とうとう三好一族を題材とした新書が発売されてかんたんしました。
しかも凄まじいクオリティを携えて……!
全盛期の当主長慶は有能な弟たちや重臣松永久秀と覇業に邁進し、主家を凌ぐ勢力となる。
やがて足利将軍家の権威に拠らない政権を樹立し、最初の「天下人」と目された。
政権が短命で終わった後も、織田信長の子や羽柴秀吉の甥を養子に迎えるなど名門の存在感は保たれ、その血脈は江戸時代になっても旗本として存続する。
信長に先駆けて天下に号令した一族の軌跡。
著者は三好家研究の第一人者とも言われる天野忠幸さんです。
無人の荒野だった三好家研究が、遂にここまで来たのだと思うと感慨深いものがありますね……。
推しの歴史人物に何が起こると一番嬉しいか。
論文、専門書籍、ドラマ、小説、マンガ、ゲーム……人によって好みはあろうかと思いますが、個人的には新書の発売が一番嬉しいです。
現代にあって、研究成果をまっすぐ広く伝えるという意味では新書がいちばんバランスがいいと思うんですよね。
論文や専門書籍はどうしても手に取る人が限られますので、手に取りやすい新書を元ネタにファンが増えたり、質のよい各種創作も捗ったりするといいなあと願います。
しかも、当著「三好一族」は、
- 戦国時代の流れとその中で三好一族が果たした役割を分かりやすく解説する構成の妙であったり、
- 一般的な戦国時代ファンに取っつきやすいよう、各地方のメジャー人物との関連性に目が行き届いていたり、
- 天野忠幸さんのこれまでの研究成果に加えて、木下昌規さん、馬部隆弘さん、村井祐樹さん、山田康弘さん等々、近年盛り上がっている畿内戦国史研究のエッセンスも意欲的に取り入れられていたりと、
クオリティとしても素晴らしいものであっただけになお嬉しく思います。
推し人物の魅力を広める良質な新書が発売された。
めっちゃ幸せです。
そういう訳でこのブログ記事を読むよりも実物マストバイをおすすめしたいのですが、せっかくなので内容や読みどころをかんたんに紹介しておきます。
目次
はじめに
第一章 四国からの飛躍
――三好之長と細川一族
1 阿波守護細川家と室町幕府
2 細川政元の権勢と死
3 細川家の分裂
第二章 「堺公方」の柱石
1 将軍家の分裂
2 細川晴元・氏之兄弟
3 堺公方と晴元の対立
第三章 静謐を担う
1 阿波から摂津への移転
3 足利将軍家を擁立しない政権へ
第四章 将軍権威との闘い
1 将軍権威の相対化
2 義輝との「冷戦」
3 長慶の周辺
第五章 栄光と挫折
――三好義継・長治と足利義昭
1 三好本宗家の分裂
2 阿波三好家の足利義栄擁立
3 織田信長との戦い
4 三好本宗家の名跡争い
第六章 名族への道
1 信長と義昭の抗争
2 秀吉の統一戦争
3 三好一族と江戸幕府
終 章 先駆者としての三好一族
主要参考文献
三好氏関連略年表
全部で約200ページです。
この一冊で、戦国時代の主な流れを通観しながら三好一族の活躍を描けているのがまずすごいですね。
目次通り、
- 応仁の乱や明応の政変以降、足利将軍家や細川家や畠山家が分裂して世の中が大変なことになりました。
三好之長さんも世の中を大変なことにしながら名を上げました。 - 三好之長さん死後、孫の三好元長さんが足利家・細川家の内乱に決着をつけかけましたが、最後に内輪もめで粛清されてしまいました。
- 三好元長さん死後、息子の三好長慶さんが足利家・細川家・畠山家・三好家の内乱すべてを(だいたい)解決し、畿内に静謐を取り戻すとともに、足利将軍に代わって京を支配したり全国の裁判に介入したり明の外交官に応対したり改元したり天皇即位をアシストしたりして、足利将軍家の権威を相対化しました。
- 三好長慶さん死後、三好義継さんたち三好家の後継者たちは長慶さんほど上手く三好家中・畿内四国諸勢力をまとめることができず、徐々に衰退していきます。
しかしながら世間のイメージとは違って、三好家関係者はものすごく長いあいだ織田信長さんや毛利家等を苦しめていたし、三英傑時代にわたって三好家のブランドは強く残っていたんですよ。 - 織田信長さんや羽柴秀吉さんによってつくりだされた新たな時代も、三好一族が先駆者として果たした役割があってこそじゃないすかね。
という流れを追っていけますので楽しんで読み進めてくださいまし。
戦国時代ファン的に注目してもらいたいところ
三好家ってずっとマイナーな存在でしたので、戦国時代ファンであっても三好一族のことはよく知らないという方が大半だと思います。
この本を通じて三好一族への関心が高まればたいへん幸いですが、それとは別に。
先述の通り、この本では戦国時代全体の流れの中で三好一族の果たした役割を幅広に書いてくれていますので、結果として「各地域の出来事と中央政界の関係」という感じで、各地域の戦国時代への理解がより立体的になるという効能があります。
三好一族という補助線を引けば、戦国時代をより理解しやすくなる。
そういう点でも当著を推していきたいですね。
詳述はしませんが、例えばよく知られる
等々も、三好一族の影響という視点から見ていくとまた違った面白みが出てきて楽しいんですよ。
三好家ファン的に注目してもらいたいところ
ものすごい量の情報がアップデートされていますので、「自分、けっこう三好家詳しいっすけど?」という方ほど当著を読んでいただくのがおすすめであります。
ちょっと各人物の見どころを書くだけでも……
- 三好之長さん
そもそも本当に小笠原氏の末裔なのか、三好家嫡流の末裔なのか、何もかも真偽が明らかでないとのこと。
特技は「京都近郊で一揆を蜂起させること」。完全に悪のカリスマです。 - 細川氏之さん
細川持隆さんとして知られていますが、「持隆」は一次史料には見られない、どうやら「氏之」が正確ではないかとのこと。
つまり、三好之虎(実休)さんの「之」はそういうことなんでしょうね。
あと、細川晴元さんの「弟」説が採用されています。 - 足利義維さん
足利義澄さんの「長男」(義晴さんの兄)と明言されていますね。 - 柳本賢治さん、六角定頼さん、足利義晴さん、木沢長政さん、細川氏綱さん等
評価が↑↑。畿内戦国史各研究者の評価がしっかり採用されています。
採用のされ方を見るに、天野忠幸さんは一次史料等で根拠がしっかりしている論説についてはご自身の当初見解と違っていても受け入れるお人柄のようでご立派ですね。 - 三好宗三さん
評価が↑↑。武将、数寄者、現実的な判断力、最後まで細川晴元さんを支えた姿等々。嬉しい。 - 三好長慶さん
元長さん存命の頃から仕事していたり、猿楽能好きな面が新たに着目されていたり、明使節との応対など幅広い活躍っぷりが従来以上に補強されたり。
一次史料からは死因は不明としか言えないので、メンタル説はいい加減慎むべきとも書かれています。
なお、当著では長慶さんの死後、後継者たちが家中や地域の利害関係を上手くまとめられずに散っていった姿がビビッドに描かれますので、結果として「こいつらまとめていた長慶さんってやっぱパネェ~」感が増しているのがいいですね。 - 野口冬長さん
やはり一次史料では存在を確認できないそうです。 - 遊佐長教さん
「三好長慶の兄貴分」というキャラ付けが!
「三好一族」で「兄貴分」とくるとなんとなくVシネマ感が出てきていいですね。実写化したら白竜さんあたりが演じることになりそうです。 - 谷宗養さん(連歌師)
「三好長慶の弟分」というキャラ付けが!
「三好一族」で「弟分」とくると略。連歌って現代だとMCバトルが近いと思いますので、実写化したら呂布カルマさんあたりに出演を依頼する感じでしょうか。 - 松永久秀さん
柳生文書収録の石成友通さんとの文通、従来は三好義興さん危篤時のものと認識していたが、実は長慶さん危篤時のものではないかとのこと。
長慶は重篤であり、久秀は釈尊や八幡も生を享けた者は死ぬべき定めと言うが残念なことだ、気も心も消え入りそうだ、取り乱しては無念と思う、と長慶への心情を吐露する。~(注略)~久秀は、もしかしたら、めでたく長生きしてくれるのではないか、そのように言うのも祈祷だと、一縷の希望を友通に述べている。この約十日後に、長慶は世を去った。
ますます奸臣説が薄らぎ、忠臣説が勢いを増していきそうですね。 - 正親町天皇
三好長慶さんに好意的であった姿がまざまざと。
むしろ、朝廷は現実の実力者である三好家を受け入れていたけど、地方の武家はなかなか「足利将軍家あってこそ」という従来の価値観から離れられないよね……という風に描かれています。
朝廷は意外と進取的、というのは大事な視点なように感じます。 - 三好三人衆
長逸は長慶以来の被官を率い、宗渭は長慶に敵対した経験を持つ旧晴元被官をまとめ、友通は畿内出身の新参の被官を久秀に代わって代表する立場であった。
この鋭い三好三人衆論が新書に収められたことに感動しました。
三人衆の中でも、三好長逸さん人生最後の輝きはまことに尊いので必読です。
さいきん私の中では、長逸さんは実直な武人・実務家として人生を歩んだ果て、寿命が尽きる直前に三好長慶さんの域に到達しかけた、かつての大三好家を復活させかけた人として、ロマンの塊のように思えてきています。 - 篠原長房さん
超実力者。
ただ惜しいかな足利義栄さん推し過ぎて、足利将軍家要らないんじゃね派の三好義継さんや三好長逸さんと方針が合わないという悲劇。
本当に長慶さんや実休さんはどうやってこの大三好家をまとめてたんだろう。 - 小少将さん
江戸時代に創作された逸話として、存在ごとあらためて否定されています。 - 三好康長さん
「三好元長さんの弟」ではなく、三好元長さん期に活躍(柳本甚次郎さん殺害→三好元長さん死因)した三好一秀さんの子孫であろう、長慶さんたち四兄弟よりも若いであろうとのこと。薄々そうじゃないかと思われていたことが明言された感じですね。
三好長慶さんの創作をする上で、一人くらい最後まで登場できる高齢者がいると話を膨らませやすいんですがこれからは難しくなりそうです。元長…長慶…義興…義継…長治…義堅…三好家の男は代だい短命の伝統…(除く之長さん)。
こうやってつらつら書いているだけでも楽しい。
いい新書だぁ。
あとは、全体として通観すると「三好一族側の勢力、大事な場面で大事な人が病死し過ぎ」感が目立ちまくりますね。
戦国時代通して肝心な時に肝心な方が亡くなってしまう運に見放され具合が三好一族の哀しい魅力であります。
足利義輝さんについて
最後に。
最新研究を踏まえて多くの人物について評価が上方修正されている中、足利義輝さんだけは評価が全く上がっていない、むしろ更に下がっているのがおつらいです。
足利将軍家にかかわる研究が進んで、それを天野忠幸さんも取り入れているので、この本でも足利将軍家が持つ権威の力、武家トップとしての役割の重さについては描写の迫力が増しているんですよね。
そうした足利将軍家を相対化した長慶さんの評価も更に上がっていますし。
それだけに、「こんなにすごい足利将軍家の権威の力を、よくもまあここまで失墜させたもんだね」みたいな書きぶりになっている義輝さんが悲惨でなりません。
天野忠幸さんによる他の研究者の成果の採用っぷりを見るに、現代の歴史学者として一次史料で根拠がある説については素直に反映されているように思えますので、要は足利義輝さんを明確にフォローできるような一次史料が不足しているということでしょうか……。
じっさい、足利将軍家サイドの研究者の方々からも、足利義輝さんについては今のところ「どうしてこんなことに……」「いや、義輝さんも才能はあったんやけど、相手が悪すぎたんや……」的なコメントも散見される気がしますし。
義輝さんをフォローする説も一部存在しますが、天野忠幸さんから見ればまだまだ補強が足りないように映っているという状況なのかな。
義輝さんの葬儀では大勢の弔問客が訪れて偲んだみたいな記録もあるので、決して悪いだけの人ではないとも思いたいところなのですけど。
11月には戎光祥出版から「足利義輝と三好一族」(木下昌規さん)という本が発売されるみたいですし、天野忠幸さんが思わず採用してしまうような足利義輝さんの美点が論じられているといいなあ。
「足利義輝と三好一族 崩壊間際の室町幕府 感想」木下昌規さん(戎光祥出版) - 肝胆ブログ
なんしか三好一族の新書が出て嬉しいです。
本当にさいきん畿内戦国史関係の出版がめちゃくちゃ増えてきていて、ということは、この界隈のファンやおぜぜもまた増えてきているということなのでしょう。
ごはんを食べられないジャンルは発展しないですからね。
このささやかな盛り上がりが今後も続き、論説の充実や知名度の高まりに繋がっていきますように。
三好家や足利将軍家や細川京兆家に続き、河内畠山家や阿波守護家(細川家)や波多野家や六角家や将軍家奉公衆等の研究も進んでいきますように。