肝胆ブログ

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「シュリーマン旅行記 清国・日本 感想 清国末期の描写が胸を打つ」ハインリッヒ・シュリーマンさん / 訳:石井和子さん(講談社学術文庫)

 

トロイア遺跡発掘で名高いシュリーマンさんが清国・日本(幕末)を訪れた旅行記を文庫で気安く読むことができてかんたんしました。

本の存在は聞いたことがあったのですけどまさか文庫で普通に読めるとは思っていなかったのでありがたいですね。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

 

トロイア遺跡の発掘で知られるハインリッヒ・シュリーマン。彼はその発掘に先立つ6年前、世界旅行の途中、中国につづいて幕末の日本を訪れている。3ヵ月という短期間の滞在にもかかわらず、江戸を中心とした当時の日本の様子を、なんの偏見にも捉われず、清新かつ客観的に観察した。執拗なまでの探究心と旺盛な情熱で、転換期日本の実像を生き生きと活写したシュリーマンの興味つきない見聞記。

これまで方々の国でいろいろな旅行者にであったが、彼らはみな感激した面持ちで日本について語ってくれた。私はかねてから、この国を訪れたいという思いに身を焦がしていたのである。──(第4章 江戸上陸より)

 

 

「日本人が世界でいちばん清潔な国民であることは異論の余地がない」というフレーズとともに、シュリーマンさんが日本人の清潔文化を褒めてくれていたことがコロナ禍真っ盛りの頃のニュースやコラムでときどき紹介されていた気がします。

そのネタ元がこの本やったんですね。

 

旅行記は清国・日本を巡った旅の模様が率直に記されており、素直に言えば清ではかつての栄華がこれほど朽ちて・腐敗しているさまに失望を、日本では国民の清潔さや謹厳ぶりに讃嘆を、という描写が多くなっています。

 

よって、読者的にも「日本人のことをとっても褒めてくれていて気持ちいぃ~(ビクンビクン」となれるのですが、褒めてくれているのはあくまで幕末の日本ですので、個人的には万里の長城や北京という巨大インフラのメンテナンスすらできなくなって阿片や不正等の堕落カルチャーが蔓延して海外の旅人にすら過ぎ去りし栄光の面影を寂しく思われている清国の方にシンパシーを感じなくもありません。

150年たった現在、北京は(政治的にはいろいろ言われつつ)再び繁栄していますので、現代日本もこれから再び繫栄していけるようがんばりたいところです。

 

 

以下、各章で特に印象に残った箇所を。

 

 

 

第一章 万里の長城

長城は数世紀来、軽んじられ、打ち捨てられてきた。いまや望楼には守備隊の代わりにおとなしい鳩が巣を作っているし、壁には、無害なとかげが這い、春の到来を告げる黄色や紫の花で埋まっている。長城がかつて人間の手が築きあげたもっとも偉大な創造物だということは異論の余地がない。が、いまやこの大建築物は、過去の栄華の墓石といったほうがいいかもしれない。長城は、それが駆け抜けていく深い谷の底から、また、それが横切っていく雲の只中から、シナ帝国を現在の堕落と衰微にまで貶めた政治腐敗と士気喪失に対して、沈黙のうちに抗議をしているのだ。

私は、できれば日暮れまで塔に残っていたかった。この素晴らしい光景はいくら見ても見飽きることがなかった。しかし灼熱の太陽に、喉の渇きがいかんともしがたく、ついに、この人を寄せつけない地を後にした。

 

シュリーマンさんの感慨が伝わってくるような名文だと思います。

ヨーロッパの知識人による描写なのに漢詩っぽい風情を帯びているのがまたいいんですよね。

 

 

 

第二章 北京から上海へ

シナにおける頽廃と衰微がいかなるものであろうとも、先祖の墓にまつわる風習の遵守はけっしておろそかにされない。つまり年二回、四月と十月の死者の祭りには、墓を丁寧に修繕し清め、さまざまな供え物をする。そのさい、俗信によれば、故人があの世で使うようにと、お金や衣類を焚くのだが、これらは賢明にもみな白い紙で代用される。

 

清国庶民の孝養心に対する描写。こうした風習が産業革命を遅らせている事実を指摘しつつ、シュリーマンさんの送る視線はあたたかいものがある気がします。

 

 

 

第三章 上海

香港の港を発って、途中で行方知れずになる商船の九割までが、海賊に身ぐるみはがれたり、船に穴をあけられたりしたものと思ってまず間違いない。

 

当時の上海近海で横行していた海賊行為について。

海賊のジャンク船はスタンポという悪臭弾を投げ込んできて、船員たちを窒息させてしまうのだとか。こええよ。

 

 

 

第四章 江戸上陸

将軍家茂上洛の大行列を見物して。

翌朝、東海道(大街道)を散歩した私は、われわれが行列を見たあたりの道の真ん中に三つの死体を見つけた。死体はひどく切り刻まれていて、着ている物を見ても、どの階級の人間かわからないほどだった。横浜で聞いたところによると、百姓が一人、おそらく大君のお通りを知らなかったらしく、行列の先頭のほんの数歩手前で道を横断しようとしたそうである。怒った下士官が、彼を斬り捨てるよう、部下の一人に命じた。ところが、部下は命令に従うのをためらい、激怒した下士官は部下の脳天を割り、次に百姓を殺した。まさにそのとき、さらに高位の上級士官が現れたが、彼は事の次第を確かめるや、先の下士官を気が狂っているときめつけ、銃剣で一突きするよう命じた。この命令はすぐさま実行に移された。三つの死体は街道に打ち捨てられ、千七百人ほどの行列は気にもとめず、その上を通過していったのである。

 

下士官と上級士官とで判断ポイントが違い過ぎるのが日本組織あるあるかもしれません。まあ海外の組織でもありそうな話ではありますけど。

 

 

 

第五章 八王子

日本の寺々は、鄙びたといってもいいほど簡素な風情ではあるが、秩序が息づき、ねんごろな手入れの跡も窺われ、聖域を訪れるたびに私は大きな歓びをおぼえた。

 

こうした丁寧なメンテナンスをシュリーマンさんが絶賛してくれているだけに、現代日本で次々と寺社やインフラが朽ちていっているさまを思い浮かべるとつらいなあ。

 

 

 

第六章 江戸

世界の他の地域と好対照をなしていることは何一つ書きもらすまいと思っている私としては、次のことは言わなくてはなるまい。すなわち日本の猫の尻尾は一インチあるかないかなのである。また犬は、ペテルスブルクやコンスタンティノープル、カイロ、カルカッタ、デリー、北京ではたいてい粗暴で、われわれの乗っている馬やラクダに吠えたて、追いかけ廻してきたものだが、日本の犬はとてもおとなしくて、吠えもせず道の真ん中に寝そべっている。われわれが近づいても、相変わらずそのままでいるので、犬を踏み殺さないよういつもよけて通らなければならない。

 

なかなか面白い指摘です。生類憐みの令が効いたのかもともとそうだったのか。

というかこの時代から犬と猫はセットで扱われるものだったんですね。

 

 

 

第七章 日本文明論

列強と交わした条約の手前、すべての外国の金貨・銀貨が日本で通用しなければならず、また日本の貨幣とは、目方対目方、金属の純度の違う場合にはそれ自体の価値によって、自由に兌換できるはずである。

ところが、この賢明かつ正当な約款を遵守するどころか、幕府はメキシコ・ピアストル以外の外国貨幣を認めない。しかもこの貨幣すら一ピアストルが二分二天保から二分五天保という法外な兌換率で、しかも横浜、長崎、函館でしか兌換できない。しかも実際には一ピアストルは三分一・七六天保であるにもかかわらずである。

 

興味深い指摘です。ヨーロッパ勢にはこのように映っていたんですね。

日本国内では不平等条約の一言で捉えられていますが、実際の兌換レートの研究とかあるなら読んでみたくなりますわ。

 

 

 

第八章 太平洋

無数のフルマカモメ〔アホウドリの一種〕がいつも船についてきた。ちょうどアヒルくらいの大きさで、船の仲間はよく豚の脂身の切れ端をつけた釣り針で釣り上げては食卓に供したものだ。しかし猛禽なので肉はまずく、私はどうしても食べる気にはならなかった。

 

清国や日本で慣れぬ食事も食べていたシュリーマンさんですら、しかも海上の単調な食事のあいだですら食べる気がおきないフルマカモメさんの味。

豚の切れ端で鳥を釣れるというのもなかなか驚きです。

 

 

 

 

等々、いずれもシュリーマンさんはさすがのインテリっぷりで、優れた観察眼・考察を発揮してくれています。

800円でこういう希少本が読めるというのは誠にありがたいですね。講談社学術文庫さん大好きだわ。

 

 

今後ますます多くの外国人旅行者が現代日本について感想を書き残していくことかと思いますが、その内容が「日本がますます良くなっている」的なものでありますように。