交易の世界史という、交易の観点から世界史の流れを追った書籍のダイナミックかつ巧みなレトリックっぷりにかんたんしまして、どこかで同じようなテイストの本を読んだことがある気がするなあと考え込んだところグラップラー刃牙だわと思い至りました。
目次は次のとおりです。
上巻
はじめに
第1章 シュメール
第2章 貿易の海峡
第4章 バグダッド―広東急行――一日五ディルハムで暮らすアジア
第5章 貿易の味と貿易の虜
第6章 貿易の病
第7章 ヴァスコ・ダ・ガマの衝動
下巻
第8章 包囲された世界
第9章 会社の誕生
第10章 移植
第11章 自由貿易の勝利と悲劇
第12章 ヘンリー・ベッセマーが精錬したもの
第13章 崩壊
第14章 シアトルの戦い
上下巻あわせて700ページほどを使い、壮大な人類の交易史を説いてくださります。
世界史を700ページで説明するのはもとより無理がありますから、ある程度は因果を単純化して書いていたり、たぶん専門の歴史学者や経済学者が見たら「そうか?」と思いそうな部分が含まれたりしている気もいたしますが、それはそれとしてダイナミックな通史を読む楽しさが充分味わえますので、個人的にはオーライです。
少し前にヒットした「銃・病原菌・鉄」という本と方向性が似ているかも。
基軸は、ざっくりと
上巻は「欧州vs中東・アジア」、ヴァスコ・ダ・ガマの登場により欧州の大航海時代がイスラム商人やアジア商人に勝利するまで。
下巻は「自由貿易vs保護貿易」、確かに格差は生むし治安悪化のリスクも孕むけど、保護貿易よりは自由貿易の方がマシだよね。
となります。
著者は基本的に欧米びいきで自由貿易びいきな印象ですが、その上で文章表現が上手くて、ライバルサイドの「イスラム商人」や「保護貿易主義者」をかなり魅力的に書いてくれているので、極端に偏ったオピニオンにはなっておりませんのでご安心を。
と言いつつ、農業生産者等の関税・保護を求めがちな方々を若干煽っているきらいもありますのでその点はご留意ください。
個人的には、農協の人とか農水省の人とかが読むとかえって新鮮でいいんじゃないかなとは思いますが……。
面白いか面白くないかで言えば、世界史を力技で通史語りしているのだから面白くないはずはないですよね。
その上で、こうした通史の書き方って、著者の個性がもの凄く出ると思うのですけど、この本はグラップラー刃牙とどこかテイストが似通っていていいんですよね。
以下、この本の特徴と、対比する板垣恵介先生レトリックを紹介しますと。
- 「交易」を人類の本能に根差した行為として位置付けている
⇔「闘争」を人類の本能に根差した行為として位置付ける刃牙シリーズ - 説得力を増すために、しばしば引用される各界有識者のコメント
⇔刃牙シリーズのインタビュー表現 - ライバルサイドのイスラム商人や保護貿易主義者を魅力的に描く
⇔カマセであろうと魅力的にキャラを掘り下げる刃牙シリーズ - 食べもの飲みもの描写が妙に優れている(コーヒー等)
⇔食べもの飲みもの描写が妙に優れている(ナポ…モニュ…モグ…) - ダイナミックな展開と豊富なウンチク、巧みな表現で説得力を確保
⇔ダイナミックな展開と豊富なウンチク、巧みな表現で説得力を確保 - 伝説的な逸話もどんどん採用
⇔伝説的な逸話もどんどん採用 - テーマはシンプルに「どっちが良いか」
⇔テーマはシンプルに「どっちが強いか」
等と適当に書きましたが、じっさい読み味はかなり似ていると思いますので刃牙シリーズが好きなビジネスパーソンなどにはおすすめしたいところであります。
その他、個人的なツボとしましては、アラビア・フェリックス(幸福のアラビア……香料の産地)の“フェリックス”って、そうか、スッラさんのフェリックスと同じフェリックスだわと気づけたのが嬉しかったです。
あとは、リチャード・コブデンさんのヒーローっぷり描写が素晴らしいですね。
ここまでコブデンさんを格好良く書いた本もなかなかないと思います。全体的に19世紀の交易経済についての記述が充実していますので、界隈に興味がある人はご覧いただくといいんじゃないでしょうか。
冗談みたいなことばかり書きましたが、この本で描かれている
「交易は国家間の平和に繋がる」
「交易は国内に敗者を生む(他国商品に負ける自国生産者等)」
「社会保障等で格差を補いながら、徐々に自由交易を広げていく/関税を減らしていくのが望ましい」
という主張は、賛成するにせよ反対するにせよ、現代人が避けて通れないテーマですから、考えるきっかけのひとつとして当著は優れていると思います。
一般的には「経済優先の人=社会保障を減らそうぜという人」のイメージが強いと思いますので、当著のような「経済を優先するならむしろ社会保障を厚くするべき」という思想は耳に優しいですしね。
人類がマクロな経済的成長を果たしつつ、ミクロな個々人の不遇にも寄り添えるような英邁さを手に入れることができますように。