肝胆ブログ

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小説「56日間 感想」キャサリン・ライアン・ハワードさん / 訳:髙山祥子さん(新潮文庫)

 

コロナ禍によるロックダウン環境下を舞台にした海外ミステリ「56日間」が同時代性と、サスペンス描写・恋愛描写を両立する叙述の緊張感とに富んでいてかんたんしました。

 

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新型コロナウイルスが猛威をふるうなか、ダブリン市内の集合住宅で身元不明の男性の遺体が見つかる。遡ること56日、独身女性キアラは謎めいた男性オリヴァーと出会っていた。関係が深まるにつれ二人には、互いに明かせぬ秘密があるとわかるが……。遺体発見の現在と過去の日々を交互に描き、徐々に明かされる過去。そして待ちうける慟哭のラスト。コロナ禍に生まれた奇跡のサスペンス小説。

 

 

上記あらすじの通り、現在と過去のエピソードを時系列に記すのではなく、現在・過去のエピソードを交互・バラバラに叙述することでミステリ・緊張感を高めている作品になります。

平たく言えば叙述トリックものに属する作品ですね。

 

 

直接的なネタバレは避けて魅力を語りますと、

 

 

まずは「コロナ禍でロックダウンが敷かれたダブリン」という舞台設定が最高ですね。

犯人からすれば好都合すぎる舞台設定ではありますけど、人と人とのコミュニケーション回避に努めた数年間を経験した我々にとってはもはや一種のノスタルジーすらまといながら没入感はいやおうなしに高まります。

確かにロックダウン下であれば目撃者的な人は激減する。

わざわざ嵐の洋館に行かなくてもミステリの舞台が整うというのは我々同時代の人間だからこそ深く納得できる設定であります。

著者自身がコロナは舞台設定と言い切っていて、実際にコロナに感染する人とかは一人も出てこないのも潔すぎて好き。

 

 

もう一点素晴らしいなと感じたのが、「過去」パートで主人公キアラさんおよびオリヴァーさんそれぞれが語る主観描写パートの地の文。

叙述としての内面描写が少なく、それぞれの行動が最低限の文章でテンポがよく記されていて、そのスピード感が恋愛としてもサスペンスとしても臨場感を非常に高めてくれています。

ひとつの文章を恋愛的な意味でもサスペンス的な意味でも味わうことができて、決してどちらかが正解でどちらかがミスリードとも言い切れない巧みな文章表現には参りますわ本当に。私としては恋愛脳的な読み方したときの味わいが、現代に生きる大人の展開が速い恋愛ドラマ味が強くて好きなんだ。

 

 

過去と未来を交互に記述していくスタイル、過去パートはとりわけ主観的な叙述になっていることから、ミステリを読みなれている方にとっては「ははん、これは叙述トリックになるやつやな」とすぐに思い至るでしょうし、めちゃくちゃひねった展開や繊細な完成度のトリックがあるわけでもありませんので、ある程度は物語の背景や真相も予想できると思いますし、謎の深さを求める読者には合わないかもしれません。

 

けれども、登場人物たちの行動のテンポ速さ・緊張感・臨場感についてはたっぷりと味わうことができ、しかもコロナ禍という我々同時代人だからこそ首肯できる優れた舞台でお話が進んでいくのですから、読み進める1ページ1ページの満足度が非常に高い作品だと言えましょう。

ドラマ化原作とかにも向いていると思います。繰り返しですが、この作品の恋愛サイドの描写はけっこう共感性高い魅力がありますし。

 

 

なお、深読みしようと思えば被害者が最後に語ったお話は、事実なのか加害者のために創ったお話なのか、どちらにも読めるようになっている気もします。

まあ、言葉通りに聞いておいた方が個人的はきれいな気がしますけどね。

 

 

コロナ禍で出会いや結婚がずいぶん減ったみたいなニュースをしばしば耳にします。

そうなのであればなおさら、コロナ禍のさなかに出会ったカップル方は皆々さま縁を大事にしていただいて永くお幸せでありますように。