肝胆ブログ

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「尼子残照 感想」藤岡大拙さん(山陰中央新報社)

隠岐の島に行ったときに島根県のお土産屋さんで買った尼子晴久小説「尼子残照」が、主人公なのに尼子晴久さんがまったくアゲられてなくてむしろサゲられまくっていて、逆に晴久さんへの強い同情心が湧かずにいられなくてかんたんしました。

 

furusato.kyodo.co.jp

 

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読者の心がおおいに波打つという点では優れた小説だと思います。

地域の英雄である尼子晴久さんをサゲてサゲてサゲまくる展開が怒涛。

にもかかわらず島根県の大手土産屋さんの書籍コーナーにバンと並ぶ。

出雲の人はドMなのか、それも七難八苦リスペクトなのかと驚かざるを得ません。

著者自身、あとがきで尼子晴久さんをアゲようと思って小説に挑戦してみたのだがどうしてこうなった……みたいなことを書いていて二度面白いという。

 

 

以下、ネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

 

尼子晴久さんの後半生を描く、ということで、尼子経久さんが元気だった時代や、一時は三木城まで迫った播磨遠征等はばっさりカットされ、第1章は「吉田郡山城の戦い」。

のっけから尼子晴久さんがよく知られている逸話通りに尼子久幸さんたちの忠告を無視して戦って大負けするところから始まります。

 

まあ失敗はどんな英傑にもあることですから、ここから晴久さんの格好いい描写が続くのかと思いきや……

 

 

なんか晴久さんのイケてる姿がぜんぜん登場してこないんですよ。

 

軍事も政略も基本的に周囲に「どうしたらよい?」と聞いてその通りにするスタンス。

戦になれば「行け、新宮党!」→「何負けてんねん、新宮党!」みたいに尼子国久さんに頼りきりつつ不満はブチブチ言うスタイル。

子育て方面では、息子の義久さんが幼いときは「賢くなれ、新宮党みたいになるな」とか言っておきながら、義久さんが大きくなると「武者らしい荒々しさがなくて頼りない」等と掌クルクルする始末。

終盤の石見銀山争奪戦では、本城常光さんたちときっちり毛利家を撃破しているのに、そこはナレーションでサラッと流されて、小笠原長雄さんを上手く救援できなかったことの方を厚く追及されるというどこまでも晴久さんに手厳しい筆の冴えよう。

 

 

尼子晴久さんのアツい場面はないんですか? と聞かれれば。

愛人と夜の営みに励む(晴久さんは唇使いが得意という謎性癖を付与されています)シーンだけは非常に熱心に主体的に活躍されているという。

 

 

ちなみに、ライバルの毛利元就さんは強い! 深謀!! 素敵!!! な扱いです。

 

 

ここだけ見たら、尼子ファンが憤死するレベルですね。

 

 

 

そういう訳で、格好いい尼子晴久さんを期待して買ったので、その点では驚くほどお門違いの結果に終わってしまったのですが……

 

 

尼子晴久さん、武将・英雄としての尼子晴久さんでなく、シンパシーを抱ける等身大のひとつの男として、好感を抱ける内容になっていたりもするのです。

尼子小説、歴史小説としてではなく、ちょっと残念なところのある男の私小説風というか、タイトル通り残照系、落日系、斜陽系の文学として。

 

個人的によい文学味を感じるところが、

  • 先に挙げた、子育てで「なってほしい息子像」がクルクル変節するところ
  • 月山富田城遠征に失敗して撤退する大内義隆さん(貴人)を心配するところ
  • 新宮党を成敗してから新宮党を褒めてしまうところ
  • 厳島の戦いで「毛利元就負けて死なねーかな」と期待してしまうところ
  • 浮気した後で妻への愛情が増してしまうところ
  • 家臣から痛いところを突かれるたびにプンプン怒っちゃうところ

 

いずれも、戦国大名としては「オイオイ」感がございますけど、一人の人物としては共感できるというか、かわいいというか、あるあるというか、人間臭いというか、ため息まじりの好感度が湧いてしまうような絶妙なリアルさがあるんですよね。

 

実際の尼子晴久さんがこのような人物だったかどうかは置いておいて、小説としては「人間という生きものをよく描けている」と評されるタイプの文章力を感じたりもするのです。

 

 

 

……まあ、その文章力をなにも尼子晴久さんで発揮しなくてもいいじゃないかと言われればまったくその通りなんですが。 

 

 

 

ふだん、小説の残念なところを取り上げるような感想文は書かないようにしているのですけど、期待していた内容とのギャップ、想定していなかった面白さ、それぞれの振れ幅が大きかったのでありのままに感想を書かせていただきました。

 

この著者さんの地元ネタを散りばめたエッセイとかがあれば読んでみたいですね。

 

 

尼子氏も根強いファンが多いお家でございますし、彼らの魅力を掘り下げてくれるような作品がもっと増えていきますように。