしらの一面をクリアに切り取った上で、高品質なストーリー・エンターテイメントを織り交ぜた創作作品。

そんな優れたコンテンツがますます多く生まれ、出会うことができますように。

 

 

「IQ2 感想」ジョー・イデさん / 訳:熊谷千寿さん(ハヤカワ文庫) - 肝胆ブログ