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短編小説「松山新介重治 3/5 松永久秀の迷い」

 

 

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山新介と松永久秀は、河内の真観寺(大阪府八尾市)で顔を合わせることになった。

真観寺は彼らがかつて仕えた三好長慶墓所のひとつである。長慶は主家の細川京兆家を下克上し、足利義輝を戴いて天下の権を握り、更には河内や大和へ侵攻して畿内全域に覇を振るった男として知られている。新介と久秀はそれぞれ長慶に才を見出され、侍として取り立てられ、やがて三好家を代表する将として育て上げられた間柄だった。

長慶と、長慶の兄弟、長慶の息子らが若くして次々と世を去った後、残された三好一党は方針を見失い、内乱で勢力を落とした。その間隙を縫って台頭してきたのが足利義昭を戴く織田信長である。三好家残党のうち、久秀は義昭方につき、三好長逸を筆頭とする三好三人衆は義昭方に敵対している。

そして今、久秀の三好三人衆方への寝返りが噂されているのであった。

 

濡らした布で長慶の墓を磨く久秀の姿を見つけ、新介は気安く声をかけた。

「殿に会えたってのに、顔色が冴えないな」

「やかましいわ、殿にお目見えして物思いにふけるわいの繊細な心が分からんのか」

「何を殿に相談しても“思うようにやれ”としか言われねえだろ」

「そんなことないわい、今も“久秀はよくやっている”て褒めてくれてたとこじゃ」

「フッフフ、薄い強がりはみっともないぜ」

からかいながら、新介は墓前にくるみ餅を供えた。長慶が生前愛好していた堺銘菓である。

二人揃って、手を合わせた。

 

今日は天気がいい。

二人は堂内に入らず、鐘楼の端に腰かけて柔らかい風を楽しんだ。

「よぉ織田殿の使いなんか引き受けたな」

「”松永殿とは気が合う”だってよ」

「ハッ。まあ、合わんとは言わん」

「若くて才能ある男に気を使われたら、嬉しいだろう」

「そら悪い気はせんわ。せやけど、それだけやな。胸がカァーッて熱うはならん」

「うわ、年寄りが気持ち悪いこと言いやがる」

「お前も似たような歳やんけ!」

「いまだに根に持ってるのかよ」

「かぁ、うっといやっちゃ」

新介と久秀は同世代、既に六十歳を過ぎている。信長と比べれば二回りも上の世代に当たる。

だが、新介は昔から若やいで見られる男で、二人が並んで歩いた場合は新介の方がモテた。久秀は久秀で目鼻立ちがよく、洒落者で、実力も教養もある男である。久秀も日頃はおおいにモテた。だからこそ、新介と一緒にいると日頃ほどモテなくなることが我慢ならなかったのだ。

「胸を燃やしたい、ねぇ」

「……お前のとこにも誘い来たやろ、長逸はんから」

「本人から直接口説かれたよ」

「断ったんか」

「当たり前だろ。家のことは倅どもに任せてある。本願寺を巻き込んだのも好かん」

「そか。まあ、お前はそう言うわな」

長逸はかつて長慶を支えた重臣の筆頭であり、今も畿内に隠然たる影響力を有している。彼の狙いは大三好家の復活であり、宗家を継いだ三好義継、阿波三好家、畿内国人衆、そして大和の久秀等を連合し、一挙に義昭一派を打倒しようという腹だった。

「”形“だけ三好家を復活させてもよ」

「”形”でもな、ほんまに目の前にあの頃の三好家が戻ってきたらな」

「皆の気持ちが熱くなって……”形”だけじゃなくなるのかもしれんが」

“形”には不思議な力がある。新介とてそれはよく理解している。

「せや……って、口で言うたらなんや軽うなるもんやな。……そら言う通り、皆でもっかいやり直しても”形”は所詮”形”や。殿も若殿もおらん。殿のご兄弟も長頼もおらん。そんなこと分かってるんや。多分、長逸はんかてよお分かってる。分かってても、それしかないんや」

「好きにしたらいいさ。ジッとしててもつまらんのだろう?」

「おう、つまらん。筒井なんぞに二股かけよった尻軽公方に仕えてても腹立つだけや」

「だったら理屈つけずに”ムカつくから寝返ったるわボケェ”って、松永久秀らしく言えばいいじゃねえか」

「……ほんまやな。わい、理屈が走ってたか」

「やだねえ、お爺ちゃんは話が長くて難しくて」

「じゃかましわ! だいたいなんやねん、お前織田殿から引き止め頼まれたんちゃうんか、完全にわいのこと煽っとるやないか」

「……あっ」

「かあぁーーっ! お前はほんっま変わらんのう! 殿に播磨の調略頼まれた時も使命忘れて現地のヤカラしばいて手下にして好き放題やってわいに後始末させたやろ、あん時もな、わいと正虎がどんなけ……せやのにお前ばっか殿にかわいがられて……だいたいお前の手下は品のないヤツが多過ぎなんじゃ……」

久秀の長話が始まった。新介が調子よく相槌を打ち、身振り手振りで昔の真似事をやってみせ、朗らかに笑う。いつしか、久秀の表情も晴れ晴れしたものになっている。

「やっぱり久秀と話すと楽しいな」

新介が微笑む。なんの思惑も計算もない、ただ今日この時を慈しむだけの無垢な表情。

「はん。……またな、新ちゃん」

「負けて追いかけ回されたら堺でかくまってやるよ。前みたいに」

 

新介と久秀は、気持ちよく別れた。

同時に、新介は信長への言い訳を考え始めていた。が、途中で面倒になって、日暮れの色を楽しんだ。

 

 

続く