肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「共和制ローマの内乱とイタリア統合 退役兵植民への地方都市の対応 感想」砂田徹さん(北海道大学出版会)

 

表題の本に出会い、共和制ローマ末期におけるスッラさんの活躍、そしてイタリア半島全体に対する影響等について、近年の学説に触れることができてかんたんしました。

 

www.let.hokudai.ac.jp

 

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本屋さんでたまたま見かけ、「Sulla's Veteran Settlement and Its Impact in Italy」の文字に思わず驚嘆の声を上げてしまいました。

ローマ本って、小説やエッセイ風の作品はけっこう多いんですけど、スッラさんに関する研究を日本語で書いてくれている本ってなかなかないんですよね。

 

 

こちらの本では、イタリア等での最近のローマ研究、とりわけイタリア地方史等の成果をふんだんに活用しながら、スッラさんによる退役兵植民がイタリア統合(やがて帝政ローマへ)にどのような影響を与えたかを解きほぐしていく内容になっています。

 

印象に残ったのは、日本史の研究進展と似通っている点が多いところ。

一次史料や発掘成果との突合せ、

地方史研究の進展を踏まえた中央政界との関係整理、

「シンプルで分かりやすい理論・説明」からの脱皮、

「悪役」「敗者」とされていた人物たちの再評価傾向、等々。

 

学問として一つひとつ地に足の着いた研究を進めていくと、お国は違っていても似たようなことが起こるもんなんですねえ。

 

 

 

本の構成としては、

序盤でスッラさん活躍に至るまでのイタリア内乱や、スッラさんの経歴等のおさらいをした上で、

ポンペイ」「ファエスラエ」「ウォラテッラエとアッレティウム」「カプア」と、各都市における退役兵植民の影響を評価していき、

総括として「内乱がもたらしたイタリア一体化」の評価を行う、

という流れになっております。

 

 

最近のローマ史研究の中でスッラさんの評価が上がってきていると耳にしたことはあったのですが、この本でも

スッラといえば、「冷血な独裁者」あるいは「頑迷固陋な保守政治家」といったイメージで捉えられがちである。しかし彼は、古代ローマの歴史において稀有な改革者でもあった。スッラが実施した広範囲な改革の中には、カエサルアウグストゥスによって実質的に引き継がれたものも少なからずある。

カール・シュミットの「政治的なものの概念」、「独裁」論や「例外状態」論と考え併せるならば、依然としてスッラには思考を駆り立てる何かがあるといえよう。共和制から帝政への移行を考える際に鍵となる人物は、ポンペイウスカエサルではなく、やはりスッラであるように思える。

 

等と書いてくれていて私はこれだけでもうホクホクであります。

スッラさんだけでなく、近頃はキンナさんも再評価されているようで何よりですね。

 

 

 

その上で、

スッラさんの事績をおさらいする中で「マリウス兵制改革による市民軍の職業軍人化」という分かりやすい説明は果たしてどこまで有効か

ですとか、

スッラさんの植民について、定説での規模感は過大ではないか

ですとか、

スッラさんの独裁官引退は定説より2年ほど早かったのではないか

ですとか、

各都市の様相を語る中で「土着住民による自治都市とローマ人退役兵による植民市が併存していた」という従来の二重共同体説は再検討が必要ではないか

ですとか、

興味深い論点を次々と提示してくださるのであります。

 

私のようなサクッとしかローマ史を知らない素人からすれば、いままで聞いたことがあるような説明に次々とメスが入って楽しい楽しい。

ある程度この時代のローマ・イタリアに興味がある方からすれば、新鮮な指摘だらけですごく面白いと思いますよ。

 

 

個人的には、

フィレンチェの起源について、植民市としてはともかく、集落レベルとしてはスッラ植民兵の影響があるかもねという脇道話や、

ちょいちょい出てきて活躍? アピールをしまくるキケロさんの可愛さ、

等々にも興味を惹かれました。

 

 

 

そして、各都市がスッラ退役兵を受け容れる中でどのような混乱や対応があったのかなかったのかをつぶさに評価いただき、終章では

本書で考察したイタリア都市の体験を通して見えてくるのは、退役兵植民を受け入れたイタリア都市がその失地回復を求めてローマ当局との間で行った不断の交渉であり、また都市内部の状況改善に向けた粘り強い努力である。

その時々の内乱の結果として、イタリア内には勝者もいれば敗者もいた。ここで強調されるべきは、内乱への関与とそれによるイタリアの最終的な「勝利」というより、むしろ一連の内乱の結果としてイタリアに一体化がもたらされたという側面であるように思える。

従来強調されてきた同盟市戦争の結果としてのローマ市民権の付与は、制度的な面でイタリアが均質化したという事実に過ぎない。同盟者とはいえ実質的にはローマ支配に甘んじてきた人々がローマの一部となる過程は、それほど容易でも速やかでもなかったのである。そしてこのアウグストゥス時代へ向けての変化を大きく加速させることになったのが、他ならぬ一連の内乱ではなかったかと思えるのである。

 

とまとめてくださる流れがですね、非常にスケール感と納得感に富んでいて、満足度が高いんですよね。

(どことなく最近の日本の戦国時代後期研究と似通うものも感じさせられますし)

 

 

 

現時点ではニッチな領域かも知れませんが、共和制ローマ末期の面白さ(やスッラさんの魅力)はこれからますます注目を集めるポテンシャルがあると思います。

 

イタリア史ということもあって日本ではなかなか最新の研究に触れることも難しいのですけれども、これからもこうした良質な研究書が庶民向けに発刊されて、学術成果が広まっていく機会が保たれますように。

 

 

 

なお、値段を見ずにレジに持っていったら「6500円+税」で焦りました。

もっとポピュラーになって研究書がお求めやすくなると本当に嬉しいなあ。