ニート漫画「働かないふたり」にて、登場人物が誰も全容を把握できていないけどとても抒情的なサブストーリーが誕生していてかんたんしました。
以下、だいぶネタバレを含みますのでご留意くださいませ。
「働かないふたり」は、大きくはニートの石井兄妹が友達と楽しく遊んでほっこりするような作品でございますが、たまに深い内容が表現されることもあります。
今回取り上げる「旅をする木」は、連載ではサラッとだけ触れられつつ、単行本のオマケ漫画で肉付けがなされて、単行本6冊をかけて大きな物語が奥ゆかしく完結しているという。
そうとう読み込まないと気づかないのに抒情性が高いエピソードになっておりまして、人に紹介したくなってしまいました。
概要をかんたんに述べますと、
- 単行本14巻にて、石井兄が戸川さん(文学友達)に「旅をする木(星野道夫さん)」を貸す
- 単行本14巻にて、戸川さんがうっかり「旅をする木」を落としてしまう
- 単行本14巻オマケ漫画にて、女子高生が「旅をする木」を拾い、女子高生は友達へ「旅をする木」を貸す。「旅をする木」は友達の友達の友達へ……という感じに多くの人の手に渡っていく
- 単行本15巻にて、石井兄が戸川さんの書いた小説を正直に評価する
- 単行本16巻にて、石井兄が戸川さんへ、かつて正直に小説を評価したことで女友達を傷つけたことを告白する
- 単行本16巻オマケ漫画にて、かつて石井兄に傷つけられた女性「名取さん」が、「旅をする木」を貸してもらう。その「旅をする木」は、高校時代、石井兄に貸してもらった本そのものだった(カバー裏に日付メモが残っていた)
- 単行本17巻にて、名取さんが戸川さんの書いた小説を購入
- 単行本20巻にて、石井兄が中学時代の恩師増野先生と再会。増野先生は「旅をする木」を石井兄にくれた方だった
- 単行本20巻オマケ漫画にて、落とした「旅をする木」をいまも探している戸川さんに、以前拾った女子高生が声をかけ、貸した友達の貸した友達の……と連絡を取り続けた結果、戸川さんと名取さんが出会うことに
- 名取さんは、戸川さんから「旅をする木」の持ち主が現在ニートであること、戸川さんの憧れの存在であることを聞く
- 戸川さんが石井兄に「旅をする木」を返却する
という流れ。
「旅をする木」はじっさいに名著ですし、「働かないふたり」「石井兄」の空気感にもよく合っていると思います。
(星野道夫さんの文章は、とりわけ青年期の心に強く響くと思います)
「旅をする木 感想 命を見つめる姿勢、吉村昭さんと共通するもの」星野道夫さん(文春文庫) - 肝胆ブログ
名著が持つ力、読書が生むドラマが、こうした漫画で上手く表現されているのは稀有なことで、まことによいものですね。
単行本14~20巻のこうした展開の結果、
- 石井兄は「旅をする木」が名取さん経由で帰ってきたことを知らない
- 名取さんは石井兄と戸川さんの関係をうっすら知っているが、現在の石井兄の人物像について詳細を知らない
- 戸川さんは、石井兄と名取さんの高校時代のエピソードは知っているが、「本を返してくれた名取さん=石井兄の高校時代の女友達」であることは知らない
という面白い状況になっております。
面白いというのは、これからこの3人の関係がどうなるかという意味ではなくて(現在の名取さんには彼氏いますし)、「旅をする木」を介して展開されたドラマの全容を把握しているのは「働かないふたり」の読者だけ、しかも単行本を買っている読者だけという事実なんですよね。
こういう、「作品の登場人物は全容を理解できていないんだけど、読者だけは知っている」という演出、とても好きです。
抒情性の高い内容だけに、なおさら。
こうした表現を長い時間かけて実現できるのは、安定した人気作品だけだと思いますので、今後もメインのほっこり笑いの裏でこうした物語を仕込んでいただけますように。
ちなみに、戸川さん関係のエピソードは17巻がおすすめです。
婚活するかを石井兄に相談するくだりが激アツです。
稲森さんが泣く話も大好き。
20巻のオマケだと、「かました人再び その後」「高田と春子 その後」も好きです。
現実で、地道に幸せになるってのは、こうした流れが大事だと思います。
「働かないふたり 登場人物の変化(13巻感想)」吉田覚先生(くらげバンチ) - 肝胆ブログ