肝胆ブログ

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「戦国北条家の判子行政 感想」黒田基樹さん(平凡社新書)

 

平凡社の北条家新書を手に取ってみましたら、さいきんの後北条家内政研究を分かりやすく紹介いただけるとともに現代行政実務に通じるというレアな視点でのフィーチャーがなされていてかんたんしました。

 

www.heibonsha.co.jp

 

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禄(財産)と寿(生命)、まさに穏やかなるべし―。

戦乱の世に「禄寿応穏」をスローガンに掲げ、

五代一〇〇年にわたり統治を実現した戦国北条家は、判子文化、納税や裁判の制度、
公共工事など現代の統治システムの礎を築いた。

領国統治の仕組みから戦国大名国家と現代社会との継受性を明らかにする。

 

 

 

著者は後北条家研究で有名な黒田基樹さんです。

本当に著作数が多いですね。

近年の後北条家人気に大きく貢献されているのは間違いなさそう。

 

 

 

当著の構成は次の通りです。

 

はじめに――現代の統治システムの礎が築かれた戦国時代

 戦国北条家が一〇〇年続いたことの意義

 現代に続く「禄寿応穏」の世界

 北条氏綱の遺言状

 村落を貧しくしてはいけない

 現代の統治システムの原点


第一章 納税通知書と判子文化の成立

 納税通知書の発行は戦国中期から

 判子文化の起源は江戸時代

 北条家の初見の印判状

 虎朱印状が創設された背景

 村に出された配符の成立

 印判状の意味

 北条家の地位上昇と印判使用の拡大

 北条家の印判使用

 広がる印判状の文化

 印判状は直状と奉書

 花押代用印の普及

 

第二章 目安制が開いた裁判制度

 戦国北条家による開かれた裁判制度

 目安制の導入

 給人領への適用

 給人の租税賦課への適用

 目安制の全面展開

 評定衆による裁判制度

 下級役人の処罰の実態

 村落同士の紛争への適用

 

第三章 一律税率の設定と減税政策

 複雑な租税の仕組み

 戦国大名の「国役」

 天文十九年の公事赦免令

 税制改革の推進

 段銭・棟別銭の増徴

 

第四章 徴税方法の変革

 納税方式にいつ変化したか

 滞納分の債務化

 徴税方式から納税方式へ

 変更の契機と理由

 村役人制の成立

 小代官と名主の役割

 村役人制成立の意義

 

第五章 市場関与と現物納

 戦国大名が広めた市場への介入

 銭納から現物納へ

 撰銭という社会現象

 北条家の撰銭対策の開始

 現物納の採用と納法の制定

 代物法度の市場への適用

 現物納適用の拡大

 収取機構の確立

 

第六章 「国家」への義務の誕生

 「御国のために」という言説

 北条家存亡の危機の認識

 「御国」の大事

 「御国」のため、村のため

 「御国」論理の構造

 「人改令」の発令

 民兵動員の要請

 動員の実態

 動員対象の拡大

 

第七章 公共工事の起源

 公共工事の源流は「国役」

 中世は受益者負担

 大普請役の仕組み

 「末代請切普請」の導入

 葛西堤防の工事

 荒川堰の工事

 災害対応から生まれた公共工事

 

おわりに――戦国大名と現代国家のつながり

あとがき

主要参考文献

 

 

内容は詳しい人であればなんとなく分かるかもしれませんが、おおきくは「北条家スゲェ」となるやつたちです。

後北条家の内政は進んでいるとか研究が進んでいるとか聞いたことがある方は多いと思いますので、200ページ強の新書でそれらのエッセンスをスッと学べるのはお値打ちと言えるでしょう。

 

こういう行政実務的な内容って、戦国時代好きの中でも興味のあるなしがかなり分かれるんじゃないかなとは思いますけど、ある意味では人の殺害方法だとか騙す方法だとかよりも現代人にとってなじみ深いテーマですから、個人的には読んでいてとても楽しいです。

この本では、身分の違いと書札礼、民衆の撰銭と大名権力の介入といった、戦国時代でよく耳にするけどややこしくて取っつきにくい……感のある話題を分かりやすく説明してくれているので、戦国時代に興味を持ち始めた方にもニコニコおすすめできる感じになっていますよ。

 

 

この本で力説されている「戦国時代、現代に通じるものを生み出したのは織田信長さんや豊臣秀吉さんだけではない、むしろ北条家が遺したものも数多いのだ」という視点を行政実務面での解析から主張されているのは新鮮で実にいいなあと思います。

 

確かに歴史の研究は中央の政権がどうこうという視点になりがち(室町幕府末期の研究はなぜか遅れていましたけど)ですが、行政、働き方、経済構造、街道、水利、文化……といった様々な面で現代に続いているものを遺された方は各地に多くいらしゃいますので、この本が参考になるという各地の大名ファンも多いんじゃないかなと。

 

 

 

 

という訳で、当著の中身についてはただただ「分かりやすく色々教えてくれてありがとうございます」「北条家スゲェ」という感じなのですが。

 

 

関西人かつ戦国時代素人の自分としては、北条家をモデルに戦国大名を「領域国家」として位置付ける戦国大名論が完全にまだ腹落ちしていない面もあり、この辺はもっと各地の戦国時代を勉強していかないとなあという気持ちを新たにしました。

 

戦国時代について、各地の大名領国が「独立国家だった」「領域国家と言えるだろう」的なことを強く主張する方もいれば、「意外と中央政権の権威や情勢はみんな気にしていた」「日本全体としてとか、足利将軍はめっちゃ大事とか、そういう価値観も意外とあった」みたいな主張もあって、この辺の多層的かつ地域ごとにムラッ気のある価値観を、自分なりにもう少しビビッドに掴んでみたいもんだなあと。

 

ひらたく言うと、北条家の行政実務が素晴らしいこと、おそらく畿内や西国の戦国大名は(今後研究が進んだとしても)北条家の行政レベルには達していないんじゃないかなという予感、をありありと感じるだけに、「北条家スゲェ」は素直に受け入れられるんですけど、北条家(やご近所の今川家や武田家)をモデルに「戦国大名や戦国時代はこうなんだ」となると「マジッすか」「それ一流大名しか映らないやつ違います?」感が出てくるという感じです。

 

逆に、東国の戦国大名からしたら「中央で室町幕府克服を進めた三好家や織田家が戦国時代では重要だよね」とか言われたら「ハァ?」ってなるでしょうし、「大航海時代宗教改革といった世界史と繋がっているスケール感が欲しいよね。石見銀山さいこう!」とか言われても「……そっすね」となるでしょうから。

 

要は、北条家の行政レベルの高さは、それくらい尖り過ぎている事例で、戦国大名一般を語るのに実はあまり向いていないんじゃないかという。

 

……いちばん「ふつう」「標準的」な戦国大名って何家なんでしょう?

 

 

本当に、戦国大名とか戦国時代とか軽々しく日ごろ口にするような言葉ひとつとっても実は定義づけが難しいですねまいるわ楽しいわあという気持ちになりました。

 

 

 

何はともあれ、これだけ研究成果も史実の事績もハイレベルな後北条家ですから、そのうち大河ドラマとかになってもっと一般知名度が上がるといいですね。

著者あとがきで北条氏康さんの実績が世に知られていないことを嘆いておられましたが、実際に北条氏康さんは

  • 現代に続く統治システムをつくった(当著力説の通り)
  • 関東の中世武家秩序である足利氏・両上杉氏を克服した(これには畿内戦国史ファンもうっとり)
  • 戦での大活躍がある(これには里見家ファンもドキドキ)
  • ライバルが魅力的(これには山梨県民も新潟県民もニッコリ)
  • 良質な史跡もたくさん(これには城郭マニアもエクスタシー)
  • 家族仲が最後までいい(これには今年の大河ドラマファンもびっくり)

 

等々、いくらでも美点を数えあげられるお人ですから、なんで知名度が上がりきらないのか不思議なくらいです。

 

 

 

北条家の研究がますます戦国時代全体の研究をリードしていただきつつ、研究の世界だけに留まらないで一般的な知名度も獲得されていきますように。