肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「足利将軍たちの戦国乱世 感想 ブランドは今も昔も」山田康弘さん(中公新書)

 

中公新書にて「畿内戦国史入門」とでも言うべき畿内戦国史初学者向けの新書が発売されていてかんたんしました。

応仁の乱」や「三好一族」を経て、中公新書の編集者さんも「ウキウキに喜んでるマニアと同じ苗字ばっかり登場して訳わからんという一般人とで書評が真っ二つに割れてしまっている……これはあかん」と思われたのかもしれませんね。その上で山田康弘さんに足利将軍を軸とした新書の執筆を依頼しようぜというのは慧眼でありましょう。

 

www.chuko.co.jp

 

 

足利将軍家を支える重臣たちの争いに端を発した応仁の乱。その終結後、将軍家は弱体化し、群雄割拠の戦国時代に突入する。だが、幕府はすぐに滅亡したわけではない。九代義尚から十五代義昭まで、将軍は百年にわたり権威を保持し、影響力を行使したが、その理由は何か――。歴代将軍の生涯と事績を丹念にたどり、各地の戦国大名との関係を解明。「無力」「傀儡」というイメージを裏切る、将軍たちの生き残りをかけた戦いを描く。

 

 

上記あらすじの通り、応仁の乱後の九代義尚さんから十五代義昭さんまでの足利将軍の事績を概観する新書となっていまして、各公方様の生涯をざっくり解説いただいたうえで足利将軍独自の権威や役割や意義を説いてくださる構成になっています。

 

現代における国連等の国際機関を例示して、「どの国も普段は国連の存在なんて気にしてないけど、なんか紛争とか起きたら国連に相談持ち込むやろ? 国連の言うことをある程度は尊重するやろ? 国連なんか潰したれとか言わんやろ? 戦国大名と足利将軍の関係もそれと同じや」等と分かりやすい解説をしてくださいますので、「はえ~戦国時代の足利将軍って無力でも傀儡でもなかったんやね」となんとなく腑に落ちる感じにさせてくれるところがさすがの山田康弘さんの文章力であります。

 

真面目に評しますが、この新書は「応仁の乱や三好一族で挫折した読者も読み切って理解して楽しむことができる」可能性が高いと思います。

 

文章が平易、

現代社会等に例えてイメージアップ、

出典や細部は大胆に端折ってポイント重視、

ところどころ史料を引用して当時の空気感も紹介してくれる、

等々。

「研究成果を、その界隈に詳しくはないけど一定の教養水準をお持ちの方々へ分かりやすく伝える」という点においてお手本のような完成度。研究者だけでなく、博物館や美術館の展示・演出者も参考にできるんじゃないでしょうか。

 

ましてタイトルが「足利将軍」。

三好一族について語れる小学生は大東市等一部地域を除いてそうそういませんが、足利将軍の存在は小学生でも知っています。

この本で力説されているとおり戦国時代当時も足利公方様は大きなブランドだった訳ですが、現代においても「足利将軍」という言葉は大きなブランドをお持ちです。

その足利将軍をとっかかりに、戦国時代の畿内界隈へ読者が興味を持ってくださって、細川京兆家、畠山家、大内家、六角家、三好家、そして織田家等々に関心を抱いてくれたら界隈のファンとしてもまことに嬉しいものがあります。

 

この本の個人的にイケてるなと思うところが、足利将軍を推しつつ、そのライバルたちを変にサゲていないところ。

この本を読めば、たとえ読者が初めて知った名前であっても、

畠山尚順……忠義の尽くしっぷりが素敵、しかもお強い」

細川高国……成功者の生涯からでは手にできない、独特の感慨をお持ち」

三好長慶……強い、打ちやぶれない、足利家がどうしても勝てない」

織田信長……威勢や正当性の見せ方が超うまい」

等々、なんとはなしに畿内で活躍した人物たちへの関心が高まるように書いてくれているのが素晴らしい。

 

誰でも知っている足利将軍から、お好みの武将たちへリーチしていく。

そういう導線にこの本がなってくれたらいいなと思います。

もちろん、「自ら剣を取って暗殺者と戦った将軍と言えば義稙さん。酔っ払って寝ていたのに撃退するなんてすごいよね」みたいな、将軍個々人の魅力もしっかり語ってくれているのもよございますね。

 

 

 

なお、以上のような内容を200ページにまとめている本となりますので、一つひとつの取り上げは非常にあっさりしていますし、畿内戦国史にもともと詳しい方にとっては新たな発見はそんなに多くはないでしょうし、個々のロジックはじゃっかん単純化しすぎていたり政治学等の用語を使いやすく使い過ぎていたりするように映る面もあると思います。

まあ、詳しい方々も当著の学際的な発想や、一般人向けの分かりやすい説明っぷりに注目し、学ぶべきところを学べばいいんじゃないかなという感じでしょうか。山田康弘さん自身の関心もそういう方向に向いていっているような印象がありますし、同じ畿内戦国史の研究者でもそれぞれのポジショニング、距離の取り方、議論や関心の焦点等に幅が出てきているんですかね。

 

 

何はともあれこういう新書がたくさん売れて、やがて畿内戦国史の各領域に導かれてファンが増えていきますように。