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短編小説「松山新介重治 2/5 織田信長の依頼」

 

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織田信長の宿所は法華宗妙國寺だった。

信長は法華宗の寺院を宿所にすることが多いが、妙國寺を選んだ理由は境内に根付く蘇鉄に執心だからという話である。この蘇鉄の木は、かつて堺を支配した三好四兄弟の一人、三好実休が目利きしたものだった。堺や和泉、河内では、亡き三好実休を慕う者が今も多い。信長が蘇鉄を所望しているという噂自体が、織田家による三好家残党への挑発行為だと受け止める者もいる。

「楽にさせてもらうぜ」

「それでよい」

現実の信長は、新介に対して鷹揚であった。

武士として見た場合、松山新介は隠居した一老人に過ぎない。全盛期の三好家で軍団長として勇名をはせた過去があるとはいえ、信長と相対で会話することなど本来許されるものではなかった。

しかし、堺人として見た場合は話が違う。新介は三好家に仕える前、いや、仕えてからも、堺の宴座敷で知らぬ者なき遊興者であった。堺にまつわる古記録には『堺では、三好家の侍も他家の侍も新介を呼び出し、酒を飲んで浮世を忘れた。互いに戦場へ赴く身、限りある命の世に何を期すことがあろうか。ただただ今日のこの時を求め、遊び戯れようではないか……新介のそうした振る舞いに、侍たちはおおいに慰められた――』とあるが、こうした互いの立場を離れて一期一会の真心を通わせる新介の姿勢に、同時代に発展した茶の湯と類似する精神を見出すことも可能である。

そして、堺の名物狩りを巡る以前の因縁を経て、信長も新介の人物に理解を示しているのだった。

「頼みがある」

「ほう」

松永久秀殿に会ってもらいたい」

「自分で会えばいい」

「私もそう思うが、家臣がやめろと言う」

「それで、松山新介を使いっ走りにしたらいいと家臣が進言したのかい」

「そうだ。松永殿とは気が合う。私の意向を懇ろに伝えてもらいたい」

「気が合う、ねぇ」

松永久秀は大和を支配する大名であり、織田信長と同じく足利義昭を支える一派であり、元三好家臣、すなわち新介の元戦友でもあった。確かに、信長にも久秀にも顔の効く新介は使者にうってつけである。

「松永殿を巡る雑説」

「あれだろ、三好長逸殿との和平を取り持ってもらったら、そのまま長逸殿に取り込まれそうだっていう」

「耳に入っているか」

「よくある話だ」

この時代、各地に割拠する群雄には離反を促す話が常時舞い込んでくる。かつて三好家の内乱で争った間柄とはいえ、三好三人衆が久秀を口説くのは当然だった。

久秀に調略の手が及んでいることは信長も承知している。大事なのは、久秀の胸の内を知ることなのだ。

「頼んだ」

「頼まれよう。面白そうだし」

「恩に着る」

「すぐに返してもらうさ」

信長は誠実な男である。天下の安寧を本気で願ってもいる。ただ、畿内慣れしていない面は否めないし、細かな目配りが苦手でもあった。そういう点が、天邪鬼な堺人からかえって好まれていたりもするのだが。

「それと、鯰江又一郎が世話になったそうだな」

「フッフフ。ちゃんと耳に届いたかい」

「気の利く家臣が知らせてくれた。礼を言おう、いまは堺も三好も刺激したくない」

「大将が”いまは”って思っていようが、先に口実こしらえてくるのが良い現場よ。かわいい若い衆じゃねえか」

「私はできることなら三好と争いたくないのだがな」

「仕方ねえさ。三好を追い払わねえと現場は腹が膨らまねぇだろうからな」

「……」

濃尾から上洛し天下の権を事実上握っているとはいえ、現段階では織田家の所領や利権が広がったとは言えない。信長の配下が不満を持つのも、境目地域で火種をつくろうとするのも当たり前だった。新介自身、かつては似たようなことをして成り上がったことがあるだけに尚更よく分かる。

「”人生はもと是れ一の傀儡なり、ただ根蒂の手にあるを要す“」

「意味は」

「賢い家臣に踊らされるなよ、てぇことさ」

「誰の言葉か」

「明人から聞いた。アンタの期待した男からじゃあない」

「では問いを変えよう。三好長慶殿はその方たちに踊らされていたか」

「躍らせてみたかったな。多分、久秀もそう思っている」

信長がニヤリ! と笑みを浮かべた。

「私の家臣も、私に対してそう思っているであろう」

「ああ。アンタが死んだら、アンタの家臣も右往左往してバラバラになるだろうよ」

「クク。ハハハ、アハハハハ!」

日頃は冷たい表情をしているくせに、信長の笑顔は人を虜にするような可愛らしさに溢れていた。案外、信長子飼いの将たちはこの笑顔を見たいがために懸命に戦っているのかもしれない。

 

ねぐらの蜂屋に戻った新介は、すぐに久秀へ文を送った。

 

久秀からもすぐに快諾の返信が届いた――。

 

 

続く