アイスランドのミステリ「湿地」が救いのない、冷たい泥に覆われたような情感が漂う作品でかんたんしました。
ミステリジャンルですが、トリック・推理系ではなく、警察捜査系の作品です。
犯人そのものよりも、動機の解明がメインテーマな感じの。
ネタバレを極力せずに概要を説明しますと、
主人公のエーレンデュル捜査官が殺人事件の犯人を捜します、
行きずりの強盗系殺人かと思いきや遺体の上には謎のメッセージ、
調べれば調べるほどに判明していく被害者の胸糞悪い素性と過去の事件、
触れれば触れるほどに切なく重苦しくなっていく過去の事件の被害者たち、
ちなみに主人公の家庭も凄惨極まりなくサブキャラクターもたいてい苦しい事情が……
と、ウキウキするような要素はまるでなく、
ページを進むごとに哀しい・苦しい・切ない・言葉にならないようなエピソードばかりがテンポよく出てくるのです。
テンポよく苦しいってどうよ。
「アイスランドの風土に関心を抱かせる小説」「その名も湿地」とはよく言ったもので、日本的なジメジメムシムシしたような湿地ではなく、冷え冷えと寒々と荒涼としたアイスランドの湿地が凝縮されたような読み味。
主人公のエーレンデュル捜査官、公私ともに苦しそうです。
陽気もユーモアもありません。
ただただ、粛々、淡々と真相を究明していくストイックな職務ぶりであります。
そして文体もまた、ヨーロッパ文学らしからぬ淡々ぶりですから、まことにテンポよく、淡々、ひしひしと真相に近づいていく実感があって、読んでいて飽きないんですよね。
作品には爽快さも高揚感もありませんが、生々しく胸糞悪い犯罪描写が続々と押し寄せてきますから、それだけに、登場人物、作品への救いを求めてページを繰っていってしまうのです。
終盤、エーレンデュル捜査官は犯人と対峙いたしますが、犯人の素性も、結末も、決して救いのあるものではございません。
小説内の事実関係だけを記せば、最後まで冷え冷えと、消化できない哀しみ苦しみを渡されることになります。
登場人物も、読者も、ただただ苦みを味わうことになるのです。
ただ、物語はどこまでも残酷だけれど――、
エーレンデュル捜査官や読者が抱く、同情や、哀悼や、救いを求める祈りが、この暗澹とした作品に幽かに灯るあたたかさなのかもしれません。
物語に救いがないだけに、登場人物や読者の感情の熱量だけはくっきりしてくる、そんな不思議な読後感を抱ける作品でございました。
アイスランドといえば、以前「ひつじ村の兄弟」というかの地の映画を観たことがありますが、あれもたいがい内容は救いのない、でもなぜか観客の心にはほんのりとあたたかみが灯るような作品だった記憶があります。
アイスランドのクリエイターって、そういう作品づくりが得意なのかしら。
日本も寒い季節ですから、たまにはこういう作品に触れて冷え冷えとしながら自分の心のあたたかい部分を認識してみるのもいいかもしれませんね。
いずれにせよ、哀しい苦しい冷え冷えするのは作品内だけの話にしていただいて、現実の世界はあんがいあたたかくて楽しいものでありますように。