ちくま文庫から復刊された「カレーライスの唄」という阿川弘之さんの小説が、まことに穏やかで調和した娯楽小説でかんたんしました。
これぞ昭和期の連続ドラマ的展開。
あらすじ(オフィシャルHPより)
会社倒産で職を失った六助と千鶴子。他人に使われるのはもう懲り懲り。そこで思いついたのが、美味しいカレーライスの店。若い二人は、開業の夢を実現できるのやら?そして恋の行方は?邪魔する奴もいれば、助けてくれる人もいる。夢と希望のスパイスがたっぷり詰まった、極上エンタメ小説!食通で知られた、文豪・阿川弘之が腕を振るった傑作!
昭和36~37年の作品ですから、いまから50年以上前の青春小説になります。
時代は違えども、どこか現代と相通じる手触り感があって楽しいですよ。
以下、軽いネタバレを含みます。
ネタバレどうこうよりも若い二人のライブ感ある紆余曲折を楽しむ小説ですけどね。
カレーを前面に出したタイトル。
黄色調の朴訥としたカレーデザイン表紙。
美味しいカレーライス屋さんを開こうというあらすじ。
こういうインプットから、本の大半はカレーの話なのかなと思っていましたが。
前半~中盤はひたすらに
失業の話
株の話
サラッとした色恋の話
が延々と続き、「カレーどこいった」という印象を強く抱きます。
私のようにグルメエッセイやグルメ漫画が好きな人が、そういうのを求めて読んでいると肩透かしにあうことでありましょう。
とは言え、冒頭で少し述べた通り、その失業や株や恋の話が昭和期の青春ドラマや小説の黄金比に沿ったクオリティの高い展開でございますから、小説としては素直にスイスイと楽しんで読み進めていける訳ですね。
展開のポイントとなってくる
「ブラック経営者の憎たらしさ」
「失業の苦しみ@出版業界」
「金持ちの子どもという分かりやすい憎たらしさ」
「株で人生一発逆転」
といった要素なんて、これだけ抽出したら現代の娯楽作品と何ら変わりないですし。
こういった前中盤の人生ドラマを経て、主人公六助さんとヒロイン千鶴子さんはカレーライス屋の開業を目指すことになっていくのですが。
開業資金を「インサイダー情報で得た株取引」で確保するところは昭和のユルさを端的に示していて、現代人がこの作品を読む上でしみじみと当時はよかったと思える味わい深いエモーションスポットになっていて好きです。
後半のカレーライス屋開業パートも、料理の工夫あり、客呼びの苦労あり、若い二人のドラマありと、なかなか見どころ多く開放感多く、いい娯楽になっています。
個人的には東京商工会議所の無料相談を活用する場面が好きですね。
ちょっとしたことかもしれませんが、アントレプレナーマインドがある人の背中を押すシーンってイイと思うんです。
肝心のカレーも、おいしいだけじゃダメで「極端な辛さ」等なんらかのヒキが要るんじゃないかとか議論している料理ドラマらしい努力パートが楽しい。
起業系ドラマは試行錯誤シーンと、それが報われる開放感あってのものですよね。
若い二人のスピード感のない恋愛もほのぼの快く。
経緯や目的語は伏せますが、ラストの千鶴子さんのセリフ
「上げるわ、上げるわ」
は名場面だと思いましたね。
550ページに及ぶ二人の気持ちがやっと顕在したかという満足度。
失業とか色々ありつつも、絶望感のない、明るさや希望に富んだ、よい昭和ドラマ。
ちょっとページ数は多いですけどユルユルヒョイヒョイと読める作品です。
肩こらないし読んでて楽しかったし、ちゃんと最後はカレーを食べたくなる。
大盛りカレーをもりもり食べる喜び、いいですよね。
私の胃腸も大盛りカレーをいつまでもバッチコイできる健康を保てますように。