肝胆ブログ

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「草枕 感想 那美さんは男性向け恋愛コンテンツの一原型ではないか」夏目漱石さん(青空文庫)

 

青空文庫夏目漱石さんの草枕を再読しましたら、昔読んだときは高尚な芸術論的作品のように思えたのに、今読んだら「これは一種のTo Loveるとして読んだ方が面白いのではないか」という風に思えまして受容体たる己の精神的変化にかんたんしました。

 

www.aozora.gr.jp

 

 

有名な作品ではありますが、取っつきづらい内容なので読んだことがある人はあんがい少ないかもしれません。

 

あらすじとしては、

画家の主人公が温泉に行きまして、出戻りお嬢様の「那美さん」や床屋や寺の住職と交流したり、那美さんの従弟の出征を見送りに行ったりする、

というだけの流れです。

 

物語としての明瞭な筋はなく、何かの事件を解決したりとか那美さんと恋愛関係になったりとかはありません。

主人公が脳内で複雑な芸術論を考えまくるパートと、一転して軽快な会話パートとを読み進めてみようという作品であります。

個人的には夏目漱石さん独特の格調高い風景描写やテンポの良い会話描写がけっこう好きです。

 

 

 

主人公は冒頭の有名な文章

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 

で端的に表れているように、近代的な都市文明、更に言えば「人情」そのものに倦んでいるやれやれ系の意識高いキャラクターです。

人情渦巻く都市から離れて、人っ気の少ない山深き温泉宿へ避難してきた感じですね。

画を描きに温泉場に来たはずが特に何をするでもなくぷらぷらしている辺り、自分に対する言い訳が上手いタイプでして、明治時代の読者よりもあんがい現代の読者の方が親近感を覚えるかもしれません。

 

 

一方、ヒロイン?の那美さんは温泉宿のお嬢様で、

  • 京都に好きな男がいたが
  • 地元の金持ちの男と結婚し
  • 結婚相手が没落したので実家に帰って来た
  • 周りからは薄情とか頭おかしいとか噂されている
  • 美人で
  • 巨乳で(乳が湯にふっくらと浮かぶ)
  • ほほほほホホホホと笑う

 

というキャラクターでございまして。

 

 

素直に小説を読むと、画の題材としての那美さんのあり様、西洋的芸術では表現し得ぬ那美さんの表情……的な芸術論的テーマを体現するような人物なのですけれども。

あらためて草枕を読んで、芸術論的なパートをすっ飛ばして主人公と那美さんの絡みだけに注目すると……

 

  1. 温泉宿に向かう途中、茶店で那美さんの噂話を聞く①
  2. 温泉宿初日の深夜、外で歌っている那美さんの姿を目撃する②
  3. 主人公が眠っている部屋に那美さんが入ってきた気配がある③
  4. 翌朝の風呂上り、那美さんが突如現れ濡れた身体に着物をかけてくれる③
  5. 温泉宿の下女から那美さんの噂話を聞く①
  6. 那美さんとアートな会話をする④
  7. 床屋と小坊主から那美さんの噂話を聞く①
  8. 那美さんが(嫁入り時の)振袖姿をちらりと魅せてくれる②
  9. 風呂に入っていたら那美さんが入ってくる③
  10. 那美さんと文学な会話をする④
  11. 那美さんから「身投げして往生した姿を画に描いて」と頼まれる②
  12. 馬子から那美さんの先祖に関する噂話を聞く①
  13. 那美さんが別れた夫と会っているのを目撃する⑤
  14. 那美さんと画の題材としての会話をする④
  15. 那美さんが別れた夫に向けた「憐れ」の表情を目撃する⑤

 

という流れになりまして。

 

整理すると、

 ①ヒロインに関する噂話

 ②ヒロインの神秘的な姿(からかわれている感もあり)

 ③ヒロインとのセクシーなイベント

 ④ヒロインが自分に理解や興味を示してくれる

 ⑤ヒロインが普段見せない表情(嫉妬要素もあり)

 

という要素がバランスよく散りばめられていることが分かりますね。

 

しかも、男性側は基本的に受け身で、温泉宿に滞在しているだけで那美さんイベントが次々に発生してくれるという状態なのです。

これは草枕メモリアル。

恋愛小説ではないんですけど、構成要素だけを抽出すると、現代の男性向け恋愛コンテンツとすごくフックが共通していると思いませんか。

たぶん明治時代の男性読者も、読んだ感想としては「温泉行ってみようかな」「那美さんいいよね……」「続きを書け」「つぶさに書け」あたりが大勢を占めていたんじゃないかなあと。

 

あんがい夏目漱石さんとしても、ご自身の経験や考えている事柄を様々詰め込んだ結果、もともと頭がいいだけにこのような格調高い文化芸術論的な作品になっちゃっただけで、ベースは「露天風呂でうっかり男女が遭遇しちゃうジャンル」への熱いパッションを籠めた作品だったりするのかもしれない。

三四郎」でも風呂に女性が入ってくる描写があった気がしますし、ていうか夏目漱石さんの実体験でもそういう話があったそうですし、これ系のシチュエーションもの好きでしょ? 感がすごいぞ。

 

 

草枕は一見難解で真面目な作品でありながら、内容(の一側面)は現代の男の子ウケする要素がふんだんなので意外と面白いんだよさすが夏目漱石さんということで。

 

昔「こころ」が榎本ナリコさんの手でコミカライズされたことがありましたし、同じように「草枕」もそのうち(セクシー面含め)画力と表現力の高いコミカライズがなされますように。