元通産省事務次官の小長啓一さんへのインタビュー本が、昭和経済史の正の面の結晶みたいな感じでかんたんしました。
土地勘がない方には取っつきにくいかもしれませんが、官僚や商社等にかかわりのある方は読んだ方がいいし読むとモチベーションが上がると思いますよ。
小長啓一さんは1984年~1986年に通産省(いまの経産省)で事務次官を務め、その後はアラビア石油の社長等を歴任。
田中角栄首相の秘書官を務めたことでも高名な方ですね。
現在は官僚としての法案作成実務の経験を活かし、弁護士に転身されているそうです。
スゲェ。
この書籍は雑誌「財界」の村田社長による小長啓一さんへのインタビューをまとめたもので、目次は
となっております。
第一章は田中角栄さんのエピソードでして、「掴み」の役割を果たす章なのでしょう。
田中角栄さんは著名な人物で逸話や伝説もよく知られていますので詳述は省きますが、田中角栄さんが何よりも「葬式関係の気配り」を重視していたというお話は惹かれるものがあります。
現代は多死社会な一方で、密葬・家族葬が中心になっていますから、そうした中で今日的な気配りのあり方を、田中角栄さんならどういう風に考えただろうかとか気になってしまいますね。
第二章は小長啓一さんの通産省時代のお話です。
タイトルの『至誠天に通ず』は入省時の玉置敬三事務次官の訓示の一節なのだとか。
「至誠」は孟子さんの有名なお言葉な訳ですが、個人的には、現在も多くの官僚方がこういうスピリットを大事にしておられるような印象があります。
(こういう気持ちを持っていないと、待遇に劣る官僚にそもそもならないでしょうし)
二章で印象に残ったのが1960年代の「特振法(特定産業振興臨時措置法案)」プロジェクト。
フランス経済をモデルに官・民・金融の協調を図ろうとした法案で、ある意味では現代の中国モデルの先取りのような構想だったやつですが、「官僚統制強化への疑念」等を理由に廃案になってしまいます。
中国経済が膨張している現在にあって、こうした法案がかつてあったことを思い出すことは有意義だなと思いますし、失敗に終わった法案づくりが小長啓一さんのような方を多く育てた面もあったのだろうと感慨深いものがありますね。
第三章は引続き通産省時代のお話で、中東での石油資源確保や日米貿易摩擦等にかかわる奮闘、その中での政財界等の大物たちとの出会いが語られる章になります。
もろに昭和経済史のハイライト感がありますね。
この章でも、やはり失敗に終わった「イラン石油化学プロジェクト」のお話に惹かれました。
中東情勢の様々な経緯があっての失敗だった訳ですが、もしかしたら、現在も日本が比較的イランと良好な関係を保っているのは当時のこうした方々の努力がいまに繋がっているからなのかもしれませんね。
現在は世の中の注目を集めることが減ったかもしれませんが、日本社会において石油資源の確保はずっと国家的課題だった訳ですから、米国石油メジャーが支配する中でのこうした実務的取組みの数々を忘れずにいたいところです。
第四章は小長啓一さんの通産省事務次官時代のお話で、各界の技術革新を日本の産業政策の中心に置いたことや、複雑化・多極化する世界情勢の中で日本の役割のあり方について議論を重ねたことに加え、歴代事務次官方との対談要点が収められています。
詳細はお読みいただきたいのですが、おすすめは歴代通産省事務次官の事績特集でして、GHQ相手にメートル法を認めさせたとか工業用水は厚生省や建設省でなく通産省管轄にさせたとか興味深いエピソードが続くのですが、何より歴代事務次官から小長啓一さんへ至る通史感・一体感が通産省の底力的真価を感じさせてくださいます。
往年の通産省官僚が持っていた雰囲気を思い出すなあ。
もちろん現代の経産省官僚方にも期待していますよ。
最終章は小長啓一さんの現在に至るまで、アラビア石油時代の湾岸危機勃発や、その後の弁護士登録への道のり等が語られます。
あのアラビア石油! そして入社後すぐに起こったイラクのクウェート侵攻!
小長啓一さんがクウェート国境近くのサウジアラビアのカフジ鉱業所に激励へ赴き、現地政治家に社員の安全確保等を直談判する様には「ほあぁ……」とかんたんしてしまいます。
小長啓一さんが長年のキャリアの中で見出した「梅型人生論」も味わい深い。
百花に先んじて春を告げる先見性、
厳しい風雪に耐える辛抱、
剪定の後に立派な花が咲く。つまり切っても立ち上がるバイタリティ。
そして最後は梅干しとなって、世のため、人のためになる
これには吉川元春さんもにっこり。
我々もかくありたいものです。
以上、小長啓一さんの視点を通じて昭和経済史のまぶしい激動を切り抜いてくださっていますし、失敗事例も含めた様々な含蓄が収められておりますし、文章も端的でたいへん読みやすくなっておりますしなので、実務者から経営層まで広くお勧めしたい一冊ですね。
こうした先人の事績を糧としつつ、令和の経済史もまた楽しく魅力的なものになっていきますように。