コーポレートガバナンス関係で有名な弁護士「牛島信」さんと、実績ある名経営者の方々との対話を収録した当著が面白くてかんたんしました。
二部構成で、2/3くらいがコーポレートガバナンスをテーマにした対談集、1/3くらいがコーポレートガバナンスの直近の理論・概況を解説いただける内容になっています。
ある程度この手の話題に興味がある方向けの本かと思いますが、「コーポレートガバナンスってよく分からんけどなんとなく読んでみたい」という人は後半を先に読んでみたら分かりやすいのではないでしょうか。
先に後半の目次を引用しますと、
【第二部】 理論篇
・企業の内部留保をどうはき出させるか
・社外取締役の時代が到来した
・コーポレートガバナンス・コードとは何か
・日本企業の経営者は米国並みの高額報酬に?
・激変する「株式持ち合い」「内部昇進者中心の取締役会」
・内部通報制度はカイゼン活動
・トヨタの種類株式と「重要なパートナー」の確保
・ROEとコーポレートガバナンス
・取締役会の機能を向上させる具体的な方策
という風になっておりまして、なんとなくニュースや日経新聞なんかで見たことあるような見出しでございましょう?
この第二部理論編は100ページほどのコンパクトなボリュームで分かりやすくこうしたトピックスを説明してくださいますので、コーポレートガバナンスの気安い入門書としてもおすすめですよ。
単に「●●●とは×××である」みたいな教科書的解説になっていなくて、「安倍政権が成長戦略の目玉として掲げたからこんなけ急に盛り上がった」「内部通報を受けた際の、大阪ガスやカナデンや帝人の対処は見事だった」「トヨタによる中長期保有志向株主の形成チャレンジ(AA型種類株式の発行)」「企業役員の報酬は今後上がっていく方向なのだろう」などなど、印象的というか記憶に残りやすい話題をたくさん散りばめてくださっていますのでとてもためになります。
コーポレートガバナンスは業界問わずさいきん重要なので、ビジネスパーソンの方はこうした内容をサラッとでも一読しておくといいんじゃないかと。
そうした世の中の流れを踏まえた前半の対談集ですが。
対談相手のメンツがすこぶる豪華なんですよね。
【第一部】 対談篇
伊東信一郎氏 ANAホールディングス会長
鈴木茂晴氏 大和証券グループ本社会長
長島 徹氏 帝人相談役
斉藤 惇氏 KKRジャパン会長
岩田喜美枝氏 公益財団法人21世紀職業財団会長
松本 晃氏 カルビー会長兼CEO
冨山和彦氏 経営共創基盤(IGPI)CEO
森口隆宏氏 JPモルガン証券シニアアドバイザー
ビル・トッテン氏 アシスト会長
金成憲道氏 ドイツ証券会長
どうでしょうこの納得せざるを得ない面々。
個人的な感覚を申し上げますと、企業経営者モノというとついつい「伝説の創業者」とか「革新的な成功者」とかの逸話に目が向いてしまいますが、「よく知られた現実の大組織で、上司部下お客様取引先株主などなど多くの人々から支持を集めて頂点まで上り詰めた」、いわゆる出世レースの勝者的人物の地に足の着いたお言葉も勉強になるものだと思っています。
あんまり派手さはないですし、出世した人というと通常どうしても距離を置きたい本能的反応をしてしまいがちではあるのですけれども。
やっぱり落ち着いて考えたら、こうした方々は純粋な実力の裏打ちあってこそ高みに至っている訳ですし、大半の人同様に「元は組織の一兵卒」からキャリアを始めている訳ですから、何かと参考にもなるんですよね。
突き抜けた個性というより、キャリアを通じて得た集合知が結晶化したかのような判断力・バランス感が実に魅力的です。
対談では、社外取締役や株主や雇用や後継者選びや社会的責任などのテーマについて、経営者方と牛島信さんがそれぞれ個性的な意見を仰っていてとてもインタラクティブでした。
企業の意義を「雇用」に求める牛島信さんの一貫したスタンスがいいんですよ。
どの経営者の方のお話も面白いので多くの方に目を通していただきたいのですが、私の好みは伊藤忠商事の元社長である「丹羽宇一郎」さんのお言葉遣い。
経営者は最大の資産である人を大事にして、人をどう育成していくかを考えなければいけません。経営者は公人として、その振る舞いが社員を含めたすべてのステークホルダーに見られているという意識を持つ必要があります。
社員は社長の前に立つときは演技をします。一方、社員からは社長の背中がいつも見えている。正面の顔は演技ができますが、背中は演技が出来ません。日常の振る舞いなんです。「クリーン」「オネスト」「ビューティフル」は、経営者の三大原則です。
現在、コーポレートガバナンス・コードが叫ばれているのは、アメリカ式に従っていればいいという考えからきていて、積極的なものではないと感じます。「知の衰退」と言ってもいい。コーポレートガバナンス・コードについても、肯定的な意見ばかりが採り上げられているのではないかと感じています。
このままならいずれ日本と日本企業は駄目になります。コーポレートガバナンス・コードもきちんと検証していく必要がある。経営は、結果がすべてです。コーポレートガバナンス・コードはデータで検証されていない。この点が大きな問題です。
また、元検事総長で、さいきんでは相撲の暴力問題再発防止検討委員長も務める「但木敬一」さんの次のお言葉にも深く首肯いたしました。
日本人は小集団の利益と大きな集団の利益を比較したとき、小集団の利益を優先する傾向があるんです。その一例として、談合があります。今、談合してほしいなんて考える経営者なんていない。
ところが、目の前の小さな仕事、自分の属する課や部の利益を会社全体の利益よりも優先してしまうことがあります。日本でコンプライアンスを考えるなら、この点をクリアできるかがポイントです。
今は外国人主体で市場が動いていて、国内企業の株式保有率を見ても30%は外国のファンドが持っています。そうなると、日本企業はグローバルな視点で行動しなければならないのは当たり前です。
ただ、ここで工夫しなければならない。大昔、日本は中国から律令制度を取り入れました。しかし、同じく古代中国の代表的な制度である科挙制度、宦官制度は取り入れませんでした。それは日本の風土に合わないからです。ガバナンスには取り組まなければなりませんが、一方で日本的な特性をなくさずにどうやって生き残っていくかが大事なんです。ただ、外国が教えてくれることもあります。
面白いでしょう。
コーポレートガバナンスについて扱う本なのに、「海外や政府の言う通りにコーポレートガバナンス・コードを諾々と受け入れるのはアホである」と言わんばかりなお言葉が次々と出てまいりますよ。
その上で、「自社にとって、日本社会にとって、あるべきガバナンスのあり方とは」ということをご自身の頭でトコトン考えているのが伝わってくるのが素晴らしいのです。
コーポレートガバナンスをテーマにしつつも、人の上に立つものかくあるべし、万事に通じる姿勢を学べる対談かと思います。
こういう点でもビジネスパーソンには広くおすすめしたい本ですよ。
どの経営者の方々も魅力的ですし、それぞれ違いもありますし、読者一人ひとりが自分の肌に合う経営センスを発見できるのではないでしょうか。
こうした名経営者方のマインドがしっかりと次世代に受け継がれて、これからも日本経済が力強く発展していきますように。
本の中でも言及されていますが、株式会社というのは人類の英知のひとつで、世の中に偉大な商品やサービスをもたらし、多くの雇用と暮らしを支えている存在ですからね。
企業が健康でないと世の中も健康になれないというものです。