肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「横綱」武田葉月さん

 

武田葉月さんの「横綱」という本にかんたんしました。

 

kodanshabunko.com

 

 

 

歴代横綱22名のインタビュー集です。
生い立ちや力士としての経歴、当時・現在の心境などが
ありのままに綴られていて、大変興味深い内容です。

日頃相撲中継や相撲ニュースを楽しみにしている方は是非。


インタビューが掲載されている横綱は以下の通り。

45代 若乃花(初代)
48代 大鵬
49代 栃ノ海
50代 佐田の山
52代 北の富士
53代 琴櫻
54代 輪島
55代 北の湖
56代 若乃花(二代)
57代 三重ノ海
58代 千代の富士
59代 隆の里
60代 双羽黒
61代 北勝海
62代 大乃国
63代 旭富士
64代 曙
67代 武蔵丸
68代 朝青龍
69代 白鵬
70代 日馬富士
71代 鶴竜

なんて豪華な面子なのだろう。
故人となってしまったレジェンド横綱も多数含まれています。
胸がキュンキュンします。
こんなの読まざるを得ないじゃないか。

著者の武田葉月さんの、これだけのインタビューを実現された
手腕にはかんたんするばかりです。

 

22人それぞれの横綱観が語られている訳ですが、
皆が一様に横綱になった時から引き際を考えている」点が印象的でした。

 

横綱になれてよかった」とか、「やったぞ!」などという思いは、一つもなかったんです。
横綱になった途端に、私はやめることを考えましたね。大関だったら、もし陥落したとしても、努力次第でまた上がることができる。でも、横綱というものは、その使命を果たせなかったら、相撲をやめるしかない。果たして、そう簡単にやめることができるのか? と自問自答です。だから、これまで以上に、精進して努力するしか道はないんだと覚悟したんです。21歳なんて、普通だったらまだ学生なのにね。
(第48代横綱 大鵬幸喜

 

推挙されて、その後師匠(元横綱栃錦)に呼ばれました。
「もう、後は引退だけだよ。ダメなら、すぐやめなきゃいけないんだよ」
まるで、引導を渡されるように、そう言われたのです。
大関までだったら、成績が悪くても、番付が下がればそれで済む。でも、横綱は引退しかない。だから、今までぐらいの稽古じゃダメだよ。
師匠の言葉は、重く私にのしかかりました。
(第49代横綱 栃ノ海晃嘉)

 

師匠(元横綱千代の山)は、横綱に昇進した私に、「横綱とは、こうあるべきだ」などと言うことは、一切ありませんでした。ただ、ひと言だけ、「引き際をきれいにしよう」ということだけ。
(第52代横綱 北の富士勝昭)

 

伝達式が無事終わり、
「ああ、ついに横綱になったんだなぁ」
そんな実感が湧いてきた時、師匠(元横綱北の富士)が私のもとにやってきて、こうささやいたのです。
千代の富士、やめる時はスパッといこうな」
(第58代横綱 千代の富士貢)

 

横綱大関の違いを端的に説明すれば、たとえば横綱大関が崖っぷちに立たされたとします。それで、「あなた方は成績が悪いから、そこから飛び降りてください」と言われた時、大関なら百八十度翻って、「俺はイヤだよ」って戻ってこられるけど、横綱はそこから飛び降りなければいけないんです。
(第62代横綱 大乃国康)

 

皆が「いつかは辞めること」を強く意識し、覚悟しているのです。

横綱という立場の重さは、並大抵ではないのでしょう。
社長だとか、事務次官だとか、「あがり」と呼ばれるポストはたくさんあります。
でも、常に人の目に晒され、ファンやマスコミや横審には品性を問われ、
毎場所優勝争いに絡むことを求められ……。
自分の成したことがハッキリ成績という結果になって現れる、
新聞やテレビで大々的に報じられる。
個人競技である以上は環境や組織のせいにすることもできない。
こんなに「重い」ポストはそうはないのではないでしょうか。
しかもそれを背負うのは、まだ20-30代の若者なのです。

インタビューを読む限り、
横綱は素人の想像以上にファンやマスコミの評判を気にしており、
想像以上に怪我や病気に苦しんでおり、
想像以上にプレッシャーに苦しんでおられます。

 

言ってみれば、「(相撲を)投げてしまった」というのが本音かな。横綱として、休場して責任を果たせない部分もあったし、そういう自分にイライラしてしまって、一種のウツ状態だったのかもしれません。
(第50代横綱 佐田の山晋松)

 

やめた時は、ぐっすり眠れたなぁ。それまでは重圧で、ほとんど眠れなかったもの。
(第56代横綱 若乃花幹士(二代))


まして一人横綱ともなればそのつらさは想像を絶するものがあります。
最近の朝青龍白鵬を例にとっても、彼らは「もう一人の横綱」を渇望し、
白鵬日馬富士横綱昇進を待ちかねていた様子が感じ取れました。
自分の地位を脅かす者が出てくる恐怖よりも、
自分の責任を分かち合うものがいない恐怖の方が大きいのかもしれませんね。

 


これほどに大変な横綱の地位を獲得し、守ってきた方々の精神。

 

「こんちくしょう」(第45代横綱 若乃花幹士(初代))
「忍」(第48代横綱 大鵬幸喜
「心身練磨」(第49代横綱 栃ノ海晃嘉)
「グッとこらえてがんばる」(第55代横綱 北の湖敏満)
「一生懸命」(第61代横綱 北勝海信芳)
「宿命」(第69代横綱 白鵬翔)
「「心技体」の上に、「魂」がある」(第70代横綱 日馬富士公平

 

表現はさまざまながら、言わんとしているところは近いのではないかな、
と思います。

ちなみに、昭和の横綱の方々の中で、上記のような思いを口にしながら
朝青龍はいい」と褒めているケースが多かったのが微笑ましかったです。
著者の贔屓も多少は入っているかもしれませんが、
朝青龍の負けん気や我武者羅な努力は確かに凄かったと思います。
もっと彼の取り組みを見ていたかったというのが本音ですね。

 

でも、なんだろう。今、モンゴルで相撲とは違う仕事をしながら、僕はなんか日本というものに負けてしまったように思うのです。これは、横綱になった者、また僕だけにしかわからない感覚だとは思うのですが……。
(第68代横綱 朝青龍明徳

 

哀しくも深いことを仰います。
こういう台詞がたまに出てくるところも、朝青龍の魅力なのでしょうね。
時々ツイッターで面白いことを呟いてはりますが、
もし叶うならば大相撲中継のゲスト解説に来日してほしいものです。

 


長くなってきたので、印象に残った箇所をあと2点だけ紹介します。

 

それまでは、「北の湖、負けろ!」と言われていたのに、今度は「がんばれ!」だなんて。「ああ、もう俺もダメになってきたんだなぁ」と感じましたよ。
(第55代横綱 北の湖敏満)

 

このご発言……私は、どうしても白鵬のことを思い浮かべてしまいます。
白鵬関には、東京オリンピックまで……横綱在位10年以上まで……
絶対王者として、「憎らしいほど強く」あっていただきたいと願っています。

正直、白鵬休場の場所はピリッとした感じが足りないんですもの。
北の湖さんのファンもそんな気持ちだったのかもしれませんが、
白鵬がんばれ、まだいける!」と応援するのは寂しいです。

 

 

最後は、少し毛色の違う話です。

 

親父とお袋は、現役時代のわしを「子供」じゃなくて、「神さん」だと思っていたくらいなんですよ。横綱時代は、場所が始まれば、毎朝早く、わしの銅像にご飯を作って持っていって、真っ先にご飯をあげてから、自分たちが食事をしていたそうです。そういう両親をわしはとても尊敬していたし、この両親がいたからこそ、横綱にもなれた。そして、その後も道を踏み外さないで生きてこられた。
(第53代横綱 琴櫻傑将)


この50年、二世代くらいを経て、多くの人が失ってしまった感性ではないでしょうか。
いまの時代にマストで取り戻すべき姿勢とまでは言えないのだけれど……
その光景を思い浮かべてみれば、静かで、きれいな気持ちが湧いてくるように思います。

我々が受け継げなかったものの中にも、素晴らしいものがたくさんあった。
そういう風に考える謙虚さを持っていたいです。

 

 

まとめると、この本はおすすめだよ、ということであります。
懐かしい力士の名前もいっぱい出てくるので、相撲の歴史書としても値打ちものです。
いまなら文庫化したところで本屋さんでも入手しやすいと思いますよ。
稀勢の里のおかげで相撲本が売れているようで、この本も平積みされていました。

 


いよいよ始まった春場所、まずはどの力士も大怪我しませんように。
ファンやマスコミも軽々しく「4横綱時代、まず陥落するのはこいつでは」みたいな
引退勧告的発言をせず、本人の自主性を重んじてくださいますように。