肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「足利義輝・義昭 天下諸侍、御主に候」山田康弘さん(ミネルヴァ書房)

 

ミネルヴァの「足利義輝・義昭」を読んでみたところ、戦国時代の「足利将軍固有の価値」「足利将軍はけっして傀儡ではないよ」という点は非常に分かりやすい一方、「知れば知るほど三好長慶さん・織田信長さん・毛利輝元さんに迷惑かけ過ぎじゃね?」感も満載な内容でかんたんしました。

 

www.minervashobo.co.jp

 

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足利義晴さんとその子どもたち、足利義輝・義昭兄弟の生涯を解きほぐした書籍となっておりまして、これから大河ドラマ等でも彼ら兄弟は注目されるでしょうからこういう本で事績が知られやすくなるのは非常にいいですね。

 

松永久秀さん、摂津国人衆、そして足利将軍家と、徐々に畿内戦国史織田信長史の接続が進んできているのがとても嬉しいです。

 

 

 

本の感想

 

本著の特徴は、序章で「戦国時代はどんな時代だったか」「戦国大名はどういう価値観で行動・判断していたか」の見取り図を解説いただけるところにあります。

とりわけ、戦国時代とはいえ「正しいことか否か」「主従関係は大事だ」という倫理的価値観の影響は強かった、という点が足利将軍を語る上で大事なファクターで。

 

こうした学術書で序章に戦国時代観を語るのは珍しい構成ではあるんですが、足利公方というイレギュラーな存在の値打ちを広く知らしめるためには、こうした総論・スタンスをあらかじめ説明しておく必要があったのでしょう。

著者さんのバイアスが多少混じっているとはいえ、初学者にとっては分かりやすい構成になっていると思います。

 

一方、以降の足利義輝さん・義昭さんの事績を解釈する上で、史料の実証による解釈よりも、こうした戦国時代観的解釈「戦国大名はこういう判断をする生き物なのでこういう行動を取ったのだろう」に偏っているきらいもございますので、各人物や各家の研究に詳しい方からすれば物足りない面もあるかもしれません。

また、畿内史関係の最近の研究で提示されている成果や論点がスルーされているところもありますのでその点はあらかじめご留意いただいといた方がいいと思います。

(波多野"稙通"、永禄改元スルー等々)

 

 

 

この本は足利義輝さん・義昭さんの生涯を詳細に描写しつつ、その過程で「戦国時代の足利将軍は無力だった、傀儡だった」という誤解を払拭することに重きを置いておられます。

 

小早川隆景さんの談話

「公方様(義昭)が毛利のもとに下ってきたことで、これまで毛利を知らなかった遠国の大名たちまでが、毛利に挨拶するようになった」

 

がよく足利将軍のメリットを表していると思いますが、戦国時代において、足利将軍を抱えることは

  1. 主君(将軍家)に忠義を尽くす戦いというスローガンを掲示可能
  2. 大名たちの間での知名度向上
  3. 人脈豊富な足利将軍家スタッフを活用可能
  4. 他の大名に言いにくいことも足利将軍に代弁してもらえる
  5. 足利将軍家ルートで手に入る様々な情報
  6. 味方諸将の士気高揚

 

等のメリットがある、という点がよく伝わってまいります。

 

 

一方、デメリットとして、

  1. 足利将軍家を養うコスト
  2. 足利将軍家に軍事作戦や裁判に色々口出される煩わしさ
    (しかも足利義輝さんは頑固特性、足利義昭さんは依怙贔屓特性をお持ち)
  3. 家臣が殿を飛び越えて足利将軍家と主従関係を結ぶリスク
  4. 足利将軍家の敵(三好長慶さんや織田信長さん)を敵に回してしまうリスク

 

等もありまして、とりわけ4のリスクは甚大、ノーアポで鞆に飛び込んで来た・住み着いた足利義昭さんをどう処遇するかに毛利家が悶絶したというエピソードが涙を誘います。

足利義昭さん目線で見れば毛利家に駆け込んだのは「死中に活」という格好いい判断だとは思うのですが、毛利家目線で見れば驚愕すべきアクシデントだったことでしょう。

まあ確かに足利義昭さんのおかげで毛利家の武名は更に高まったのでしょうけど。

 

 

かように、足利義輝さん期・義昭さん期を通して、足利将軍家の「スローガン的・外交的価値の高さ」を学ぶことができる点がいいですね。

こうした点は戦国時代ビギナーにはまるで未知の領域だと思いますから、広く一読をおすすめできる本だと思います。

 

足利将軍の価値の高さが周知されれば、彼らを敵に回した三好長慶さん・織田信長さんの苦難も一層理解されやすくなるでしょうし。

この本を読めば、足利将軍のライバルたる三好長慶さん・三好三人衆織田信長さんの有能さもよく伝わってきますから、彼らのファンにもおすすめですよ。

 

 

 

というかですね、この本、基本的に足利将軍家をアゲる本なんですが、読めば読むほど三好長慶さん・織田信長さんが気の毒になってくるのですよ。

確かに「足利将軍は無力・傀儡」という誤解は充分解けるとは思うんですけど、三好長慶さん・織田信長さんに迷惑かけてばかりだったよね?」という最近の風評被害はまるで払拭できていない、むしろ強化されているじゃないか! という。

 

足利義輝さんの三好長慶さん裏切りの一件(1553)なんて「この時の義輝さんは若かったからしゃーない。いや、義輝さんは英主になる素質はあったんやで? でもほら、この時は若かったし。三好が細川に取って代わる端境期やったし。こらあ判断間違ってもしゃーないわ、うん」みたいな感じですからね。

 

足利義昭さんの織田信長さん見限りの一件(1573)も「信長さん三方原で負けたやん? 武田来るやん? 朝倉も来るやん? 京都危ないやん?」みたいな感じですし。

この本では「勝ち馬へのバンドワゴニング効果」といった感じでそれらしく説明はしてくれていて、確かに実際そうなのかもしれませんが、もう少し史学的深掘りも読みたいなあという気持ちになります。

 

この辺りは足利将軍家の研究も過渡期だからやむを得ないのでしょうね。

現時点の成果を素直に披露すると、結果として足利義輝・義昭兄弟があたかも未熟・狭量だったかのような記述になってしまうのは仕方ないのでしょう。

今後、足利将軍たちがそうした判断を下すに至った背景、例えば奉公衆的視点からのアプローチとか、彼らの権益構造からのアプローチとか……が深まっていくといいなあと思います。

さすれば足利義輝・義昭兄弟の新たな実像や魅力も形成されていくでしょうし。

 

  • ちなみに、この本では足利義晴さんは「策士」として高く評価・キャラ付けされています。細川国慶さんとのプロレスを興行した説まで出ていてウケました。

 

 

個人的には、三好長慶さん・織田信長さんがどうすれば足利将軍家ともっと上手くやっていけたのか? も想像したいんですよね。

長慶さんが長生きする、信長さんが一切負けない、というシンプルな答えだけではなくて、異なる価値観や利害や家格を有する両者が和合できた可能性があったらならそれを知りたいの。

 

 

 

三好家関係の雑談(永禄の変・本圀寺の変)

 

足利義輝・義昭兄弟の本ですから、この本では永禄の変、本圀寺の変も当然しっかり記述されています。

 

まず永禄の変ですが、著者の意見は「御所巻きからのうっかり弑逆説」

  1. 主君たる将軍を殺害すれば、世間を敵に回し、大きな不利益を受けることは明白
  2. 三好義継さんが義輝偏諱(義)を賜った直後でタイミングも最悪
  3. 永禄の変時、「訴訟したいことがある」と三好家が称していたという記録
  4. 事後、三好家は義輝さんの悪事アピールもしていないし、義輝葬儀の邪魔もしていない。むしろ義輝仏事に寄進すらしている

 

と論拠を挙げてくださっています。

 

私もこの説には賛成で、三好家は足利義輝さん本人ではなく、その側近(進士晴舎さんや小侍従さん辺り)の排除を企図していたんじゃないかなあと考えていますが。

ただ、「三好義継さんが実父譲りの後先をまったく考えない殺りたいときに殺るんだ精神を発揮した」という説も面白いので選択肢には残しておきたいと思っています笑

 

 

 

そして、三好三人衆足利義昭さんを襲撃した本圀寺の変なんですけどね。

この本圀寺の変って、永禄の変や本能寺の変と違って、容疑者たる三好三人衆の動機がまったく考察されていないことに定評がありますよね。

(これも三好三人衆人気の低さによる悲哀なのかなあ……)

 

たぶん世間イメージでは、三好三人衆足利義昭さんのSATSUGAIを狙っていたということになっていると思いますが、基本的に常識人で理性的な三好長逸さんたちが、本当にそんなこと狙っていたんでしょうか? と私は言いたいのです。

そもそも三好三人衆、永禄の変でも義輝さんをSATSUGAIしてるじゃないですか。

さすがに二人も征夷大将軍を弑逆するってのは……普通はしないと思うんですよね。

 

ので、私としては、本圀寺の変は三好三人衆による足利義昭さん拉致未遂事件と解釈した方がいいんじゃないかなと思ってましてね。

 

永禄の変でうっかり義輝さん弑逆

→反省

→本圀寺の変ではゆっくり本圀寺を攻める(義昭さんに自害されても困るし)

→ゆっくりしてたら明智光秀さんや三好義継さんや池田勝正さんたちが集まってきた

ひでぶ

 

というのが実際の流れだったんじゃないのと。

 

 

その上であくまで妄想、ifのたぐいなんですが、

もし本圀寺の変でも三好三人衆足利義昭さんをうっかり殺めてしまっていたら。

 

こうなれば歴史は大変なことになりますよ。

三好三人衆はガチ魔王として畿内に君臨することになり。

織田信長さん@岐阜は面目丸つぶれで勢力後退してしまって。

足利義栄さんや義昭さんの遺子は幼くて権威として未成熟だしい。

いったい誰がこの混乱を収束させてくれるんだ状態になりますよね。

 

余命を振り絞って三好政権を復活させた大魔王NAGAYASUというのも魅力的ではあるんですが、往年を知る松永久秀さんやあの世の長慶さんたちからは「ええ……」とドン引きされてしまいそうなのがどこまでいっても長逸さんの報われなさで悲しいです。

 

 

 

 

いろいろ書きましたが、かように畿内戦国史の研究が進んで、よく知られた織田信長さん界隈の歴史に繋がってきているのは誠に喜ばしいことだと思います。

新年に向けてよい希望を抱けました。

 

引続き研究が進展して、足利将軍や三好三人衆の魅力が掘り下げられていきますように。

大河ドラマでもいい感じに畿内史関係者が扱われますように。

 

 

皆様、本年もありがとうございました。

良いお年をお迎えくださいませ。