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小説「天に遊ぶ 感想 吉村昭作品は短編も面白い」吉村昭作品(新潮文庫)

 

吉村昭さんの短編作品集「天に遊ぶ」、1編10ページ程度の超短編ばかりを集めた書籍でして、いずれも吉村昭さんの巧みな文章力・表現・人間描写を満喫できる作品ばかりでかんたんしました。

 

www.shinchosha.co.jp

 

 

 

見合いの席、美しくつつましい女性に男は魅せられた。ふたりの交際をあたたかく見守る周囲をよそに、男は彼女との結婚に踏みきれない胸中を語りはじめる。男は、独り暮らしの彼女の居宅に招かれたのだった。しかし、そこで彼が目撃したものは……(「同居」)。日常生活の劇的な一瞬を切り取ることで、言葉には出来ない微妙な人間心理を浮き彫りにする、まさに名人芸の掌編小説21編。

 

 

以下、21編のざっくりしたあらすじ(ネタバレはなし)と少しの感想を。

 

  1. 鰭紙
    ある地方で史料を収集している男が、文書に貼られた鰭紙(ふせん的な注釈)を見つけてその背景を思惟するお話。歴史作家と史料・地域社会との向き合い方を考えさせられるお話。おすすめ。

  2. 同居
    上記あらすじに記載のお話。男女が結婚を決める、あるいは踏みとどまる決め手って、あんがいこういうところにあるのかもしれないなと思わされます。

  3. 頭蓋骨
    歴史作家が土地の老人に古い事件の話を聞きに行った帰り道のお話。歴史作家という職業が地域住民にどのように映るのか、受け止められ方描写が面白いです。

  4. 香奠袋
    作家の葬式に決まって現れる謎の老女にまつわるお話。こういう葬式で登場する謎の婆さんのお話、さくらももこエッセイとかでも読んだことある気がします。

  5. お妾さん
    東京の根岸界隈にかつて多く存在したという妾宅のお話。作者の幼年期であろう少年がお妾さんという存在を見て何を感じたか、ささやかな描写が好き。

  6. 梅毒
    小説の主人公が梅毒を患っていたか患っていなかったか、歴史作家が子孫等へ調査するお話。これも歴史作家と子孫との向き合い方を考えさせられる内容でとてもいい。おすすめ。

  7. 西瓜
    別居している熟年夫婦が、よりを戻すのか戻さないのか的なお話。時を経た夫婦の関係に、西瓜を添えるところが非常に良いセンスしていると思います。おすすめ。

  8. 読経
    ある葬儀で、一人の男の過去と読経の声とが鮮烈に重なるお話。家でお経をあげている人を見たことがある方なら、ものすごくグッとくると思う。おすすめ。

  9. サーベル
    ニコライ皇太子を斬りつけた津田三蔵巡査の末裔と関わるお話。この短編は歴史好きの方に広く読まれてほしい。本で読む歴史と、生で関わる歴史との交錯に呻き声が出そうになります。超おすすめ。

  10. 居間にて
    他所の夫婦関係の話が、自分の夫婦関係に少し重なって(読者の)胃が重くなるようなお話。これも家族や夫婦のありようを超短いエピソードでえぐっていて、嫌なリアルさがあります。おすすめ。

  11. 刑事部
    強盗事件が起こり、共犯ちゃうかと刑事に疑われるお話。この短編も短いエピソードの中に夫婦関係のありようが少し重なって、味わい深いです。

  12. 自殺――獣医(その一)
    獣医がある住民の飼い犬の死に接するお話。人とペットとの関係について想像させられるものがある良品です。

  13. 心中――獣医(その二)
    飼い主との心中事件に巻き込まれた犬にかかわるお話。恢復した犬のその後について、救いのあるエンドで好きだな。おすすめ。

  14. 鯉のぼり
    戦時中、孫を失ったお爺ちゃんのお話。悲しさに無常をぶち込んでくる寂寞感のあるお話で、言葉が出ないような時間を過ごせます。。

  15. 芸術家
    駆け落ちカップル的な女性を描写するお話。おおきくはテンプレ的展開なのですが、吉村昭作品なので普通の作品以上に見ていてつらくなれます。

  16. カフェー
    戦時中まで売られていた煙草「敷島」を吸う機会があり、煙草の味とともに当時の残念な大人を思い出すお話。敷島という舞台導入が超イケています。


  17. 文芸仲間が死に、その死の理由にヒエッとなるお話。吉村昭作品って独特の艶めかしさがありますよね。

  18. 紅葉
    少年が療養地にてある男女の色事に接するお話。これも艶めかしいし、描写の色彩が豊かでよいです。

  19. 偽刑事
    歴史作家と編集者が、刑事に間違えられるお話。これも歴史作家のちょっとした心理描写がリアリティあってかわいらしいです。

  20. 観覧車
    離婚した夫婦・娘が遊園地で久しぶりに交流するお話。お前ほんとさぁ! となる男のダメなところがめっっちゃ生々しくて最悪な傑作。超おすすめ。吉村昭さんもこの短編を書いて「人間の姿を描けたことが嬉しかった」と手応えをかんじはったそうです。

  21. 聖歌
    キリスト教式の葬儀にて、ひときわ澄んだ男の歌声が響きわたるお話。聖歌の美しさと実生活上の判断との対比、ひとつ前の観覧車の男と当聖歌の男との違い過ぎる精神性の対比、痺れますわ。

 

と、とても楽しめました。

 

短くてサクッと読めるし、それでいて読後感は超本格派な味わい。

さすが吉村昭さんとしか言いようがないですね。

 

 

「サーベル」のお話で著者が得た真摯な反省が、いち歴史ファンである私の胸にもしっかり根付いていきますように。