肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「マルチバース宇宙論入門 私たちはなぜ<この宇宙>にいるのか」野村泰紀さん(星海新書)

 

マルチバース宇宙論について勉強してみようと思って当著を読んでみたら想像以上に壮大で面白くてかんたんしました。

 

www.seikaisha.co.jp

 

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ざっくり紹介しますと

 

「なるほど、分からん」

「でも、好き!」

 

 

という本です。

 

 

 

マルチバース

我々が全宇宙だと思っていたものは無数にある「宇宙たち」のひとつにすぎない……

という理論のことです。

 

宇宙はいっぱいあって、他の宇宙にはひょっとしたら他の私や他のあなたが住んでいるかもね、的なロマン。

 

 

ウルトラマンシリーズでは以前から採用されている理論で、光の国(ウルトラ兄弟たち)がある宇宙、ティガさんたちがいる宇宙、オーブさんたちがいる宇宙……などと色んな宇宙があるよね、ウルトラマンゼロはウルティメイトゼロになったら他の宇宙を自由に行き来できて便利な人だよね、的な設定になっております。

 

近頃は科学誌などでもマルチバース理論が紹介されていましたし、そうやって色んな場で目に触れるようになってくるとやっぱり本の一冊でも読んでみようかなという気になっちゃいますね。

 

 

 

当著の構成は次のとおり。

 

 第1章 「宇宙」って何?

 第2章 よくできすぎた宇宙

 第3章 「マルチバース」 ――無数の異なる宇宙たち

 第4章 これは科学? ――観測との関係

 第5章 さらなる発展 ――時空の概念を超えて

 

ざっくり言うと、前半で従来宇宙論の概要と課題を解説いただき、後半でマルチバース論について詳しく説明いただける構成になっております。

いきなりマルチバースの話に行かず、アインシュタインさん的な宇宙の膨張やビッグ・バンについても説明いただけますので親切ですよ。

(ビッグ・バン宇宙論について触れておかないと、なぜマルチバース宇宙論が登場したのかが理解できないためです)

 

 

詳しい話は本を読むなり別途調べていただくなりして、前半の従来宇宙論における本著の美しい表現をひとつ紹介します。

 

ちなみに、我々自身を構成する炭素、窒素、酸素、及び金属等を含むより重い元素は、ビッグ・バン原子核構成ではほとんど作られない。これらは、より後の時代に恒星が誕生した後、その内部の核反応により作られたものである。その証拠に、初期の第一世代と呼ばれる恒星にはこれらの元素はほとんど含まれていない。我々の太陽は、これら第一世代の恒星がその寿命を爆発により終えた後、吹き飛んだガスを元に今から50億年程前に誕生した第二世代、もしくは第三世代の星である。これが地球を含む太陽系の惑星にこれらの重い元素が含まれる理由である。つまり、我々の体は大昔の星の残骸でできているのである!

 

 

理論や数式の美しさにも心惹かれますが、こうした科学的事実をもとにした美しい解説文言にも私はときめいてしまいます。

著者である野村泰紀さんの文章は非常に聡明で、当然に科学的で、それ以上に情熱が伝わってくるのが素晴らしいと思います。

 

 

 

 

さて、マルチバースですが。

 

従来のビッグ・バン理論の何が問題だったかといいますと。

我々の宇宙のエネルギーの内訳は星と銀河が~0.4%、ニュートリノが~0.1-1.6%、普通の物質(ガス)が4.4%、ダークマターが26%、ダークエネルギーが69%となっているそうなんですが。

ダークマターとかダークエネルギーという言葉を聞いたことある人は一定数いるかもしれません。FF5ダークマターダークマターをちょうごうするとシャドーフレアですとか(笑))

 

このうち、ダークエネルギー(あるいは真空のエネルギー)は物理学の理論値からすると120桁も小さい値となっており、しかも結果としてこの物質とダークエネルギーの量の比は「我々人間が生まれて宇宙を観測するのにちょうどいい」塩梅になっているという。

 

人類にとって都合の良すぎる環境となっているこの宇宙。

神の御業でなければいったいどうしてこんなことになっているのだろうか……?

 

この謎を解き明かすのがマルチバース理論だったというのがポイントです。

 

 

 

マルチバース理論の形成には超弦理論超ひも理論)の寄与などが大きかったようですが、要は「宇宙の数が何通りも何通りもあるなら、その中にたまたま人間が生まれて宇宙を観測できるような環境の宇宙が生まれても論理的におかしくない」という理論が矛盾なく説明できるようになったという訳でありまして。

 

詳しい理論は私には説明できませんが、流れとしてはそういうことのようです。

 

時空では永久に加速膨張を続ける「背景」の中に無数の泡宇宙が生み出し続けられている。さらに超弦理論によれば、これらの泡宇宙は10^500かそれ以上もの種類を持っている。これらの異なる宇宙においては、素粒子の種類や性質から真空のエネルギーの値、空間の次元までもが異なっており、我々が住んでいる宇宙、すなわち第1章で見た宇宙はこの無数の泡宇宙の一つにすぎない。これこそまさに真空のエネルギー値の問題を解くのに必要とされていた状況である!

 

 

円周率の話を思い出しますね。

3.14……の先にはあらゆる数字の組み合わせが入っているから、理論上は世界のあらゆる情報と同じ値(私の誕生日や、ビッグマックのレシピや、シェイクスピアの物語などなんでも)がπの中にはあるんだ的な。

 

同じように、真空のエネルギーが120桁も理論値より小さかろうが、宇宙が無数にあるんだったらその中に一つや二つそんな都合の良い宇宙があっても問題ないだろうと。

 

マルチバースすげえ。

 

 

 

 

更に本の終盤では、マルチバース理論の最前線として「量子的マルチバース」というすげぇエキサイティングな議論まで紹介いただけます。

 

シュレディンガーの猫とか聞いたことあるかもしれませんが(ヘルシングとかで)、量子力学における「粒子と観測者は相互作用する」「観測者もシステムの一部である以上、波動関数の一部として扱わなければならない」マルチバース理論とが合流し、

 

異なる種類の泡宇宙が生まれる理由は、この過程が量子力学的な確率過程だからである。そしてエヴェレットによれば、これは宇宙全体(この場合マルチバース)の波動関数が、異なる泡宇宙が生じた状態の重ね合わせに時間発展していくことに他ならないのである。

これらの異なる世界(それは我々が基本的だと思った素粒子の質量や空間の次元等が異なる宇宙から、昨日行った実験の結果が僅かに異なるといった微妙に違うだけの世界まで全てを含む)は全て波動関数の中の重ね合わせとして「確率空間」に存在している。そして、それらはどれも同じように実在しているのである。この意味で「無限に続くマルチバース」と「量子力学的多世界(パラレルワールド)」は実は同じ現象――確率的重ね合わせ――なのである。ただ、我々に比べてはるかに大きいスケールで起こった時にマルチバースと呼び、小さいスケールで起こった時に量子力学的多世界と呼んでいたにすぎない。

 

という風に進展してきているのだとか。

 

なにこれ面白い。

めっちゃ壮大なマルチバースと、めっちゃ極小な量子力学が実は同じ現象の異なる側面だったんじゃねえかという高揚。

難解なパズルの答がピタッと嵌まったかのようなカタルシスがございます。

 

ウルトラマンゼロは次元の壁を超えて移動していたというより、重なり合ったマルチバースの確率を操作して他の宇宙に転移していたんだなあ。

すごいぞウルトラマンノア。

ていうか「もしもボックス」こそマルチバースの本質なんじゃねという気がしてきた。

 

 

 

 

もちろん、私は細かいことは分かっていません。

でも面白い。

下手なSF読むよりも面白い。

 

200ページほどの新書でこんなにどきどきわくわくできるんだから最高です。

こいつあおすすめですよ。

 

 

 

あえて引用しませんが最後のあとがきがまたいいんですよね……。

お人柄と科学者としての真摯が偲ばれる名文で。

 

あとがきを読めばぜったい筆者のことを好きになると思いますので、この本の場合はまずあとがきを読んでみてもいいと思います。ネタバレとかないですし。

 

 

 

とりあえずマルチバース理論を知っておけば精神衛生にいいと思います。

かなしいことや気に入らないことがあっでも「この宇宙ではこうだっただけなんだ」と思えるようになるのですから。

三好家が長生きする宇宙やWizardry8が絶版にならない宇宙や悪魔城ドラキュラが存命な宇宙やスカーフェイスさんがかませにならない宇宙なんかもあるはずなんだ。

 

 

 

これからも科学の基礎研究に熱意ある人材や資金が集まり続けますように。