17世紀~18世紀に隆盛を誇ったオランダ東インド会社の歴史を綴った
書籍にかんたんしました。
これは良著だと思います。
世界史……東南アジア史に興味のある方はもちろん、
日本の戦国時代や江戸時代の愛好者にもおすすめですよ。
オリジナルは1971年初版と50年近く前。
当講談社学術文庫版にしても2000年初版で現在10刷まで増版されており、
いまだ色褪せることなく多くの方に愛好されていることが分かります。
ひょっとしたら大学の講義とかでも使われているのかもしれませんね。
全部で250ページ。
文章も平易で分かり易く、たいへん読みやすい本です。
内容としましては
・ポルトガルやスペインが大航海時代を切り開きます
-戦国時代好きにも鉄砲・キリスト教伝来でお馴染みです
・ヨーロッパ人にとっての東南アジア交易は主にポルトガルが開拓しました
(現地での主役は昔から変わらず中国・イスラム商人)
・しかし、もともと国力が小さいポルトガルは次第に
イギリスやオランダの圧迫を受けて交易が縮退していきます
・オランダもたいがい国力が貧弱なのですが、英知と強引さで
東南アジア交易の主導権を握ります
⇒1602年 オランダ東インド会社設立
(世界初の継続的な株式会社とのことです)
・バタヴィア(ジャカルタ)を建設したり台湾に要塞を築いたり
江戸幕府と交渉したり島原の乱鎮圧に助太刀したりして
ブイブイいわせていきます
⇒有名なクーン総督が暴れていた時期です
・インドネシア諸国家の内乱に介入したり恫喝したり巧みに交渉したりして
直轄領土も拡大していきます
⇒商社というより、植民地国家のようになっていく
・手を広げ過ぎて、18世紀になると交易的にも領地支配的にも
収支が悪化していきます
・そうこうしているうちに本国ヨーロッパでフランス革命が起こり
オランダはフランスに占領されます
⇒混乱の中、オランダ東インド会社は消滅
というオランダ東インド会社200年の歴史を簡潔明瞭に解説いただけるものです。
グローバルな覇権競争史としてもおもしろいですし、
現地王国が西洋に取り込まれていく切り口としてもおもしろいですし、
事業会社の成長と衰退を俯瞰できる好事例としてもおもしろいですし、
戦国・江戸時代の裏番組(世界史的には日本の方がローカル番組ですけど)に
何が起こっていたか、当時の世界情勢を学ぶという視点でもおもしろいです。
これからの時代、グローバルな競争が激化する一方の時代に生きる
ビジネスパースンにも楽しんでいただけると思いますね。
東南アジアなんてそれこそメーカー流通外食資源化学金融とあらゆる
業種が進出している訳ですし、この本を読んでいると現地視察にも
より身が入ることでしょう。
とりわけオランダ東インド会社の反省点、
・優秀な現地人と使えない本国出身者
-海外人事政策の一貫性にこだわる必要
・現地国家の動向次第でコストが膨らむ
-海外での商売は政治を「上手く」巻き込むことが必要
・現在の大勝利が未来の重石に変わり得る
-環境変化に応じて「戦利品」を捨てる判断も必要
・本国が崩れたら元も子もない
-日本本社や創業家の動き、何よりも競合他社の動向から
目離れしないことが必要
辺りには強い共感を抱く人も多いのではないでしょうか。
いまも昔も、リスク&リターンのコントロールが難しい商売は
人々を惹きつけますね。
世論的にはゼロリスク主義者が増える一方だと言われていますけど、
やる気と能力がある人はこれからもこういう世界に飛び込んでいくことでしょう。
日本史好き的にも色々と想像が膨らんで楽しいんですよ。
国内の室町~戦国~江戸時代もロマンに溢れていますが、
海を越えて活躍していた人々の物語もロマン満点です。
この本でもオランダ東インド会社と日本との関係に1章を割いていて、
江戸幕府との交渉なんかを細かく説明してくれています。
端的に言えば、オランダ東インド会社は江戸幕府に対して幾らでも頭を下げる、
“名”はなんぼでもくれてやる代わり、“実利”をガッチリ得ていたという
ことのようですね。
オランダ人もけっこうプライドが高いと思うんですけど、
対日本窓口担当を毎年変えろだとか、
長崎出島から外には出るなだとか、
キリスト教徒ということになっている島原の叛徒を砲撃しろだとか、
江戸幕府の言うことに何でも唯々諾々と従っています。
その代わりに日本からはごっつい量の金・銀・銅を巻き上げていたようで、
東インド会社担当地域の中でも対日本交易の利益率は他を圧倒していたようです。
まあ当時の日本にはオランダ向けの適当な輸出品目がなかったから
しゃあないんでしょうけど。
オランダ人に俵物とか買ってもらうイメージも湧きませんもんね。
個人的に面白かったのは、オランダ側の記録で当時の日本人が
「精強な傭兵」「キレっぱやい」と扱われていることです。
山田長政の例もある通り、かなりの数のサムライが東南アジアで
雇われて戦っていたようで。
文中でも東インド会社にかかわるエピソードがひとつ紹介されていました。
幾つかの経緯があって日本とオランダの関係が悪化していた1628年。
台湾のオランダ人長官が日本人を抑留して嫌がらせ・対日本交渉の具にしようと
するのですが。
しかし日本人の感情の沸騰点はノイツ(オランダ人長官)の思っていたよりよほど低かった。何回目かの談判に臨んだ時、もはやこれまでと覚悟した浜田弥兵衛等は隙をみてとびかかり、ノイツを人質に取り、「近寄ると長官を殺すぞ」とオランダ人を威嚇した。
そのままオランダ人数名を人質にして日本まで連れ去ってしまい、
当時の長崎の皆様も日本舐めんな的な対応をがっちりやりましたので、
そのまま日蘭国交は一時断絶してしまったそうです。
(いわゆるタイオワン事件)
……さすが戦国の遺風を有する当時の日本人ですね。
本国政府同士の交渉を待つとかいう発想はないようです。
困った時は自力救済です。
当書籍からは離れますが、去年、真田丸関係でこんなニュースもありました。
大坂の陣 オランダに記録 東インド会社駐在員の書簡 :日本経済新聞
戦国・江戸時代の史料がオランダ側に残っているという点に希望を抱きます。
調査が及んでいないだけで、他のお家の史料もあるんじゃないすかね。
あくまで私の妄想ですが、
大内家、大友家、尼子家、細川京兆家、三好家、長曾我部家、今川家等々……
戦国時代に滅び去った家(特に西国・太平洋側)の遺臣の中には、
一発当てたろと海外に出た人もけっこういたんじゃないかと思うんです。
なかなか記録には残りがたいでしょうけど……。
有能で篤実な方だと思うんですが、足利義輝公弑逆の主犯格ということもあって
現代の評価は芳しくありません。
この人、史料上は「行方不明」で歴史からフェイドアウトしてるんですよ。
息子の弓介さんともども。
長逸さん自身は織田信長と戦っていた時点ですんごいお爺ちゃんですから
無理かもしれませんが、彼の息子や子孫は海外に脱出したかもしれない。
それこそ仲良しだった堺衆、なんなら千利休の力を借りて。
この頃はまだ利休の奥さん(三好家出身?)もかろうじて生きてはりますから。
そんでどっかの島で日本人町つくって、存外幸せに暮らしていたりして……。
何の根拠もない想像ですけど、そうだったらロマンがあるじゃないですか(笑)。
なんとなく大内や尼子も商売上手な人が多そうだし、いたかもあったかもですよ。
最後に巻末の弘末雅士さんによる解説について。
当著は当時手に入ったオランダ側の史料に基づいて執筆されているため、
出版後数十年間に進展した東南アジア史研究が反映されていないのだが、
その上でなおこの本はおもしろいといったような説明をされています。
的確かつ良心的な補足となっていて、同じく巻末の年表・索引も含め、
この文庫の完成度を一層高めているように感じました。
これは講談社学術文庫の編集者の方が優れた腕前なんでしょうね。
以上のように、色々と思い浮かぶことの多い優れた本だと思います。
そのうち、海外の史料から先ほど挙げた戦国時代負け組な家の人の名前が
ふっと見つかりますように。