肝胆ブログ

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「サカナとヤクザ 感想」鈴木智彦さん(小学館文庫)

 

密漁の実態にせまるルポルタージュ本として話題になっていた「サカナとヤクザ」を読んでみましたところ、幅広い視点や魚種で渾身の取材を続けられたことが伝わってくる文章で実に読みごたえがあり、かんたんいたしました。

 

www.shogakukan.co.jp

 

 

食べてるあなたも共犯者!決死の潜入ルポ
 アワビ、ウナギ、ウニ、サケ、ナマコ……・「高級魚(サカナ)を食べると暴力団(ヤクザ)が儲かる」という食品業界最大のタブーを暴く。
 築地市場から密漁団まで5年に及ぶ潜入ルポは刊行時、大きな反響を呼んだが、このたび文庫化にあたって「サカナとヤクザ」の歴史と現状を追加取材。新章「“魚河岸の守護神”佃政の数奇な人生」「密漁社会のマラドーナは生きていた」を書き下ろした。
 推薦文は『闇金ウシジマくん』『九条の大罪』の漫画家・真鍋昌平氏、文庫解説は『モテキ』『バクマン』の映画監督・大根仁氏。
 本作はノンフィクションのジャンルを超え、日本のエンタメ最前線を走る人たちから絶賛されている。

真鍋昌平(漫画家)
「人の欲望は止まらない。
ルールがあれば反則勝ちした
犯罪者がぼろ儲け。
知らないうちに自分自身が
密漁者の共犯者。
高級寿司の時価の舞台裏を
犯罪集団に
笑顔に拳は当たらない処世術で
5年間も潜入取材して
伝えてくれた勇気に泣けてくる」

〈 編集者からのおすすめ情報 〉
18年10月11日、豊洲市場の開場当日に刊行された本書をきっかけに、密漁は社会問題として認知されるようになりました。しかし、この本の真価はそこにはありません。事実に基づくという制約があるはずのノンフィクションが、これほどまでにワクワクした楽しい読み物になり得るという可能性を示したことこそ、文庫化まで10年に及ぶ長期取材によって著者が得た最大の成果です。

〈 目次をみる 〉
第一章 宮城・岩手 三陸アワビ密漁団VS海保の頂上作戦
第二章 東京 築地市場に潜入労働4ヶ月
第三章 北海道 “黒いダイヤ”ナマコ密漁バブル
第四章 千葉 暴力の港・銚子の支配者、高寅
第五章 再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史
第六章 九州・台湾・香港 追跡!ウナギ国際密輸シンジケート
新章一 再び東京 “魚河岸の守護神”佃政の数奇な人生
新章二 三たび北海道 密漁社会のマラドーナは生きていた

 

 

内容は上記引用の通りですので詳述はいたしません。

編集者さんのコメント通り「ノンフィクションのワクワク・楽しさ」という点が一番のポイントだと思いますし、そのワクワク・楽しさを生み出している著者個人の思いや信念が伝わってきます。

ノンフィクションって、誰が書いても同じ文章になるわけではなくて、著者さんが持っている正義感とか公正感とか同情・憐憫・怒りとかのフィルターを通った文章になるところがいいですよね。

 

こちら鈴木智彦さんの文章も、裏社会の人々を一方的に断罪するわけではなく、かといって応援しているわけでもなく、同情や軽蔑や呆れや苛立ち、裏社会の人々を生み出す社会や政治の矛盾を見出す視線、等々が絶妙にブレンドされていて好き。

長期の取材成果をまとめた書籍のようですので、章ごとに文章のノリがけっこう違っていたりするのも味があって楽しいものです。

 

 

個人的には、第四章の銚子編がいかにもな往年のヤクザドラマ感があってお気に入り。
(密漁というよりは漁港を舞台にしたヤクザ物語の章になっているので、この本の本筋からは外れているのですけど)

銚子には行ったことありませんが、三好長慶さんのお墓(?)があるという飯沼観音を舞台にしたお話だけに、いっそう行ってみたくなりました。

 

第六章のウナギ編も、ウナギ好きなだけに重く受け止めざるを得ないっす……。

 

 

以下、印象に残ったパワーワード集メモです。

 

買う側は密漁品だと買い叩けるんです。1万円のアワビが5000円で買える。買っているのは普通の業者です。市場に卸せる人間です。

 

数ヶ月後、この仲卸を訪問すると、仲のよかった社員がオレオレ詐欺出し子で逮捕されていた。

豊洲に移転しても、こうしたおおらかさを失って欲しくない。

 

「あいつら2人、馬鹿なんだと思うわ。欲しいものがあれば後先考えず月賦で買って、ヒマがあれば一緒にパチンコ行って、金に詰まれば男は密漁、女は売春だもんな」

組長が高級車を買えるのはその馬鹿のおかげだが、罪悪感はないらしい。というより、助けてやっているという感覚に近い。

 

密漁団は夜中、電気を点けずに作業し、少人数でゴムボートという貧弱な装備でこの危険な仕事に挑む。そのため死亡事故が頻発している。北海道では平成30年4月7日未明、稚内でダイビングをしていた30代の男性が行方不明となり、海上保安庁に通報が入った。7月7日にもオホーツク沿岸に位置する雄武町の漁港でダイビングをしていた40代の男性の姿が見つからず、同じく海保に通報された。どちらの事故も連絡が入ったのは午前2時過ぎである。そんな時間、北海道の海でダイビングをしているのは密漁団に決まっている。

 

そのからくりは単純だった。ソ連が秘密裏に許可したのだ。こうした漁船をレポ船、またの名を“赤い御朱印船”と呼ぶ。

(中略)

有り体に言えばソ連のスパイを引き受け、報酬として北方領土海域での安全操業を手にしたのだ。

 

暴力団たちは、これまでの和船に200馬力の船外機を2機装着することを思いついた。のち3機掛け、4機掛けのモンスターマシンも登場した。

(中略)

「だましだまし走っていたというのが実情。安全性をいうなら皆無です。たとえ壊れないよう補強してあっても危険なのは変わらない。子供用の三輪車に大型バイクのエンジンを載せるようなもの。それを蛮勇で走らせていた」(海上保安部職員)

 

根室から密漁が消え、カニの輸入がはじまった。だが、結局ロシアから入って来るカニは、ロシアの漁師が密漁してきたカニだった。

 

どうして養鰻業者に元マル暴が必要なのか。考えてみれば奇妙な話である。

 

平成26年の輸入量を検索すると、韓国、中国、フィリピン、インドネシアなどの出荷国が示される。その中でも突出しているのが、約5トンを輸出する香港だ。香港は土地が狭く、シラスが遡上するような大きな河川もない。シラス漁師もいない。ではなぜ香港からシラスが入ってくるのか。実を言えば、ウナギ業界最大の不正はここにある。

(中略)

つまり香港産のシラスは、台湾から金門島を経由するなどして中国に密輸され、香港に運ばれたものということになる。

密輸の黒幕は日本のシラス問屋、シラス問屋にオーダーを出しているのは養鰻業者だ。

 

地元で安くて評判の寿司屋に行って、どこから商品を集めてるのか訊けば『市場で買ったらこの値段で出せるわけない。うちはスペシャルなルートを持っているからよかったね』と言われ、ラッキーだと笑い合う

 

犯罪者は一般人と発想が逆だ。

罪を贖うために刑に服しているとは考えず、刑期を対価と考える。どれだけの重罪でもその発想は変わらない。極端な話、2人殺して死刑になるとすれば発想を逆転し、死刑になってもいいなら2人殺してもかまわない、と思考が進む。

 

 

日本の水産業サステイナブルなものとなりつつ、正々堂々の世界では生きにくい人たちもなんらかサステイナブルに生きていける世の中でありますように。