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かんたんにかんたんします。

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 1/5 松山新介 屋根を往く」

 

※以下、自作の創作小説となりますのでご留意ください。

 

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 2/5 鯰江又一郎 馬上を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 3/5 松山新介 思い出を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 4/5 井の内の蛙 大海を往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 5/5 三好長逸 うたかたを往く」 - 肝胆ブログ

短編小説「松山新介重治 一万貫の夢 あとがき」 - 肝胆ブログ

 

 

※前作

短編小説「松山新介重治 1/5 松山新介の手妻」 - 肝胆ブログ

 

 

 

まるで堺に「十年前」が戻ってきたようだった。

あちらこちらにはためく三階菱の幟。あの頃の三好家が突如よみがえり、摂津や和泉、河内から足利義昭織田信長方の勢力を駆逐。畿内の過半はたちまち三好一党に制圧されたのだ。

堺はもともと三好家の庇護を受けて栄えてきた経緯がある。街の高揚はいやおうもなかった。

「長逸さんも久秀も元気だねぇ……」

蜂屋という馴染みの茶屋の二階、窓から射す陽ざしのなかでごろごろ寝返りながら松山新介重治が呟く。この男も十年前は三好家の遊撃部隊長として名を馳せていたのだが、今回の騒ぎにはほぼ無縁である。痩身長躯の身体を猫のように伸ばしたり丸めたり。簡単に束ねたサラサラまっすぐな銀髪が尾っぽみたいに遊んでいる。呑気なものであった。世間がどうあれ新介は毎日毎日昼寝を楽しみ、蜂屋の女将お蜜に構ってもらったり、馴染みの商家の宴席で芸を披露したりして気ままに暮らしている。

 

「新ちゃん! 大変だ大変だ、いるんだろう!?」

そんな愛しい平穏は突如破られた。新介の部屋にワンワンわめきながら闖入してきたのは鯰江又一郎。織田家で一二を争う力士であるが、ひょんなことから新介と親しくなり、ときどき堺を訪れて遊んでもらっている。とはいえ織田家が大変なことになっている最近は顔を見せていなかったのだが……。

「よぉぉ鯰さん。元気にしてたかい」

上体を起こしながら新介がゆったり応える。老人と言っていい歳だが、よく寝た新介の肌はツヤツヤだった。

「落ち着いている場合じゃねえんだ。一万貫の話は聞いているんだろう!?」

「ああ、織田家が長逸さんに懸賞金をかけたってやつかい。“生死を問わず、三好長逸を捕えた者に褒美を取らす”。堺から巻き上げた銭を半分返してでも捕まえたいたあ、長逸さんもモッテモテだね」

三好一党の総帥は三好義継ということになっているが、三好宗家、阿波三好家、松永久秀畿内国人、石山本願寺等の一斉蜂起を仕掛けたのが三好長逸であることは誰もが知っている。長逸は亡き三好長慶の下で天下を差配していた筆頭重臣であり、長逸こそが多種多様な勢力を結合させ得る扇の要なのである。さればこそ、長逸を取り除けば三好一党を再びバラバラにできるだろう。長逸に狙いを絞った懸賞金というのも、織田家の目線で見ればなかなか気の利いた施策であった。

「どいつもこいつも必死で三好長逸を探しているだろう」

「ああ」

「手掛かりひとつ見つからねえだろう」

「だろうな」

「じゃあ、三好長逸の居所を知っていそうなやつってんで、新ちゃんの名が出てきてるらしいんだよ」

「らしいんだよってお前……それ、誰に聞いたんだい」

「誰って……木下様だけど」

「……お前なぁ」

鯰江の上司、正確には上司の上司の上司くらいの存在であるが、木下秀吉は織田家が誇る新進気鋭の実力者だ。おおかた、あえて新介の噂を流すことで新介自身を長逸探しに巻き込む腹であろう。

純粋に新介を心配してやってきた鯰江は、もちろんそんな秀吉の計算など知る由もない。

「で、実際どうなのさ。三好長逸の居場所、知っているんだったら教えろよ」

「せっかく年寄り連中が昔を懐かしんで遊んでるんだ、放っといてやりな――」

 

と、その時。

窓に吊るしている風鈴が“リーンリーンリーン、リンリンリン、リーンリーンリーン”と規則的な音を奏でた。この風鈴、細い糸を一階まで通してあり、階下のお蜜がこっそりと鳴らしてくれたものである。新介とお蜜だけが知る音の符丁、その意味するところは「来襲」。

鯰江に音を立てないよう合図して、そっと窓から往来を見下ろす。いかにも甘やかされて育ってそうな若侍五人の徒党が「松山新介を出せ」と因縁をつけている様子だった。たいした連中でもなさそうだが……。

「ここで暴れられたら蜂屋に迷惑だな。よし、鯰さん、窓から出よう」

「えっ」

散歩に出るような顔でひょいと隣家の屋根まで跳躍する新介。

その後を鯰江がこわごわ続く。巨体。ミシリ、ズシリ、屋根が悲鳴を上げる。

「し、新ちゃん、オレ高いところが苦手で……」

膝が震え、腰は今にも砕けんばかり。下手に動けば屋根が破れてしまいそうである。

「もう一軒隣の裏庭に桶が積んであるからそこから降りるといい」

這うようにして鯰江が移動していく。いつもは血気盛んなくせに顔面が青白くなっているのが愉快である。

 

しばしして。

お蜜の静止を振り切った若侍たちが蜂屋の二階に上がってきた。

「おおい、こっちだよう――」

窓の外から新介の声。すわ取り逃がしたかと若侍たちが窓辺に集まる。

「ご老人! 我らはさる大儀のもとに集いし同志である。ご助力、ご同行願おう!」

「なーにがさる大儀だい。どうせ家が傾いて贅沢できなくなったんで困ってるって程度の大儀だろ? 言うこと聞かせたいならこっち来て捕まえてみなよ」

ニヤニヤと挑発する新介。

図星が頭に来たか、若者たちは次から次へと窓から新介のいる屋根の上に飛び移ってくる。三人、四人、五人。全員揃ったところで、新介は後ろ手に隠し持っていた縄を引いた。

刹那、死角に這わせてあった長縄に若侍全員が足を絡めとられ、数珠つなぎになってひっくり返った。縄を使った手妻の応用である。足を封じられ繋げられ、五人ともが屋根から落ちないよう必死でもがく。

そんな彼らの悲鳴を置いて、新介は隣家からまた隣家へと屋根の上を軽やかに移っていく。

「こんな連中にまで追いかけられているんじゃあな……長逸さんにも“慰問”が要る頃かね」

ようやく、新介も三好長逸に会いたくなってきたらしい。

 

 

続く