めしばな刑事タチバナがめでたく500回を突破してかんたんしました。
グルメ漫画ブームの盛衰に流されることなく卓越した構成力とサービス精神とで長寿安定連載になっていることを言祝ぎたい気持ちでいっぱいです。
以下、内容の一部ネタバレを含みます。
42巻は主にとんかつ回でして、その他にルノアール(最近はコメダ)の社長ですとかトミーさんですとか青木さんの挑戦回ですとかが挟まっている感じです。
トミーさんの宛先なきイケメン力が高まっている気がしてウケますね。
で、メインのとんかつ回はなかなかギミックが凝っている内容でして、
- 娘の結婚相手が失業したのでとんかつでも驕りながら奮起を促そうとしている源さん(ベテラン刑事)に対して、刑事課のみんなでとんかつを題材にした格言をアイデアラッシュしながら
- 美味しんぼの名作「とんかつ慕情」を現代世相&現代とんかつ屋シーンを踏まえてリブートしつつ
- おっさん読者に義理の息子との距離感について注意喚起をする
という非常に高度な展開が繰り広げられるのです。
具体的には、まず源さんが
「たまにはうちの娘もとんかつぐらい連れてってやってな」
(店でとんかつを食えるぐらいは男らしく稼いでくれ)
と、まさにとんかつ慕情100%な名ゼリフを言おうとしていたところ、
若手刑事たちからはリーズナブルな「かつや」や「松のや」を念頭に
心の中では「うるせーな よく連れてってるよ」って思いますかね
とバッサリいかれてしまい。
そこから各メンバーから
「とんかつにソース直がけ出来る男になりなよ」
「とんかつを“塩”で食ったりしない男になりなよ」
「とんかつを塩で食う人をバカにしない男になりなよ」
「ヒレよりロースを選び続ける男になれ!」
「みそかつまで踏み込むべし!」
「三元豚を愛すべし」
等々の奥深い格言が次々と飛び出すのであります。
(誰がどの格言をどういう意図で言ったかは伏せておきます)
今回登場するめしばな刑事タチバナの議論メンバーって、アサヒ芸能の読者層に合わせて
- 副署長(たぶん50代、娘が嫁いだので傷ついている)
- 源さん(たぶん50代、娘の夫が頼りない)
- 志波さん(たぶん50代、関西人枠)
- 韮沢課長(たぶん40代、妻子と別居中)
- 立花さん(たぶん40代、独身中年)
- 丸山さん(たぶん30代、独身でケチ)
と、おおむねアサヒ芸能読者を10~20歳くらい若返らせつつ共感できるような感じに構成されているのですが。
このとんかつ格言議論では、読者層であるおっさんの固定観念を是正しにいくようなバランスコメントがいつも以上に豊富なのですよ。
例えば50代っぽい副署長や源さんが「とんかつに塩なんて……」という反応をすると、若い丸山さんたちからは
「新しいことを"なんとなくイケすかないから"って排除したりバカにするのはそもそも若い人には受けないと思うんですよ」
「わざわざマッチョなルールを押しつけるのっていわゆる同調圧力ですよね」
とバッサリいかれちゃうんですね。
そして、とんかつ格言議論の果てには、乱入してきた女子軍団から
「何も言わない」っていう選択肢もあり
と、そもそも娘から相談された訳でもないのに夫なら稼ぐべしみたいな性固定バイアス説教するのはどうかと思いますよと火の玉ストレートを喰らって終わるんですよ。
まったくその通りなのですけど、これはおっさん読者にとってはそうとうキツい一撃ではないでしょうか。
そもそもアサヒ芸能は現実を忘れるために存在するような雑誌なのですから、うまい外食チェーンの話題で共感するような内容ならともかく、「お前そろそろ価値観変えんと手遅れになるぞ」みたいな注意喚起を漫画から受けるのは不意打ち感がありましょう。
あえて甘い夢を見せずに読者へ斬りかかる作品づくり。
それは読者のおっさんたちを大事に思っているから。たぶん。
私としては安定連載している当作品が500回を超えたタイミングでこうした啓蒙的な話をブチ込んでくるそのチャレンジスピリットを高く評価したいんですよね。
マンネリしてねえぞ、牙ァいつでも磨いてるんだぜ、的な意気込みを感じました。
まあアサヒ芸能ですから自分の身に置き換えて読んでいる読者なんてそもそもいないでしょうし、こういう直球説教回をときどき入れて、無意識下で日本のおっさんの民度が上がっていくなら大変よいことだなあと。
こうした真面目な話は置いておいて、
個人的にはあいだに挿入されていた
- 剣豪みたいな佇まいの渋いおっさん再登場
- 韮沢課長の妻とのエピソード
に一番痺れました。
特に韮沢課長は「妻と別居することがいかに辛いことか」を絞り出しつつ、若い夫婦の安寧を祈っている感が凄まじいのでめちゃくちゃ格好いいと思います。
もう本当に、めしばな刑事タチバナの最終巻くらいで復縁できるといいなと願ってやみませんわ。
こうした意欲的な回を人知れず混ぜ込みつつ、めしばな刑事タチバナの群像劇がますます豊かに濃密に描かれていきますように。