肝胆ブログ

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まんがで読破「雇用・利子および貨幣の一般理論 感想」ケインズさん / 漫画:Team バンミカス、トーエ・シンメさん(イースト・プレス)

 

図書館で何気なく借りたケインズさん漫画が予想外のおもしろさで、大学生とか新社会人とかに読ませてあげたらええんちゃうかという感じにかんたんしました。

 

www.eastpress.co.jp

 

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第一次世界大戦で疲弊しきったイギリス経済は、失業率25%という大不況にあえいでいた。
しかしこの国家の危機にも、経済学の主流である「古典派経済学派」は古い価値観にとらわれ、「いずれ時が解決してくれる」という姿勢から離れない。
経済学者として、また財務官僚として一級の感覚を持っていたケインズは、この状況に疑問を持ち、そしてひとつの結論に達する。
「不況が経済理論どおりに解決しないのは、イレギュラーな事態だからではない。経済学そのものが、発展した社会から取り残されているからだ!」
ケインズは全精力を傾け、現代の社会に対応した経済理論を開発する。
それこそが、いまや経済学の教科書となった『雇用・利子および貨幣の一般理論』なのである。
経済学を「近代」から「現代」へ一気に進化させた革命的な一書を、マンガ化。


【もくじ】
プロローグ
1章 古典派経済学の問題点Ⅰ──失業の定義
2章 古典派経済学の問題点Ⅱ──供給重視から需要重視へ
3章 古典派経済学の問題点Ⅲ──実質賃金と名目賃金
4章 有効需要──雇用と物価について
5章 限界消費性向・乗数理論──収入、貯蓄、投資について
6章 流動性選好理論──利子率とお金について
7章 公共事業──不況時の財政出動と雇用について
8章 モラル・サイエンス
エピローグ

 

 

 

内容は原著を直訳的に漫画化した訳ではなく、評伝というか、ケインズさんの人生を紹介しながら彼の経済理論を紹介していく、という組み立てになっています。

 

 

全編を通じてケインズさんの妻であるリディア・ロポコワさんがナビゲートしてくれるのですが、彼女の漫画的なデフォルメがなされたコケティッシュさが大変魅力的でして、夫婦もの漫画としてもなにげに完成度が高いのが見過ごせません。

 

この「まんがで読破」シリーズ、何冊かを読んだことがありますし、当著の漫画化を手掛けた「Team バンミカス」「トーエ・シンメさん」の作画も見たことがある気がするのですけど、特にこの本で描かれているリディアさんや往年のロンドンの風景、車やパブ「シャーロック・ホームズ」等々の作画は筆が乗っていてイイと思う。

ベタ、ページ内の黒い部分の魅せ方がおしゃれなんですよね。

 

 

 

メインの内容はよく知られているケインズ経済学そのもので、私も専門ではないので数式等詳しい中身までは理解していませんけど、つい最近まで各国がやっていた金融緩和政策(含むアベノミクス)の理論的背景がよく分かるので、経済学の入門本としてもいいんじゃないでしょうか。

 

  • 労働者の賃金を下げても雇用は増えない
  • 物価が下がったら景気は良くならない
  • 物価が上がった方が、消費者の実感とは逆に、景気は良くなる
  • 皆が貯蓄すると景気が悪化し、皆が散財しまくると景気が良くなる
  • 利子率を下げた方が投資が増えて景気やGDPが良くなる
  • 利子率を下げるためには国が金融緩和や公共投資をやりまくると良い

 

などなど。

 

 

「労働者は実質賃金と物価の関係性など考えてはいない!!

 彼らが見ているのは給料明細の額面! 名目賃金だ!!」

 

「もし男が女の買い物にイライラしなくなったとき

 この世のあらゆる苦難を耐え忍ぶことができるんだ!」

 

「不況を吹き飛ばすのはぼくらひとりひとりの行動だ!

 神様の出る幕はないね!」

 

「公共事業はムダであってもいいんだ」

「ピラミッド建設なんてどうだ?

 あれほどムダな建造物ってちょっとないと思うぞ」

 

 

といった威勢のいい(そしてやや危ない)名言も多くて読んでいて楽しいっす。

 

 

 

全体を通じて、ケインズさん当時の「世界恐慌・失業問題」「国際間の貿易競争の激化が世界大戦を生む」に立ち向かう姿勢を縦軸にしていますし、ケインズさん風の経済合理性を前面に出したモラルの良さが輝いていますので、良心や徳性を感じることの多い、経済学部生や若手社会人のモチベーションを高められそうな点も効能だと思います。

 

 

ただ、その上で私のさいきんの雑感をひとつ添えるとすると、こうしたあふれる知性を前提にした良識やモラルが世の中に広がっていくと、知性に乏しい(と見做された)人が置いていかれたり不満を持ったりする世の中になるんじゃないかなあという肌感覚もありますね。

なんとなくこの10年ほどずっと、反知性というか脱知性というか、頭がいいとされる人を冷やかに見つめる潮流が世界的に横たわっている気がいたしますし。

 

ケインズさん当時から、経済の課題が失業問題から、人口減を補う生産性の確保、そして高生産な人と低生産な人とのギャップ克服にシフトしていっていますので、求められる対策も徐々にマクロ的な政策から個々の事業政策、あるいは福祉政策にシフトしていくのでしょうから、ケインズさん以降の経済学をより学際的に補整・発展させた価値観や論説がそのうち出てきて、広まったり実践されたりしていくんでしょうね。

私の頭ではこれからどんな世の中になっていくのか正直分かりませんが、なんしか楽しみなことでありますし、置いていかれる人が極力少なかったらいいなと思います。

 

 

 

「経済」の語源通り、経済学の発展による恩恵が一部の範囲に留まることなく、広く世の中の苦しみを和らげ救いをもたらすものでありますように。

 

ケインズさんもアローさんも、あるいはケインズさん以前のアダム・スミスさんとかも、理論に違いはあれども、本を読んでいると共通して善意とか倫理観とかを強く感じられるのがいいですね。