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小説「蒲生氏郷 感想 葛西大崎一揆の描写が好き」幸田露伴さん(青空文庫)

 

幸田露伴さんの小説「蒲生氏郷」を青空文庫で読みまして、もともとぼんやり好感を抱いている蒲生氏郷さんのことを一層好きになれたり、当然出てくる豊臣秀吉さんや伊達政宗さんや前田利家さんの描かれ方もそれぞれ素敵だったり、葛西大崎一揆の当事者にとっての緊迫感を一流の筆致で描かれている希少さであったりにかんたんしました。

幸田露伴さんの戦国時代もの面白いじゃないか。もっと知られていてもいいのに。

 

www.aozora.gr.jp

 

 

幸田露伴さんといえば明治時代に活躍した文豪さんで、娘の文さんによれば面白いお父さんだったことでも知られている人物ですね。

 

格調高い文語体小説のイメージが強かったんですけれども、こちらの「蒲生氏郷」は江戸っ子べらんめえな気っ風のいい語り口で戦国武将のあれやこれやを語らってくれる作品ですので、漢字や単語の戦前っぽさにさえ慣れればさくさく読み進めていけることでしょう。

 

(ガチ歴史ファンからはいい顔されないかもしれませんが)幸田露伴さんの独断と偏見で戦国武将の気持ちを代弁しまくったり、転じて露伴さんの生きた時代の日本をからかってみたり、長々と脱線して雑談したりするのが楽しそうに文章を書き進めているのが明らかでこちらの気持ちも楽しくなってくるのであります。

 

 

好きな文章をいくつか引用してみますと。

 

債権無視、貸借関係の棒引、即ち徳政はレーニンなどよりずっと早く施行された。

 

たぎり立った世の士に取って慚ずべき事と定まっていたことは何ヶ条もあった。其中先ず第一は「聞怯じ」というので、敵が何万来るとか何十万寄せるとか、或は猛勇で聞えた何某が向って来るとかいうことを聞いて、其風聞に辟易して闘う心が無くなり、降参とか逃走とかに料簡が傾くのを「聞怯じ」という。聞怯じする奴ぐらいケチな者は無い、如何に日頃利口なことを云っていても聞怯じなんぞする者は武士では無い。

 

信長は鶴千代丸を見ると中々の者だった。十三歳といえば尋常中学へ入るか入らぬかの齢だが、沸り立っている世の中の児童だ、三太郎甚六等の御機嫌取りの少年雑誌や、アメリカの牛飼馬飼めらの下らない喧嘩の活動写真を看ながら、アメチョコを嘗めて育つお坊ちゃんとは訳が違う。其の物ごし物言いにも、段々と自分を鍛い上げて行こうという立派な心の閃めきが見えたことであろう、信長は賢秀に対かって、鶴千代丸が目つき凡ならず、ただ者では有るべからず、信長が婿にせん、と云ったのである。

 

足利以来の乱世でも三好実休太田道灌細川幽斎は云うに及ばず、明智光秀豊臣秀吉武田信玄上杉謙信も、前に挙げた稲葉一鉄伊達政宗も、皆文学に志を寄せたもので、要するに文武両道に達するものが良将名将の資格とされて居た時代の信仰にも因ったろうが、そればかりでも無く、人間の本然を欺き掩おう可からざるところから、優等資質を有して居る者が文雅を好尚するのは自からなることでも有ったろう。今川や大内などのように文に傾き過ぎて弱くなったのもあるが、大将たる程の者は大抵文道に心を寄せていて、相応の造詣を有して居た。

 

すると是は又何事であろう、やがて氏郷の眼からはハラハラと涙がこぼれた。家勝は直ちに看て取って怪しんだ。が、忽にして思った、是は感喜の涙であろうと。蟹は甲に似せて穴を掘る。仕方の無いもので、九尺梯子は九尺しか届かぬ、自分の料簡が其辺だから家勝には其辺だけしか考えられなかった。然しそれにしては何様も様子が腑に落ち兼ねたから、恐る恐る進んで、恐れながら我が君には御落涙遊ばされたと見受け奉ってござるが、殿下の取分けての御懇命、会津四十二万石の大禄を被けられたまいし御感の御涙にばし御座すか、と聞いて見た。自分が氏郷であれば無論嬉し涙をこぼしたことであろうからである。

 

氏郷が会津四十二万石を受けて悦こばずに落涙したというのは何という味のある話だろう。鼻糞ほどのボーナスを貰ってカフェーへ駈込んだり、高等官になったとて嚊殿に誇るような極楽蜻蛉、菜畠蝶々に比べては、罪が深い、無邪気で無いには違い無いが、氏郷の感慨の涙も流石に氏郷の涙だと云いたい。それだけに生れついて居るものは生れついているだけの情懐が有る。

 

秀吉は氏郷政宗に命令して置いた。新規平定の奥羽の事、一揆騒乱など起ったる場合は、政宗は土地案内の者、政宗を先に立て案内者として共に切鎮めよ、という命令を下して置いた。で、氏郷は其命の通り、サア案内に立て、と政宗に掛らねばならぬのであった。其の案内人が甚だ怪しい物騒千万なもので、此方から差出す手を向うから引捉んで竜宮の一町目あたりへ引込もうとするか何様かは知れたもので無いのである。此の処活動写真の、次の映画幕は何の様な光景を展開するか、タカタカ、タンタン、タカタカタンというところだが、賢い奴は猿面冠者の藤吉郎で、二十何万石という観覧料を払った代り一等席に淀君と御神酒徳利かなんかで納まりかえって見物して居るのであった。しかも洗って見れば其の観覧料も映画中の一方の役者たる藤次郎政宗さんから実は巻上げたものであった。

 

 

等々、江戸っ子らしい威勢とリズムの良い文章がこころよいでしょう。

 

その上で、本編では蒲生氏郷さんや伊達政宗さんの来歴や逸話、葛西大崎一揆の顛末、いかに蒲生氏郷さんの任務が難しいものであったか、等々を講釈調に楽しく語ってくださいますので、まあ読み終われば登場人物への愛着が増すに違いないでしょうという仕上がりなのです。

 

伊達政宗さんのコンテンツは現代でも溢れかえっております一方、蒲生氏郷さんのコンテンツってありそうであんまりないので、滋賀や松阪や会津の人は一読してみる値打ちがふんだんにあると思いますよ。

 

 

史実研究がどんどん進む世の中ですので、同時並行で幸田露伴さんのような一級クリエイターが現代においても魅力的な歴史ものコンテンツをどんどん創作していってくださいますように。