肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

「尊厳――その歴史と意味 感想」マイケル・ローゼンさん / 訳:内尾太一さん・峯陽一さん(岩波新書)

 

ワンピースの過去編等で破壊されがちな「尊厳」という言葉、最近耳にすることが増えたなあと思い、岩波新書の「尊厳」という本を読んでみたら思いのほかガチな哲学本で難しくて濃厚でしたが、書いてあることはいい内容でかんたんしました。

 

www.iwanami.co.jp

 

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「尊厳」は人権言説の中心にある哲学的な難問だ。概念分析の導入として西洋古典の歴史に分け入り、カント哲学やカトリック思想などの規範的な考察の中に、実際に尊厳が問われた独仏や米国の判決などの事実を招き入れる。なぜ捕虜を辱めてはいけないのか。なぜ死者を敬うのか。尊厳と義務をめぐる現代の啓蒙書が示す道とは。

 

著者はハーバード大学の先生でして、西洋の哲学、法制、カトリック等々における「尊厳」の歴史を紐解き、尊厳とは何か、なぜ尊厳を大事にしなくてはならないのか、を考察していくような本です。

とりわけカント哲学の考察・批評がメインを占めますので、なんとなくでもカントさんについて知っていないとしんどい気がしますね。カントさんの本なんて若いころにシャラっと読んだことしかないので正直苦戦しましたわ。

 

そういう訳で、そもそもカントさんや哲学について興味がない人は読み進めるのがけっこうしんどいような感じもするのですけど、ゆっくり読み進めていくと、論理の積み上げのしっかりっぷりが「さすが偉い先生やわ」とかんたんできたり、著者の主張にそこはかとなく人間性の良さが匂い出ていたりして、いい本を読んだなという満足感は充分に味わえました。

 

 

当著の結論部分を、自分用メモも兼ねて引用しておきます。

人間性の尊厳を敬う義務は――これについては私はカントに同意する――根本的には自己に向けられた義務である。これによって私が意味するのは、私たちは自分の義務を遵守することで利益を得られるということではなく、私たちの義務はきわめて深いところで私たちの一部になっているので、それがなければ、私たちは人として成り立たなくなってしまうということである。他社の人間性を敬わなければ、私たちは実際に自分のなかの人間性をも掘り崩してしまうのである。

 

 

この、われわれ一般人でも「せやな!」と思えるような良心的な結論を得るまでに、200ページにわたって

  • 尊厳って言葉、歴史的には人権的な言葉というより地位を示す言葉として始まったみたいね。
  • 一般的なカント哲学の解釈とかだと、人間だけが有する道徳性や自律の力を尊厳の源泉、すべての人間を敬うべき根拠にしているよね。
  • でも、人間の何らかの力を根拠にすると、そうした力を有さない人間には尊厳がないということなのだろうか。カトリックは神の存在(→人間は神の似姿)を尊厳の源泉にしているので、能力に左右されずに人間全般に尊厳を求めているよね。
  • 哲学とカトリック両方の影響を受けている法律の事例として、ドイツ連邦共和国基本法における「尊厳」を解釈してみよう。
  • 尊厳を大事にしなければならない理由は本当のところ何なんだろう。「胎児や、遺体にも敬意を払う理由」「犯罪者を拷問していい/いけない理由」「大勢の人を救うために一部の人を犠牲にしていい/いけない理由」……

 

等々の難しい論点を整然と積みあげていく著者の記述スタイル、本当に頭と性格よさげで好きです。

 

 

なお、尊厳死や堕胎、メッツラー家誘拐事件の顛末や、ハイジャック時の乗客の取扱い等々、様々な尊厳にかかわる具体事例が出てきますが、この本は特段の強い指針・方向性を示すものではありません。

あくまで哲学本で、ハウツー本ではないのでご留意ください。

 

その上で、なんとなくでもご自身やひと様の尊厳について考える機会になり、より丁重に扱う契機にできるのならば、読んだ甲斐のある本ということになるのではないでしょうか。

 

 

 

そろそろクライマックスを迎えそうなワンピースのワノ国編、作品世界の中でおでんさんの尊厳が回復し、それに伴って赤鞘九人男たちの尊厳もまた回復いたしますように。

 

ワンピース世界の一般人たちの尊厳感覚はしばしば崩されがちなので、もう少し暴力の脅威が減って民心が落ち着くといいですね。

この辺、狂四郎2030の世界に近いものを感じる。