肝胆ブログ

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小説「アメリカ彦蔵 感想」吉村昭さん(新潮文庫)

 

アメリカ彦蔵」――幕末に漂流してアメリカ船に拾われたことでアメリカ国籍を得、ハリスさんの通訳として日本へ帰国し、明治の日本社会でアメリカ人として生きた方――の吉村昭作品を読みまして、船の上だけでなく、人生そのものが二国の政治情勢のはざまで漂流しているかのような孤独さ侘しさがひたひたと迫るような味わいにかんたんしました。

 

www.shinchosha.co.jp

 

 

嘉永三年、十三歳の彦太郎(のちの彦蔵)は船乗りとして初航海で破船漂流する。アメリカ船に救助された彦蔵らは、鎖国政策により帰国を阻まれ、やむなく渡米する。多くの米国人の知己を得た彦蔵は、洗礼を受け米国に帰化。そして遂に通訳として九年ぶりに故国に帰還し、日米外交の前線に立つ──。ひとりの船乗りの数奇な運命から、幕末期の日米二国を照らし出す歴史小説の金字塔。

 

 

あらすじは上記の通りでして、アメリカ彦蔵さん自体が漂流に加え、リンカンさん含む三代のアメリカ大統領と面会したことがあったり、日本で初の新聞を発行したり、日本人で初めて写真撮影されていたり、ハリスさんたちとともに物騒極まりなかったころの幕末の横浜で過ごしていたりと人生にビッグイベントが次々と舞い降りる数奇な運命を辿られた方ですので面白くないはずがありません。

 

興味の湧いた方は「アメリカ彦蔵」とか「浜田彦蔵」とかで検索くださいまし。

 

 

その上で小説として推したいポイントを申し上げますと、

  • 漂流描写自体は吉村昭さんの他の漂流小説ほど過酷ではないものの(あくまで相対的にであって、充分すぎるほど過酷ですが)、そもそもの人生初航海でいきなり漂流→アメリカというヒキっぷりであったり、デリケートな時期の日本だけにいつ帰国できるのかやきもき二転三転しまくったりする点の描写の見事さ

  • 漂流直後はめちゃくちゃ親切だったアメリカ人・社会が南北戦争に入ると急激に余裕を失っていく描写、同じく漂流前の日本社会ののどかさと帰国後の幕末日本社会の苛烈さの描写、相通じる人間社会のありようがヒシヒシ

  • とりわけ深い愛情と支援を与えてくれたアメリカ人サンダースさんの徳の高さと情の深さ、老いの寂しさ

  • 維新成り、故郷の播磨の村へ戻った際のいたましさ、明治社会にて海外・英語人材が増加していくことで自身の相対価値が低下していく無情

 

などが秀逸やなあと。

ぜひ読んでみて、吉村昭さんならではの筆致・世界観をお楽しみください。

 

 

苦難や翻弄に遭った人々の歴史を知ることを通じて、現代に生きる我々へ漂流に立ち向かう勇気やタフネスがちょっぴりでも得られますように。