表題の科学系な本が知的好奇心を刺激する内容で、よく考えると「せやろか」と思う部分も多いのですが「とはいえ全体として面白かったからいい本やな」と頷ける感じにかんたんしました。
本の裏側に書いてある説明が、中身をよく要約してはると思います。
創造主があらゆる生物を創りだしたとする説を退けたダーウィンの進化論は、人間社会にも当てはめることができる。戦争や経済改革など、少数の権力者によるトップダウンの統制は多くが失敗に終わっている。一方、世界的な所得の増加、感染症発生の減少、宗教の普及、通貨の流通、インターネットの発展などは、計画や設計とはかかわりなく自然発生的に起こっているのだ。社会の変化を進化論で説くボトムアップ世界の説明書
雑に言えば、政治家や経営者や発明者の“偉人性”の価値をあまり認めず、世の中は技術や文化が一定水準に達した段階で必ず次の時代に移るイノベーションを生み出すものだ、特定個人の企画やデザインなんかよりも自然発生的な世界の改善を当てにしようぜ人類の未来は明るいなハッハッハYEAH的な感じの本になります。
「創発」(ググってみよう)という近年じわじわ流行っている気がするキーワードが著者に愛されていたり、同じく古代ローマの「ルクレティウス」さんが著者から熱烈なラブを送られていたりしまして楽しいですよ。
当著で扱われているテーマは大変広いです。
宇宙、道徳、生物、遺伝子、文化、経済、テクノロジー、心、人格、教育、人口、リーダーシップ、政府、宗教、通貨、インターネット。これらすべてを、ボトムアップ、自然発生・あるいは自然淘汰的なロジックで説明してみるよ、という構成。
人類の文化を「進化」という観点で俯瞰してみせるという意気込みを感じますね。
本の全体を通じて
私たちは、人々や組織や機関がつねに主導権を握っているかのように、世の中の事柄を記述するが、多くの場合、実はそうではない。
進化は遺伝のシステムだけに限られてはおらず、道徳からテクノロジー、金銭から宗教まで、人間の文化に見られる事実上すべてのものの変化の仕方を、進化によって説明できる。人間文化のこれらの細流の流れは緩やかで漸進的で、何者の指示も仰いでおらず、創発的で、競合するアイデア間の自然淘汰に駆り立てられている。人々は、意図されていない変化の張本人というより、その変化に巻き込まれる犠牲者であることの方が多い。そして、文化の進化は、目的など頭にない者の、それでも数々の問題に対する実用的で巧妙な解決法を生み出す。
良いことは徐々に起こる。悪いことは突発する。そして何より、良いことは進化する。
といったスタンスで語られていますので、政治家や官僚や経営者や科学者や芸術家など、自らの力で世の中を変えている自信や意気込みや実績をお持ちの方が読んだら憤慨したり傷ついたりするかもしれません。
あらかじめそういう覚悟をもって読み進めるようにいたしましょう。
個人的には、文化、人口、宗教、通貨あたりの進化を語るパートが面白かったです。
文化、音楽などのアートの世界は進化論っぽく語りやすいので分かりやすいですね。前世代の音楽の進化があればこそ次の世代の音楽が生まれる。オルタナティブやフュージョンという概念自体が進化論的ですし。
人口のパートはいわゆる人口抑制政策や優生学的政策の愚かさを論じており、政治家などがイキッて特定の人を減らそうとするより世の中全体の食料や衛生の進化的改善を待った方が賢明だ的な内容です。科学的な説得力よりも共感力が高い章になります。
宗教のパートは正直進化論で充分説明できているようには見受けられなかったのですが、こうした独自の切り口で宗教論や迷信論を語ってはる方は少ないので読んでいて面白かったですね。
通貨のパートも同様に、進化論関係なく、イギリスにおける民営通貨の歴史解説が純粋に興味深かったです。
あれ、こうやって書きながら振り返っていると私あんまりこの本に納得できていないように思えてきたな。
全体としてはけっこう気が合うところも多かった印象なんだけど。
どの章、という訳ではないのですが、人類の歴史・発展を、特定の偉人のおかげではなく、状況や技術の積み重ねが先にあって、ちょうどよいタイミングでいわゆる英雄的な人がたまたま現れただけ、その人がいなくてもいずれ他の人が同じ偉業を成し遂げていただろう……的な感覚で読み取るの自体はけっこう好きですね。
政治家や宗教家の偉業は世論や世情が先にあってこそ、イノベーションは個々の基礎研究や技術発展の蓄積があってこそ、という。
こういう書き方をするとシニカルすぎるか。
私的には、マクロで世の中を見たらそうかもしれないんだけど、一方で時代の変わり目に火中の栗を拾ったような政治家や、確かにその時代の民衆の心を照らした宗教家や、多大な熱意を以て経営や研究やアートに取り組んだ方のことも好きなので、マクロな進化論だけで世の中を語っちゃうとやっぱり「せやろか」感が出ちゃうのかな。
人類全体の進化、自然淘汰をもたらすものはやっぱり個々人の試行錯誤の積み重ねがあってこそですし、その試行錯誤を生むのは個々人のミクロな気持ちがあってこそですからね。
書いてはる通り、人類全体の進化に力や希望を感じる。大きくはその通りだ。
一方で、個人個人の夢や熱や思いや苦悩を進化の過程の一パーツみたいに扱って捨象しちゃうと、結局は人類の進化を遅らせることになっちゃうんじゃないの、というところでしょうか。
特に根拠もない粗い感想ですけど。
そういう訳で、書いてあることを手放しに丸々受け入れるのには抵抗があるんですが、書いてあること自体は非常に面白く、頭の色んな部分を刺激されるので、楽しい本でございましたよ。
読んでいると著者さんとディスカッションしているみたいで純粋に楽しかった。
何より、著者さんの世の中を前向きに見ているスタンスが素敵ですし好き。
訳もよかったです。(表題は人数が多いので敬称略)
原文を読んだ訳ではないのですが、この本が読みやすいのは訳者さんが上手だからなんだろうな、と思い込めましたもの。
著者さんに負けず劣らずのご尽力に敬意を表します。
素人ながら、たまに科学っぽい本を読むと賢くなったっぽい気分になれていいですね。
そのうち、もう少しちゃんと勉強して、もう少しちゃんと賢くなれますように。