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かんたんにかんたんします。

「羆嵐 感想」吉村昭さん(新潮文庫)

 

吉村昭さんの小説「羆嵐(くまあらし)」にかんたんしました。

 

www.shinchosha.co.jp

 

 

wikipediaニコニコ大百科でも「閲覧注意」として名高い、
三毛別(さんけべつ)羆事件」を題材にした物語です……。

 

 

吉村昭さんの小説を時々買って読むようにしているのですが、
この小説についてはグロい・怖いことが確定しているので
いままで手を出してきませんでした。

それが、新潮文庫の「紅白本合戦」という能天気な帯をまとって
本屋で平積みされていたため、つい手にしてしまったのですが……。


読んでみて、ゾクゾクが止まりませんでした。
序盤から終盤まで、緊張感が途切れることがない小説です。
息苦しくなるほどに……。

読むのを途中で止めても、ゾクゾクが身体から抜けないのです。
安心するには読み終えるしかない、というような気持ちになって、
一気に読み終えてしまいました。


以下、軽くネタバレを含みます。

 

 

 

 

 

 


物語のあらすじ。


序盤で羆の猛威が集落を襲います。
グロシーンも一部含まれますが、それ以上に羆が怖すぎて、
気持ち悪いというより身体が冷え冷えしました。

中盤は羆討伐隊が結成されるものの、たいした成果をあげられずに
烏合の衆と化してしまいます。
あまりにも凶暴強大なモンスターと対峙した時、
人の「数」がいかに当てにならないものなのかを、
嫌というほど見せつけてくださいます。

終盤ではひとりの猟師が登場し、羆を追い詰め、遂に仕留めます。
そして、羆に襲われた集落はその後……滅び去ります。

 

この小説の秀逸なところなのですが、約250ページのうち、
羆が登場するページは1割程度なんですよね。
後は全部、被害を受けた人々の行動・心理描写なんです。

目の前にいない羆の幻影に人々は惑い、恐怖し、統率を崩します。

2日間に6人(数え方によっては7人)の命を奪った羆は、
さながら自然の化身、荒ぶる神々が顕現したかのようです。
地域の人々はパニックを起こし、女・子ども・老人は海へ向かって逃げ惑います。
討伐隊に組み入れられた男たちも、羆の気配があれば恐慌状態となって
他者を押しのけ便所や梁の上に身を隠してしまいます。
更には、羆が退治された後も、人々は次々と集落から去っていき、
せっかく開拓した集落はあっという間に廃村となってしまうのです。

羆は死してなお恐怖の記憶となって土地に留まり、
コミュニティを破壊したのでした……。


人間が自然の前に敗れた、「開拓の失敗史」という見方もできる本かと思います。

そもそも、被害を受けた集落が開拓村ということも読むまで知りませんでした。

 

印象的な記述があります。
犠牲者を葬ろうとする場面などで、

 

土との融合は、植物の種子が地表に落ちるように死体を土に帰することによって深められる。人間の集落には、家屋、耕地、道とともに死者をおさめた墓石の群が不可欠のものであり、墓所に立てられた卒塔婆や墓石に備えられた香華や家々でおこなわれる死者をいたむ行事が、人々の生活に彩りと陰翳をあたえ、死者を包みこんだ土へのつつましい畏敬にもなる。

 

六線沢の者たちは、村落にとって初めての死者である島川の妻と息子の遺体を懇ろに回向し、埋葬しなければならぬ義務を感じた。遺体を土に帰すことは、入植者であるかれらが土に根を張ることをも意味している。


といった文章が挿入されています。
私はこういう吉村昭さんの言い回しが好き。

この「羆嵐」とは、「人が根付けない土地もある」「根付けなかった事例がある」
ということを教えてくれる作品なのです。
人口が減っていくこの日本列島を前にして、含蓄があるように思います。

 

 

「開拓」「フロンティア」って簡単に使われる言葉ですが、
本当は羆に出遭う覚悟がセットで必要なのでしょうね。

興味も湧いたし、屯田兵や西部開拓史について学んでみようかなあ。

 

 

 

 

最近、東京都荒川区吉村昭さんの記念館ができたそうです。


一度は行ってみたいな。

願わくば繁盛しておりますように。

 


('17/4/30追記)
繁盛してました。

東京都荒川区の「ゆいの森あらかわ/吉村昭記念文学館」 - 肝胆ブログ