肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

山梨県甲府市の「武田神社(躑躅ヶ崎館跡)」

 

山梨県武田神社に行ってみたところ、ご当地での武田一族の愛されっぷりにかんたんしました。

 

甲斐 武田神社

 

 

シャインマスカットとワイン目当てで山梨県を訪れたのですが、少し前に上杉神社に行ったことを思い出して武田神社にも行ってみようと思い立った次第です。

山形県米沢市「上杉神社」と「国宝 上杉本 洛中洛外図屏風」 - 肝胆ブログ

 

 

武田神社甲府駅からバスで10分程度。

思い立ったタイミングでアクセス可能な近さがありがたいですね。

 

 

外観。

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入り口には風林火山の旗がひらめいております。

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付き合ってくれた友人はずっとテニミュの「風林火山」を歌っていました。

お前は~林!!

 

立派な石垣がありますが、武田氏時代のものなのかはよく分からなかったです。

形状的には武田氏滅亡後のものに見えるけどどうなんだろう。

創作作品等では「人は石垣だし、どのみち躑躅ヶ崎館まで敵が攻め寄せてきたらどうしようもないから、この地に特別な防備など要らぬ」みたいな信玄ドクトリンをときどき耳にしますので、ちょっと気になりました。

 

 

 

武田神社はもともと躑躅ヶ崎館があった場所に創建されたそうで。

信長の野望とかやっている人にはおなじみの地名ですね。

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境内のマップ。

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武田菱デザインの灯篭が素敵。

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きれいな芝生と能楽堂

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以前演じられた能のプログラム。

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興味が湧きます。

戦国武将ゆかりの地で能を観れるのは場景がマッチしていていいですね。

 

 

 

拝殿。

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空の青さと樹木、建築の取り合わせがとても映える神社だなあという感想です。

左右に武田菱入りの大朱杯が飾られているのもご当地人気が感じられて好き。

 

 

 

拝殿の近くには「豊臣興業」さんが。

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実は山梨では、大阪夏の陣の後、密かに逃げ延びた豊臣秀頼さんの隠し子が武田氏旧臣に匿われ細々と血脈を残したという言い伝えが(ありません)。

 

 

 

なぜかキティさんもいらっしゃいます。

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さて、この手の神社の楽しみといえば宝物殿ですよね。

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甲州金関係の史料や、武田氏所縁の武具などを拝見することができます。

 

おっと思ったのは「大井夫人(信虎さんの妻、信玄さんの母)の懐剣」。

鋭そうな刃の光もさることながら、黒塗・花菱入りの鞘がきれいでね。

こんなものを懐に入れていたらさぞ気が引き締まったことだろうと思います。

 

他にも「亀甲の槍」が業物っぽくて格好よかったです。

 

思いのほか全体的に武田菱よりも花菱をあしらった品が多くて、武田氏の柔らかな一面を見たような気になりました。

 

 

上杉神社の宝物殿(稽照殿)にも行ったので、武田・上杉の対決ということであえて煽るようなことを書きますが、

 

 ・収蔵物は上杉神社の方が上

   ー上杉鷹山さん関係等、江戸時代以降の品もありますしね。

 

 ・訪問客へのガイド、ホスピタリティは武田神社の方が上

   -武田神社にはパンフがある、HPがある。

 

というのが私の印象です。

突破力推しの上杉家と、組織力推しの武田家という構図がいまも続いているんですね。

 

 

 

神社の前の土産屋さんでも武田信玄関係のグッズがたくさん売っており、ていうか甲府の街のあちこちで風林火山的な言葉が散りばめられていて、信玄さんを中心に武田氏が本当に愛されているんだなあと思いました。

 

来年が甲府の開府500周年(武田信虎さんの躑躅ヶ崎館への移転が1519年)ということもあり、ますます武田氏顕彰が盛り上がっていくのでありましょう。

 

甲府市の周年行事が無事成功し、土地の歴史への誇りや愛情がこれからも受け継がれていきますように。

 

 

 

おまけ:甲府駅前の武田信玄さん像。

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アップ。優れた造形ですね。

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後ろ姿。信玄さんの特定の文脈ではニーズがありそうな構図です。

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「細川国慶さんが"町”に当てた最古の禁制を発給していたことがニュースに……」産経WESTより

 

細川国慶さん……細川高国・氏綱派の有力一門武将による京都統治がニュースになっていてかんたんしました。

「細川国慶さんが」「三好長慶さんより前に」みたいな文脈にニュースバリューがつく時代になったんですね。

 

www.sankei.com

 

 

ニュースは、戦国時代の武将と京都の「町」が交渉して、配下軍勢の乱暴や略奪を禁止する文書「禁制」を発給した最古の事例が見つかった……というものです。

禁制は寺社等には昔から発給されていますが、「町」に発給されたのは戦国時代から。

言い換えれば、「町」も寺社等と同様、独自に行政にかけあうだけの交渉能力を有していたということなのでしょう。

昔の町内会にはパワーがあったのです。京都の町はいまもパワーありそうですけど。

 

商工業の発展や武家秩序の後退等を背景にした町衆の自立……的な事例。

中世後半における町衆や惣村や国人の自立って、ダイナミズムがあって面白いですね。

 

 

で、この町を対象とした禁制。

従来は三好長慶さんの時代から始まったとされていたのですが、今回の発見で細川国慶さんまで遡れることが分かったとのことですよ。

 

かんたんに時代背景を申し上げると、1546年当時の畿内は細川家の内乱終盤戦でして、細川晴元さんや三好一族たちの勢力と、細川氏綱さんや細川国慶さんや河内畠山家(尾州家)たちの勢力とでドンパチやっていた訳です。

河内畠山家(尾州家)で遊佐長教さんが輝いていたことに定評のある時代ですが、同時期に氏綱派細川家で輝いていたのがこの細川国慶さん。

氏綱派の中核一門武将として、一年間くらい京都を制圧していたのです。

 

まあ、残念ながら、四国の細川持隆さんのナイスフォローにより三好実休・安宅冬康・十河一存という三好長慶さんの有能な弟たちが援軍に駆け付け、畿内の氏綱派勢力は次々と駆逐され、更に翌1547年の舎利寺の戦いで致命的大敗を喫してしまうのですが。

国慶さんも京都攻防戦で戦死したっぽい)

 

その後、三好長慶さんが晴元派から氏綱派に転じて畿内を制覇し、うっかりそのまま当時の価値観ベースで天下人として君臨してしまったせいか。

結果論で見て、氏綱派勢力のコア戦力として活躍していた国慶さんは、実休さんたちの活躍を引き立たせる存在としてこれまで捉えられがちだった訳ですよ。

 

ですが、最近はこのように、三好政権の統治手法の萌芽、先駆けのように国慶さんを扱う視点が出てきて、よかったなあと一畿内史ファンとしては思うのであります。

なんかだんだん細川家、特に高国系統の再評価が進んでいますよね。

確かに当時の京都人からすれば、当初1549-1553頃の三好長慶さんは「細川国慶さんの後任」みたいに映っていたのかもしれない。

名前の漢字もかぶってるし。ていうか長慶さんの改名ってそういうことなんだろうか。

 

これまでの畿内史ニュースは、「実は三好長慶が先駆者だった」みたいなのが多かったのですが、これからは「実は細川家が先駆者だった」「ていうか畠山家など他の家でもやってた」みたいなのも増えてくるかもしれません。

研究草創期は特定の人が注目されて、研究が進むと他にもいっぱいすごい人がいることが分かってくる、というのは歴史あるあるですしね。

 

 

今回の発見を手掛けた馬部隆弘准教授は、まさにこうした三好長慶さん以前、細川氏や木沢氏等の再評価を主導してはるイメージがあります。

もうすぐ論文集が出版されるようですし、こうした新鮮な視点がより広く世に流通することを期待したいと思います。

www.yoshikawa-k.co.jp

 

楽しみではありつつ、800ページもあるそうで。

たぶん買うと思いますが、読み終わるのはいつになることやら……。

 

「戦国期細川権力の研究」馬部隆弘さん(吉川弘文館) - 肝胆ブログ

 

 

論文集がたくさん売れて、この界隈の注目が増して、畿内史研究は食っていけるらしいぞ私畿内史で論文書きたいですみたいな若手研究者が増えていきますように。

 

 

 

 

大相撲'18年秋場所 感想「史上初の三賞該当者なしに驚き」

 

秋場所が無事に終わりました。

ばたばたしていて先場所・今場所と各取組をちゃんと見れていないのですが、先場所の御嶽海関の初優勝、今場所の白鵬関のV41&幕内1,000勝&横綱800勝、そして稀勢の里関の復帰といろいろ良いニュースが多くて何よりですね。

 

そんな中、秋場所では史上初の三賞受賞者なしというニュースにかんたんしました。

てっきり一名は絶対に受賞者を出すもんなんだと思っていましたのでびっくりです。

 

www.nikkei.com

 

 

秋場所の幕内勝ち越し勢は次のとおりです。

 15勝  白鵬(優勝)

 12勝  豪栄道

 11勝  高安、嘉風

 10勝  鶴竜稀勢の里、錦木、竜電、貴ノ岩

   9勝  栃ノ心、御嶽海、貴景勝北勝富士

   8勝  妙義龍、逸ノ城魁聖、大栄翔、隆の勝、千代翔馬栃煌山
     佐田の海隠岐の海

 

個人的には東小結の玉鷲関が4勝11敗と大きく負け越したのがショックでした。

 

12勝の豪栄道関は調子よかったですね。

コンディションがいいときの、相手の重心を正確に捉えた押し出しが好きです。

協会のアンケート「敢闘精神あふれる力士」でも頻繁に一位を取ってはってようございました。ちゃんとファンは見ているものだ。

 

 

 

三賞の話に移ります。

 

三賞には殊勲賞、敢闘賞、技能賞があり、受賞すると200万円をポンと貰えます。

年収が200万円アップすると思えば大きいですよね。

 

受賞の条件は、横綱大関以外で、

 殊勲賞:優勝力士や横綱を見事に倒した力士に授与

 敢闘賞:頑張った力士に授与。優勝争いに絡んだりすると貰えるイメージ

 技能賞:優れた技能を示した力士に授与

 

という感じですが、この基準で考えますと……

 

殊勲賞は、優勝した白鵬関が無敗である以上、該当なしもやむないですね。

中盤まで盤石だった鶴竜関の闘志をへし折り終盤戦を失速させた栃ノ心に差し上げたいところですが、彼は大関なので受賞資格がありません。

 

敢闘賞は、確かに優勝争いに絡むような活躍をした関脇・小結・平幕力士はいませんでしたが……

個人的には三役で初めて勝ち越した貴景勝、いろいろあったけど幕内復帰して活躍した貴ノ岩に差し上げてほしかった気がしますね。
三賞審査を厳しく運用するのも協会のイメージアップに繋がるかもしれませんが、貴乃花部屋の力士をフェアに遇していることを示すのも大事だと思いますの。
差別してんじゃないかみたいな疑念を招かないためにも。

竜電関北勝富士はもう少し星を伸ばせたら受賞できていたかもしれません。
仕上がりがよさそうだっただけに残念です。

嘉風は11勝していますけど、彼の実力的に幕内下位で大勝ちしたくらいでは敢闘賞に該当しないということでしょうか。
そうは言っても36歳ですし、安美錦関も豪風関も幕内陥落したいま、優しくしてあげてほしいなあと思う……けど、そういう気づかいこそ嘉風関に失礼ですね。

 

技能賞は……もともと受賞者が少ない、一説には受賞出来たら一番うれしい賞とも言われていますが、今場所で見事な技能を思い浮かべるとどうしても白鵬が思い浮かんでしまうのでやっぱり該当者なしが妥当なんすかね。

白鵬関は、御嶽海戦で棒立ちにさせられながら、肩越しに相手の足の位置を慎重に見極めて逆転したのがとても印象的でした。

他には栃ノ心が、逸ノ城戦でいつものパワー勝負に持ち込まず、頭をつけて上手く寄り切ったのが上手にならはったなあとかんたんしましたが、やはり大関ですので受賞資格なしであります。

 

 

うーん。

こう見ると、妥当っちゃあ妥当なものの、敢闘賞ゼロはちょっとシビアな印象かなあ。

客足も懸賞も巡業も好調なんだから、ある程度は力士に気前よく還元しても。

巡業数の増加なんかは、そのまま力士の負担や怪我リスクに直結している訳ですし。

 

怪我と暴力と不正のイメージが減って、儲かってかつファンに夢を与えているイメージが増して、力士志望のイケてる若者が増えていきますように。

 

 

 

定点観測 相撲界の毛利三兄弟

 

 若隆元(幕下七枚目) 2勝5敗

 若元春(幕下十四枚目)5勝2敗 

 若隆景(十両七枚目) 8勝7敗

 

若隆景関が着実にステップアップされてるのが目立ちますが、若隆元さん、若元春さんも幕下上位で着実に力をつけてはる印象です。

 

 

 

「ポーツマスの旗 外相・小村寿太郎 感想」吉村昭さん(新潮文庫)

 

日露戦争の講和交渉をテーマにした小説「ポーツマスの旗」が緻密かつ実際的な描写を次々と味わうことができてかんたんしました。

 

www.shinchosha.co.jp

 

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著者は私が好きな吉村昭さんです。

入念な取材を基に執筆されているので何もかもが史実のように思えてしまいますから、そこはあえてフィクション、小説であることを念頭に置いて読むようにしています。

吉村昭さんの文章は実際にその場面に立ち会っていた、あるいは当事者が回顧録として執筆したかのような迫真味が素晴らしいですね。

 

 

小村寿太郎さんと言えば国辱的(と当時は捉えられていた)なポーツマス条約の締結当事者でありまして、あまり風体がイケメンという感じではないこともあり、長い間世間からの評判はよくなかったそうなんですが。

 

外交官としての手腕は卓越しており、この「ポーツマスの旗」ではデキる男としての小村寿太郎像がふんだんに描かれておりますよ。

明晰かつ誠実な洞察力・交渉能力、役目を果たしきる使命感・意志の力など、社会で活躍する上であらまほしき能力を次々と魅せてくださいます。

 

 

以下、当小説のネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストーリーとしては日露戦争の経緯を簡略に紹介いただいた後、日本海海戦等の戦果は素晴らしいものの国庫はスッカラカンでもはや戦線を維持することが難しいという事情の説明を経て、小村寿太郎さんが講和交渉の全権委任に選ばれ、ロシア代表のウイッテさんと極めて難易度の高い交渉をやり遂げ、ポーツマス条約の締結に至るも、日本では講和条約に対して「なんで賠償金取れねーんだよナメられやがって媚びやがって小村の糞が政府のボケが」みたいな状態で日比谷焼き討ち事件等が発生小村寿太郎さんの家族もデビルマン的群衆の襲撃を受けるという救われない展開に至り、小村寿太郎さんはその後も外交官として活躍するも家庭的には報われず寂しい最期を迎えるという流れであります。

 

まさに小村寿太郎さんが時代の生贄的な役割を果たされたかのような筋ですね……。

 

当時の日本の知識階層も賢いので、民衆の反応も含めて講和交渉の結果が「こうなるだろうな」というのは皆分かっていたのであります。

講和交渉の全権なんて、誰もがやりたくない仕事でした。

小説内でも伊藤博文さんが固辞したことが紹介されています。

 

 

吉村昭作品らしく、小村寿太郎さんが送った行程が詳細に描写されているのですが。

日本を発つときの仰々しいセレモニーの数々と、民衆の熱狂的な見送り。

随員の山座円次郎は小村に、

「あの万歳が、帰国の時に馬鹿野郎の罵声ぐらいですめばいい方でしょう。おそらく短銃で射たれるか、爆裂弾を投げつけられるにちがいありません」

と、暗い目をして言った。小村は群衆に眼を向けながら、

「かれらの中には、戦場にいる夫や兄弟、子供が今に帰してもらえるのだと喜んでいる者もいるはずだ」

と、つぶやいた。

 

アメリカ到着後も各地で行われる歓迎セレモニー、ルーズベルト大統領たちとの秘密裏の下交渉の数々、ロシアによる巧みなマスコミPR戦略、そして日本移民からも寄せられる期待。

小村は、久水領事からきいた話を思い起こしていた。昨年八月、貧しそうな日本人労働者が領事館を訪れてきた。久水は、帰国の船賃でも乞いに来たのかと思ったが、労働者は、ポケットから二十ドル金貨一枚を出し、僅かであるが祖国に寄付したいので送って欲しいと言った。男は、二十里以上も離れた地で鉄道工夫に雇われているが、金貨をとどけるために歩いてきたのだ、という。

 

こうした一つひとつの出来事、通常の人間に対しては極めて巨大なプレッシャーとして作用するに違いないと思うんですよね……。

自分の身に置き換えて想像すれば、交渉開始前から胃袋がズタズタになってそうです。

 

 

並行して日露間の諜報・暗号に関する暗闘なども取り上げられていて、交渉が始まる前の本来は地味なシーンなのにどのページも面白いのがさすがですよ。

 

 

続いて小説は中核のシーン、ロシア代表ウイッテさんとの交渉に移ります。

この場面は下交渉の段階から各条それぞれの議論までどれもこれも緊張感と実務的高品質判断に富んでいて実にいいんです。

 

私がいちばん好きなのは第七条の妥結に至るシーン。

ロシア(表向きは民間会社)が有する南満州の鉄道・炭鉱を日本に譲渡せよという内容なのですが、ウイッテさんはそれは民間マターなので国家が日本に譲渡する権限がない、と猛反発しはるのです。

そこへ、小村寿太郎さんが「断じて民間会社ではない」と、ロシアと清国間の鉄道敷設に対する秘密条約の内容を突然暴き始めて、ウイッテさんを激しく動揺させます。

小村寿太郎さん、さすがです。

そして、そこからのウイッテさんの巻き返しもいいんですよね。

ウイッテさんは秘密条約の内容をなんと正直に話した上で、

説明を終えたウイッテは、言葉をあらためると、

「小村男爵や栗野氏をはじめロシア駐在公使の任にあった方々は、私が個人として侵略主義に反対し、常に平和主義をとなえていたことを熟知しているはずである。私は、東清鉄道を平和利用の鉄道として敷設に努力したが、紙を切る小刀が時には人を傷つけるのに使われることがあるのと同じように、東清鉄道が私の意に反して軍事に利用されることもあるかも知れない。私は、あくまでも平和を愛する人間である。私の真情を理解して欲しい」

と、言った。

その切々とした言葉に、小村は、

「モスコーの秘密条約を口にしたのは、すべてを明白にした上で討議したかったからに過ぎない」

と、おだやかな口調で述べた。ウイッテは、

「貴方が真実を述べてくれたことに感謝する」

と言い、小村も、

「詳細で、しかも率直な説明に敬意と謝意を表したい」

と答え、議場に和やかな空気がひろがった。

 

と建設的な議論に移っていくのです。

どちらもナイスファイト! な印象を抱きます。

 

 

ですが……焦点たる賠償金と領土(樺太)の議論は、ロシア本国内のウイッテさんも手をつけられないような事情もあって、極めて厳しい状況に追い込まれます。

小村さんもウイッテさんも講和はしたい。平和を得たい。

一方で小村さんもウイッテさんも役目としては条件を緩めることなどできない。

妥結点が見つけられない……

胃袋を雑巾絞りにするような緊迫が続き、このままでは交渉は破談、アメリカから撤退もやむなし……となる本当に直前のタイミングで、日本政府が賠償金条件を下ろすことを決断し、辛うじてポーツマス条約締結と相成るのでした。

 

条約署名時の小村寿太郎さんのセリフがまたいいんですよね。

「両陛下が平和を心から望まれたことによって、ここに講和条約が成り、人道、文明に寄与されたことはまことに賞讃すべきことであります。今後、日露両国の友好に尽力することは私の義務であり、喜びでもあります」

 

私の義務であり、喜びでもあります。

いいフレーズです。無茶ぶりやきついノルマを前にしたときに言ってやりたい。

 

 

 

……ここで終わればハッピーエンドなのですけど。

 

小村寿太郎さんは心身の摩耗からか肺尖カタルに倒れ、日本では国民の暴動が起こり、妻子は暴徒に襲撃され、帰国後も彼へのバッシングは続きます。

そんな中でも小村寿太郎さんは敏腕な外交家としての役目を果たし続けますが……。

 

衰弱から身体は急速に衰え、外相辞任後、僅か3カ月で息を引き取ります。

享年56歳。

その後も小村寿太郎さんの名誉が恢復することは長い間ございませんでした。

 

 

 

そんな作品です。

現世に対する諦念が濃い内容かもしれませんが、筆致はあくまですこぶる芳醇ですよ。

 

以前(このブログを始める前)同じ吉村昭さんの「ニコライ遭難」「海の史劇」という日露関係の小説を読んでいて、それぞれが大変面白かったこと、

ゴールデンカムイが面白いこと、

さいきんの日露関係、

などなどの背景もあり、大変興味深く読ませたいただきました。

 

運命に殉じたかのような人の物語は胸を打ちますね。

 

 

こうした歴史の積み重ねの上で現代がある訳ですので。

なんやかやありますけど世界人類が平和でありますように

 

 

 

 

「犬を飼う そして…猫を飼う」谷口ジロー先生(小学館)

 

谷口ジロー先生の名作「犬を飼う」および短編集の再編集版が発売されていてかんたんしました。

目に涙を溜めながら読ませていただきました。

 

www.shogakukan.co.jp

 

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土山しげる先生の遺作「流浪のグルメ」を買う流れで、谷口ジロー先生の作品も手に取りたくなったのです。

谷口ジロー先生も今年の2月にお亡くなりになりました。

親しんでいた漫画作品の作者が次々に……。

 

最近だと谷口ジロー先生は孤独のグルメの作画で有名ですが、もともと様々なジャンルの作品を発表されていた方ですので、人によってイメージする代表作は異なることでしょうね。

私は漫画版「センセイの鞄」が心に残っています。

 

 

「犬を飼う」は有名な作品なのでご存知の方も多いかもしれませんが、谷口ジロー先生の実体験をもとにした、老犬を看取る内容の短編です。

人間の介護同様に、散歩の介助、下の世話、24時間体制での看病等々……家族が老犬に振り回され、疲弊していく様を、美化せずリアルに描写した上で、その上で本当に、最期の切なさが胸を打ちます。

犬に限らず、大切な存在を亡くした経験を持つ方であれば、きっと涙を流さずにはいられない……卓越した描写が見事の一言です。

 

老犬「タム」が逝く直前のエピソード、散歩中にお婆さんが話しかけてくるシーンがくるんですよね。

「おまえ… いつまで生きてるつもりなんだろねえ。」

「早く死んであげなきゃだめじゃないかね。」

「おまえ……わかるだろ? あたしもさ、早くいっちまいたいんだよね。」

 

「おばあちゃん、そんなこといわないで、」

「もっと長生きしてよ。」

 

「楽しいことなんかなんにもありゃしない。」

「あたしゃね、迷惑かけたくないんだよ……」

「この子だってそう思ってる。」

「そう思ってるんだよ。」

「でもね、死ねないんだよ…… なかなかね……死ねないもんだよ。」

「思うようにはね…… なかなかいかないもんだね。」

 

お婆さんとタムの表情、それぞれが、読者の様々な感情を呼び起こすようです。

お年寄りのこういう独白、実生活で耳にしたことがある人も多いと思うんですよね。

 

 

他に収録されている「そして…猫を飼う」以降の作品も、エッセイ「サスケとジロー」も、「百年の系譜」も、いずれも優れた作品なので外せません。

 

猫関係では「庭のながめ」という作品で、仔猫を一匹里子に出したときの、母猫の描写が堪りませんでした。

 

「百年の系譜」は戦時中の、軍用犬にするため愛犬と引き剥がされた少女の話なのですが、これも泣いちゃいましたね。

詳述はしませんが、別れのシーンだけでなく、日本兵の最期の描写、米兵の「オーマイゴッド」という素なリアクション等、短編の中に名場面がたくさんございました。

 

 

谷口ジロー作品は余韻、余情に富んだものが多くていいですね。

これからも私は折に触れて読み返すことだと思います。

 

 

若い世代の方々にも、谷口ジロー作品に触れる機会が訪れますように。

図書館とかにあったらいい作品だよなあ。

 

 

 

「流浪のグルメ 東北めし 3巻」土山しげる先生遺作(双葉社)

 

単行本化を諦めていた「流浪のグルメ」最終巻が発売されていてかんたんしました。

土山しげる先生の冥福を心よりお祈りいたします。

 

双葉社サイト

http://www.futabasha.co.jp/booksdb/smp/book/bookview/978-4-575-31375-8/smp.html?c=20998&o=date&type=t&word=%E5%9C%9F%E5%B1%B1%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B

 

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流浪のグルメは、ハンター錠二こと獅子戸錠二さんがトラッカー仕事をしながら東北地方のグルメを満喫しはる内容の漫画です。

 

ハンター錠二をご存じない方は大人気大食い漫画「喰いしん坊!」をお読みください。
Vシネマ版はあまりお勧めしませんがBGMは癖になります。

 

どうも喰いしん坊!の前日譚という位置付けのようで、地味にミスターマスクマンこと熊田剛さんも登場してきはります。

トラッカー出身者多いんだなTFF。

 

 

漫画の特徴としては、起伏のないストーリー……

というと聞こえがよくないかもしれませんが、ハンター錠二さんが元気のない若い衆なりサラリーマンなりカップルなりを人助け的な形で東北地方の実在する食べ物屋さんに案内し続けるという流れで、1話内の起承転結や盛り上げや引きにこだわることなく、自由なリズムで食べものを楽しみ続けるのがなかなか独特で味わい深いのですよ。

 

東北グルメといっても観光客向けの店は少なく、地元の人が嬉しくなるような店・食べ物が取り上げられることが多くていいですね。

既刊の1-2巻でもよく知られた名物料理ではなく各土地に根差した食堂やパン屋さんなんかが多く取り上げられていて好感度が高かったです。 

取り上げられた舞台の中では仙台編がいちばん好きかなあ。

じゃじゃ麺に対する地元人と県外人との温度差の描写とかも印象的でした。

 

 

この3巻では、前に登場したカップルや「姫トラお京」さん、「早トチリの兆治」さんなんかが再登場しつつ、ハンター錠二さんのソロ大食い回が多くて楽しいです。

 

八戸名物の「グラタンフライ」という総菜パンを食べてから、

「やっぱり1個じゃもの足りねえ!」

クシャッ(ビニールを握りしめる音)

 

とスーパー前でやってる焼き物移動車でにしんとホタテとイカを買い食いしているのが愛しくて格好いい。

競技大食いもいいですけど好きに自由に買い食いしている錠二さんもいいですね。

 

青森で早トチリの兆治さんにご馳走していた「ほたて貝焼きみそ定食」もすこぶるおいしそうでした。

青森行きたい。

 

 

土山しげる先生が今年5月に急逝されたので単行本化するほどまとまった原稿はないんだろうな……と思っていたところ、20回分、ちょうど単行本1冊分程度のストックはあったようで、無事に3巻が発刊されたのは何よりでした。

 

最後の擬音とセリフが土山しげる節感のある

サフッ

ハフハフ

モクモク

「うまっ♬」

「カレー足りねェー!!」

「あたしもっ!!」

 

だったのもよかった。

ほんまよかった。

 

モクモク、ていう土山擬音いいですよね。

 

 

急逝されたときは本当にショックでした。

友達から一報を受けたときはしばらく茫然としてしまいました……。

最近も精力的に作品を出されていたから、ご体調が優れないなどとは露も思わず。

 

数か月経って、ようやく落ち着いて作品に向き合えるようになった心持です。

 

 

他の連載中だった作品も、どうにか単行本化なされますように……。

 

あまりに惜しい。

早すぎます……もっと新作を読みたかった……。

 

安らかに……。

 

 

映画「ロトセックス」廣田幹夫監督

 

ロトセックスという口にするだけでIQが下がりそうなタイトルのアダルト映画がB級感全開でありながら無駄にほっこりできてしまってかんたんしました。

 

貴重な休日に自分は何を観ているんだろうとも思いつつ。

 

ロトセックス - Google 検索

 

 

70分弱の短い作品になります。

10分に1回くらいはサービスシーンがあるような類の映画ですね。

 

 

あらすじとしては……

 

失業した夫が宝くじにハマってしまってもうダメダメヒモ野郎なので、妻が夫婦間でくじをやって、それで夫を元気づけて勝ち癖をつけさせて社会復帰してもらおう……

 

という。

 

 

うん。

 

 

夫婦間のくじの内容は、6桁の数字をふせんに書いて、0~9の回転ボードに6回ダーツを投げて、数字の一致桁数に応じて

 

 1等(6桁一致) :セックス

 2等(下5桁一致):

 3等(下4桁一致):

 4等(下3桁一致):

 5等(下2桁一致):キス

 

というご褒美が当たるというもの。

(2等~4等の内容はご想像にお任せします)

 

一の位から順番にダーツを投げていく仕組みですので、1投目で外したら即失敗。

シビアです。

 

なおくじは1回千円。

1等が当たる確率は単純計算で100万分の1。

当たるまでやるにはダーツを投げる夫の肩も財政も破綻しそうです。

はたして夫は1等を当てて妻を抱くことができるのか!?

 

 

見どころはこのくだらないアイデアだけで、あとはいかがわしいシーンもドラマシーンも取り立てて注目すべきものではない、あえて言えばところどころシュールなセリフや設定がじわじわくるくらいなのですが。

 

夫婦のゆるい演技が絶妙に駄目な役柄とマッチしていたり、

夫を雇ってくれる建築会社のおっさんの演技が妙に上手かったり、

なんだかんだで夫婦の仲睦まじさに微笑んでしまう構成になっていたりで、

「癒された」感が雑に湧いてくるんですよね。

 

人間的に駄目な人はいっぱい出てくるものの、

アダルト作品にありがちなバイオレンス的演出がないのもいい。

 

ゆるほっこり系のエロ映画でありました。

 

 

 

TSUTAYA某店舗に置いてましたし、何かのついでに借りてみて期待せずに観てみたらかつ心身の具合によっては意外と面白いかもしれない作品です。

夫婦の生活再建ものが割と好きな自分に気づきました。

 

世のご夫婦みなさまも親しくあらせられますように。