中公新書から出ていた「御成敗式目」が非常に面白い新書でかんたんしました。
御成敗式目成立前後の政治状況、
御成敗式目成立の前提となる荘園史、
御成敗式目の具体的な内容と運用、
そして御成敗式目が武士以外の世界や後の世でどのように受容されていったか等、
内容が多岐にわたりますので知的好奇心があちこち刺激されるのが楽しいですし、中世史好きの方だけではなくて法制史や女性史や室町時代以降の歴史が好きな方にもすすめたいですね。
中世史に興味のある方は、同じ中公新書から出ている「荘園」と一緒に読むといいんじゃないかと思います。
御成敗式目は一二三二年、鎌倉幕府三代執権の北条泰時により制定された。源頼朝以来の先例や武士社会の道理(慣習や道徳)に基づくとされ、初の武家法として名高い。主たる対象は御家人だったが、その影響力はやがて全国規模に拡大する。画期的と評されるこの法はどのように生まれ、なぜ広く知れ渡ったのか。主要な条文を詳しく解説し、受容の実態や後世への影響を視野に、「最も有名な法」の知られざる実像を明かす。
章立ても引用しておきますと、
第一章 中世の「国のかたち」
第二章 「有名な法」の誕生
第三章 「道理」の法
第四章 五十一箇条のかたち
第五章 式目は「分かりやすい」のか
第六章 女性と「もののもどり」
第七章 庶民と撫民
第八章 裁判のしくみ
第九章 天下一同の法へ
第十章 「古典」になる
第十一章 現代に生きる式目
と。
この手の書籍に詳しい方なら構成もイメージされやすいんじゃないかと思いますが、冒頭に書いた通り序盤は御成敗式目成立前後の政治状況、中盤が式目の内容、後半が式目が武士以外の世界や後の世においても受容されていく様、という流れです。
詳しくは本著を読んでいただければと思いますが、法律としての条文構成、相続関係の条文、刑罰関係の条文、身分関係の条文、訴訟手続きの流れ等々、純粋な法律論としてもなかなか面白く、現代の法律をつくる人・運用する人にとってもいい刺激になるんじゃないかと思います。法律に限らず、組織内の規程制定・運用にかかわるような実務家さんたちも読んでみると苦労はいつの時代も同じやなギブミー北条泰時的上司と思えて癒されるんじゃないでしょうか。
そうした式目の中身もたいがい興味深いのですが、
式目が当初の想定を超えて広く運用・追加・受容されていく流れもとても面白い。
東国の御家人を統率する存在だった鎌倉幕府の統治範囲が徐々に広がっていったこと、鎌倉時代の人物や先例が古典として語り継がれていったこととまさしく歩調を合わせているようで、ほんまに生きた法律やなという印象を抱きます。
源頼朝の段階では、朝幕関係をはじめとして社会の中の様々な矛盾に自制的な態度をとり、「一線を引く」ことで、統治にともなうリスクとコストを抑えることのできた幕府権力だったが、鎌倉後期には社会の側から求められるままに社会の中の諸矛盾に関わりを深めていくことになる。上は皇位継承問題から、下は悪党問題まで。これが一三三三年(元弘三年)滅亡への始まりであった。
法制史に連なる当著からこのような文章が出てくると、行政機能や本社機能の肥大化に悩む現代人もドキドキしてしまいますね。法律やルールを整備する→実際の運用ではいろいろ起こる→法律やルールが追加されていく→幕府や行政や本社の役割が肥大化していく→上手くいかんくなってきてヘイトが集まる→反乱・分裂・滅亡……みたいなん、人類に与えられた課題の中でも特に難儀なやつやと思いますわ。
なんとかならんもんすかねえ。
式目の文章は決して分かりやすいものではない、法律として解釈が一意に定まるようなイケてる文章でもないとしながら、式目自体が非常に有名になったために式目に書かれている言葉が流行語になっていったっぽい(「悪言」でなく「悪口」など)……というような現象も読んでいて楽しいですね。
真偽不明な言説も含め、後の室町時代や江戸時代や明治時代や現代のいろんな方々がいろんな解釈を御成敗式目に求める姿も人間の営みっぽくて面白い。
式目五十一箇条も巻末に載せてくださっていますし、こんな良著が1000円しなくていいの? と思えるくらい、価値が値段を激超えしている一冊だと思います。
ラーメンにチャーシュー乗せたら1000円超える世の中で、何時間も楽しめる御成敗式目を解きほぐした本が1000円しないというのは、見方を変えればラーメン以上に御成敗式目が現代でも親しみやすく普及しているということなのでしょうか。「道理」好きの北条泰時さんがこれを見て喜んで涙を流すのか悲しんで涙を流すのか気になるところです。
中公新書さんの本は本当にお値段以上過ぎると思うのですが、これからも志高い編集者さんたちがよい経営を続けてくださいますように。