めしばな刑事タチバナの江戸時代編がとても面白くてかんたんしました。
他の時代劇グルメ漫画の立場が危うくなるんじゃないかというくらいに。
紳士の相棒「週刊アサヒ芸能」で絶賛連載中。
ドラマ化もされていたので知名度はけっこうあると思います。
中年小太りの主人公「立花さん」が同僚や下手人相手にメシバナをするだけの漫画なんですが、坂戸佐兵衛先生による独自調査のクオリティ、旅井とり先生のどこか哀調を孕んだ作画の雰囲気、両先生に共通するのであろう往年の名作映画・ドラマ・漫画・音楽等に対するリスペクト精神などが相まって、極めてクオリティの高い作品に仕上がっています。
とくに一枚絵の構図やコマの間の取り方、登場人物の微細な表情など、旅井とり先生の絵はたいへん私好みでして。
既にコミックスは27巻。
キャラクター一人ひとりの造形も素晴らしいので、読者の様々なニーズに応え得るお化け漫画になってきています。
立花さんの膨大な食べものうんちくはもとより。
韮沢課長のストイックな食べ物趣味と家庭事情の行く末。
志波刑事の大阪トークと空回り芸。
丸山刑事の節約メシ話。
(“聖餐セット”は個人的にツボでした)
村中さんと代々木さんの百合関係。
ときどき遭遇する剣豪みたいなオヤジの圧。
ハードボイルド少年「ペペロンくん」の孤高。
冷凍食品好きの美少年ニート「コウちゃん」の崇高。
もはや主人公がいなくても話を回せるくらい各キャラがイキイキとしております。
作者お二人の守備範囲というか教養というかも相当に広いですね。
食べもの漫画でありながら、「食べもの以外」の話の質がめちゃくちゃ高いのがすごい。
グルメ漫画は急速に数を増やしておりますが、食べもののことしか描けない人と食べものを切り口に人間を描ける人とで明暗が分かれているように思います。
前置きが長くなりました。
この27巻では番外編的に、キャラクターたちの特徴をそのままに、舞台を江戸時代に移したスピンオフ的シリーズが収録されています。
1巻丸ごと江戸時代。
これはなかなか思い切った取り組みです。
江戸時代編はこれまでも何度か単発掲載されたことがありますので、おそらくそれらの評価がよかったんでしょうね。
アサヒ芸能購読者層の年齢をイメージしたら違和感ありません。
取り扱っている題材はそばや天ぷら、大福餅といった江戸時代的フードから、牛丼・カレーといった江戸時代になさそうな料理まで登場いたします。
当作品のファンならば、牛丼・カレーと挙げただけでどのキャラが出てくるのか想像がつくことでしょう。
恒例のサービスシーン付き辛味部女子会もありますよ。
というか、各キャラが違和感なく江戸時代に溶け込んでいるのは凄いことです。
これまでの連載でそれだけ人物の深掘りが進んでいた証拠なんでしょうね。
単行本の中で私のお気に入りは322話の「橘、納豆めしに目覚める」と325話の「橘、そうめんを食らう」。
納豆の話は、納豆の主な食べ方が「納豆汁」から「納豆めし」に変わっていく文化史の一幕を描いたものなんですが。
味噌汁に入れる「叩き納豆」の棒手振りを捨て、ご飯用の「粒納豆」を売る棒手振りに乗り換える客側の後ろめたい心理。
自分が捨てられたことを知った際の叩き納豆売りの親父の表情。
現代でもよく通っていた店から気持ちが離れるときに付きまとうあの感覚。
この辺の描写がすこぶる良かったです。
そうめんの話はただただ暑い日にそうめんをすするだけの話です。
それだけなんですが、
「……このところ俺たちのまわりでは」
「江戸ならではの料理や食べ物が次々と生まれてて」
「こっちも大はしゃぎで“意気”だ“野暮”だと」
「あれこれ大いに盛り上がらせてもらってはいるが」
「こうやって何も考えずに……」
「何百年も変わらない川っぺりの景色を見ながら」
「昔も今もこれからも変わらなそうな食べ物をひたすらすするのもいいんじゃないか……ってね」
という台詞。
実に風情があると思います。
素麺をすする際のダイナミックな作画といい。
ウンチク話に出てきた足利尊氏さんが「騎馬武者」ではなく「イケメン」の方であることといい。
※このニュースが報道される前の掲載ですよ。
足利尊氏の顔、これで決まり? 中世肖像画の写し発見:朝日新聞デジタル
尾道市重文の絹本著色足利尊氏将軍画像をもとに作画されたんですね。
江戸時代編の締めくくりに相応しい良エピソードでございました。
かくして、めしばな刑事タチバナはマンネリと上手に付き合いながら現在も好評連載中であります。
これからも安心安定良質なグルメ漫画として地歩を固めていってくださいますように。
「めしばな刑事タチバナ 31巻 感想 社会人百合に慄く」原作:坂戸佐兵衛さん / 作画:旅井とりさん(徳間書店) - 肝胆ブログ