肝胆ブログ

かんたんにかんたんします。

特撮「電光超人グリッドマン 感想 武史の魅力と救済」円谷

 

グリッドマンというアニメが人気という話を聞き、とりあえず特撮版のグリッドマンを視聴してみましたら敵役の藤堂武史さんが一人で話を回し続けられるほどの魅力と実力と物語上のヒロイン性をお持ちでかんたんしました。

親の愛を受けずに育った少年が悪の誘いで非行の道に入るも、悪にシッポ切りされ、悪は成敗されて、まっとうな友人を得て善性を取り戻す……という物語の縦軸、少年少女だけでなく親世代の視聴者にとっても確かな魅力がございますね。

 

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廃品を使って自分のパソコン<ジャンク>の立ち上げを試みる翔直人、井上ゆか、馬場一平の仲良し3人組と、同級生で友人がいない秀才・藤堂武史。

ある日、彼らが住む街・桜が丘の電話回線に、異次元宇宙から脱走してきた奇怪な力を持つ魔王カーンデジファーが侵入。武史の歪んだ性格に目をつけたカーンデジファーは、武史のパソコン内に居座り、武史を操ってコンピューター・ワールドを支配する事で現実世界を征服する作戦を始動させた。

そんな中、直人たちの<ジャンク>に、カーンデジファーを追って異次元からやって来た実体を持たないエネルギー状の生命体・エージェントが出現する。エージェントは一平がCGで作ったヒーロー・グリッドマンの姿と名前をもらい、直人と合体。コンピューター世界でカーンデジファーの放つ怪獣達との戦いに挑む。

 

現代社会が抱える問題を予見した、時代の先駆者とも言うべき名作
本作は1993年に放送が開始された作品。パソコン通信の存在はあったものの、現在の様に多くの人が気軽に通信回線を使って情報を調べる時代ではなかった。そんな中、本作は通信技術、コンピュータウイルスといったものを作中に要素として積極的に取り入れた。『電光超人グリッドマン』その内容は、まさに現代のネット社会で巻き起こる事件を予見しているともいえる。今こそ再見の価値がある名作である。

様々な形態へ進化するヒーロー
現在のヒーロー作品では当たり前に見られるが、変身後のヒーローが更にフォームチェンジをするという設定をいち早く実写で取り入れた本作。物語中には多くの武器<アシスト・ウェポン>が登場し、グリッドマンがそれらと合体、変形する事でパワーアップをしていく。当時、玩具も多く発売され、話題を呼んだ。また、テレビ放送終了後も、小学館「てれびくん」で続編が連載される等、盛り上がりを見せた。

 

 

上記あらすじのとおり、当作品はWindows95発売によるPC普及前の作品とは思えないほどネット社会で起こりがちな事件・事案を捉えていたり、特撮的にもバトルが賑やかに楽しかったり予算節約の工夫が偲ばれたりと、見どころが多いのであります。

 

その上で、特に印象に残ったのが藤堂武史さんなので、以下でネタバレを含みつつつらつらと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藤堂武史さん。

主人公三人組の同級生であり、三人組の中の女の子に惚れていたり、天才的な頭脳を持っていたりしつつ、親の愛を受けずに育ったため極度のコミュ障、あちらこちらを恨んだり妬んだりしている少年。

「親の愛を受けずに育ったためにコミュ障」→「愛情さえ注がれていれば」と察することができる造形になっており、「生まれついてのサイコパス」みたいな感じではない時点で救いがありますね。

 

魔王カーンデジファーさんにその才能を見出されてしまい、1話から最終話直前まで、武史さんの私的な恨みや妬みを反映した怪獣をクリエイトしつづけ、それをネットを通じて各所に送り込むことで社会を擾乱しつづけます。

悪行のなかには医療施設の運営妨害であったり電気や通信等インフラの破壊であったり大規模環境汚染であったりが含まれますので、やっていることは特級テロリスト並であり現実社会では極刑を免れ得ないようなレベルではありますけれど、まあそれは置いておいて。

物語のパターンがいい意味で決まっていて、

  1. 武史さんがなんらかおつらい目に遭う(自業自得なときも理不尽被害のときもある)
  2. 武史さんがカーンデジファーさんに怒りをぶちまける
  3. 武史さんがPC内で怪獣を作成し、カーンデジファーさんが怪獣をコンピューターワールド内で実体化させる
  4. コンピューターワールド内で怪獣が暴れることにより、各種インフラが停止・誤作動する等して、実際の社会も混乱する
  5. グリッドマン出動、怪物が成敗される

 

という流れになるのですが。

 

毎回毎回ニマニマしながら見てしまうのが、2の武史さんがカーンデジファーさんに泣きついたり愚痴ったりするところ。

 

  • 武史さんがイライラしながら帰ってくる
     ↓
  • 「どうした、武史」と気にかけてくれるカーンデジファーさん
     ↓
  • 「許せないんだ……●●のやつら、この僕に対して×××……」とその日あった嫌なことを話し始める武史さん
     ↓
  • 「面白い、ではその恨みを晴らす怪獣を……」と武史さんを煽るカーンデジファーさん

 

のやり取りが定番化されていくのですが、カーンデジファーさんの「どうした、武史」がめちゃくちゃ包容力に満ちていたり、武史さんの「許せない……(以下略)」の演技がめちゃくちゃノッていることで、各話各話のもしかしたら一番の見せ場みたいになっているのです。

もちろん特撮バトルのところが一番見せ場であり、作品構成もそのようにつくられてはいるのですけど、武史・カーンデジファー主従の演技がよすぎて視聴者的には毎回毎回この場面に引き込まれてしまうの。

ドラえもんの定番やり取りであるのび太さんの「ドラえもーん」泣きつきに通じるものがあるといいますか。

 

実際、カーンデジファーさんが武史さんの話に毎々きちんと耳を傾けているのは武史さんの才能を利用するためであり、ヤクザがカモに優しくするのと一緒ですから、友達も吐き出し先もない武史さんがカーンデジファーさんへの依存度を高めていくのは嫌なリアルさがあり、我々健全な社会人視聴者は「カーンデジファーと武史の関係性いいよね……」などと安易に言ってはならないのであります。

さはさりながら、情感たっぷりに恨みつらみを吐き出す武史さん(菅原剛さん)の演技には引き込まれますし、ときどき「お、おう」「そうだな(そうかな?)」みたいにちょっとヒキながら話を聞いているカーンデジファーさん(佐藤正治さん)のリアクションもかわいいので、ついつい贔屓にしてしまう。

 

まことに悪の魅力とは困ったものであります。

 

 

 

そんなこんなで視聴者の武史愛が充分に高まってきたところで、33話「もうひとりの武史」にて武史さんifルートの可能性が示されたり、最終2話の決戦では武史さんが完全にヒロインというか悪役として登場した女性幹部がプリキュアに光堕ちするような展開になったりすることで、視聴者的には「武史さんの魅力に気づいていたのは私だけではなかったんや、スタッフからも愛されていたんや!」と確信することができ、グリッドマンという丁寧に縦軸を紡がれてきた作品そのものをおおいに評価してしまうようになるのです。

 

また、全39話を振り返ると、怪獣の大半が武史さんの個人的恨みつらみから誕生しているというのもすごい。

「人々のネガティブな感情から生まれる怪獣、呪い、妖怪」みたいな敵設定は珍しくありませんが、それらを生み出すネガティブ感情持ち人間は各話で異なることが通常であり、一人の登場人物から何十体もネガティブ感情モンスターを生み出すなんて事例、ほかにあるんでしょうか……? ちょっとすぐには思いつかない。

見方によっては、最終話直前まで怪獣というかたちで自身の負の感情をデトックスし続けたからこその救済だったんでしょうか。

 

とにかく最初から最後まですごかったぞ武史さん。

 

 

子どもへの深い愛情が込められている作品だと思いますので、子ども好きな大人にもおすすめですね。

グリッドマンの人気が高まっているらしい今、武史さんの魅力についても再評価されていきますように。

 

そのうちアニメも見てみたいものです。

 

 

「SFC版悪魔城ドラキュラ 久々攻略の感想」悪魔城ドラキュラアニバーサリーコレクション

 

悪魔城ドラキュラアニバーサリーコレクション、SFC版の悪魔城ドラキュラを数年ぶりにプレイしてみましたが、相変わらず歴代最強格のシモンさん無双を堪能できてかんたんしました。

悪魔城ドラキュラシリーズは攻撃手段が横方向にあえて偏らせていて、上下方向の敵配置・挙動で難易度を高めているところがございますので、上下ナナメに鞭を振るえるSFCシモンさんはそりゃ強いわという感じですよね。

 

www.konami.com

 

 

「初代悪魔城ドラキュラ 久々攻略の感想」悪魔城ドラキュラアニバーサリーコレクション(コナミ) - 肝胆ブログ

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数年前、スーファミミニから悪魔城ドラキュラがリストラされたときにプレイして以来になります。

【血の涙】「ミニスーファミ日本版 悪魔城ドラキュラが戦力外通告される」 - 肝胆ブログ

 

 

冒頭に書いた通り、SFCシモンさんの特徴は歴代最高の鞭さばき。

 

悪魔城ドラキュラシリーズ伝統の、ちょっと上、ちょっと下にいやらしく配置された敵たちをSFCシモンさんは意に介さずしばきまわしていくのです。

さすがに無法・無双すぎたのか、後継作品のリヒターさんやユリウスさんたちにはこの鞭さばきは引き継がれませんでした。それだけにSFCシモンさんのオンリーワン感、さすが歴代で最も高名なベルモンド感が引き立っております。

 

 

地味にしゃがみ歩きができたり

 

 

鞭振り回しガードで敵の弾をシャットアウトできるのもやばい。

 

鞭振り回しガードは後世のベルモンドにも引き継がれましたが、敵弾のシャットアウト性能はやはりSFCシモンさんが図抜けています。

 

 

 

攻略的にはシモンさんがたいへんお強いので、ゲームバランスを意識したっぽい一撃死&落下死トラップを覚えてしまえばさくさく攻略していくことができます。

 

一撃死・落下死ポイント事例。

 

こういう巨大シャンデリア演出もSFC黎明期っぽくて素敵だと思う。

 

 

 

さて、そんな無双シモンさんを唯一苦しめ続けるであろう強敵が悪魔騎士ベリガンさん。

月下の夜想曲などから入ったプレイヤーからするとザコ敵のイメージしかないと思いますが、SFC版のベリガンさんは超強敵、デス様よりもドラキュラ伯爵よりもよっぽど苦戦する相手なのです。(相棒のギャイボンさんはまったく強くないのですけど)

 

せっかくなので攻略を書いておくと。

 

前半はしゃがんで槍をかわしつつ、移動し続けて落下してくるベリガンさんをよけつつ、ベリガンさんの無敵時間が切れるのを待ってからたたく。

そう、なぜか実装されている無敵時間(緑色のあいだ)がベリガンさんを強敵たらしめているのであります。この無敵時間は後の作品に引き継がれなかったなあ。

 

 

後半は気合。ぶっちゃけ気合。どれだけ上手くなっても数回ダメージを受けるのは覚悟です。だからこそ、ベリガン戦前半まではノーダメージでいきたい。

 

無敵時間中にクチバシアタックしてくるのがイカつい。当たり判定がデカくて、どれだけ距離を取ったつもりでもたまに被弾しますの。

どうせベリガンさん撃破後は肉が手に入りますので、数回ダメージを受けるのは覚悟し、落ち着いて一発ずつ鞭を入れていきましょう。

 

 

 

実用的な攻略チップスとしては、ドラキュラさんと戦う前に隠しボーナスがあります。

右端のいつもの階段登り口から左に思い切ってジャンプしてみましょう。

 

ただし、帰り道に落下死するリスクがありますので見えない空中足場の位置をなんどかトライして覚えましょう。

 

 

SFCのドラキュラさんはそんなに強くありません。なぜか肉までくれるし。

 

十字架を持っていれば、投げ続けるだけで倒せたりします。

余裕があれば攻撃するのをやめて、名曲シモンのテーマを聞き続けてみましょう。

 

 

 

エンディングはシリーズの中でも長めの演出。

 

このテンポが大作感あっていいんですよね。

悪魔城シリーズは数多いのですが、悪魔城伝説と並んでファンの多い作品なんじゃないでしょうか。独特の演出・BGMがいいのよ。

 

 

シリーズの中でも色あせない作品ですし、スマブラ出演を機にアニバーサリーコレクションを触ってくれる若いユーザーが増えたらいいなと思います。

そうしてシモンさんのファンが増えて、スマブラシモンさんの性能上方修正に繋がっていきますように。

 

 

 

 

「陰陽師 醍醐ノ巻 感想 バランスの良い巻、新キャラも魅力的」夢枕獏さん(文春文庫)

 

陰陽師シリーズの「醍醐ノ巻」、美しいお話から妖異退治の話まで収録作品バラエティのバランスよさ、そして一つひとつのお話の面白さや新登場人物の魅力も間違いのないものでかんたんしました。

 

books.bunshun.jp

 

 

収録されているお話は次の通り。

 

  • 笛吹き童子
  • はるかなるもろこしまでも
  • 百足小僧
  • きがかり道人
  • 夜光杯の女
  • いたがり坊主
  • 犬聖
  • 白蛇伝
  • 不言中納言

 

 

以下、各話の感想を。

ネタバレ要素を含みますのでご留意ください。

 

 

 

 

 

 

笛吹き童子

陰陽師シリーズにて定期的に発生する源博雅好き好きイベント。

葉二をくれた鬼まで久々に登場するあたり、博雅さんの笛の魅力は天地から神妖からあまねく浸透していることが伺われます。

いずれ老いてラストライブを迎えるころには観客が詰め寄せて京のキャパを超えそう。

 

博雅さんイベントは文章・描写の美しさが群を抜いている印象があるだけに、これからも定期的に開催されてほしいものです。

 

 

 

はるかなるもろこしまでも

「まあ、姫というのに、あのようになさることができるなんて、すてきなことねえ」

 

かわいい婆ちゃんの話。

お言葉の一つひとつに人品のよさが出ていて好きです。

 

 

 

百足小僧

「いつでも、このおれに用事のある時は、北斗に向こうて、道満と書いた矢を放てば、顔を出そう」

 

ムカデ人間的なものを思い出す気味悪い妖異の話。

蘆屋道満さんの監督不足が原因だったようで、安倍晴明さんに「借りができたからなんかあったら助けるわ」と約束するあたりが道満さんの魅力ですし、道満さんの呼び方もオシャレでいいですね。

道満さんがそもそも何を企んでいたのかも気になりますが。

 

 

 

きがかり道人

とても短いお話で、内容としては「そんなことある?」系なのですが陰陽師シリーズの世界観だとそんなことありそうだと納得できること自体が面白いです。

 

 

 

夜光杯の女

楊貴妃さん(の●●●)が登場するお話。

大がかりな対応が必要かと思いきや、源博雅さんの”素”のリアクションが事態を大きく進展させるあたりに妙味があります。

後続のお話にもありますが「陰陽師」「陰陽術」がけっして万能という訳ではなくて、事案に応じた方法・能力が必要というあたりも陰陽師シリーズの奥深さですね。

 

 

 

いたがり坊主

実力者の高僧「余慶律師」さん登場。

寛朝僧正とともに、仏教界の大物として実力を発揮くださいます。

不動明王の燃え盛る火焔」と天狗に評されていましたがどんな秘めた力をお持ちなんでしょう。

 

陰陽師シリーズに実力派の登場人物が増えるにつけ、敵方や妖異のスケール感も今後ますます増していくでしょうから、先行きが楽しみですね。

平安時代の京都ってすごいなあ。

 

 

 

犬聖

「なあ、晴明よ、ぬしにはわかるであろう。我らの関わっているこの陰陽の道というのは、信心ではない」

「はい」

「我らは、祈らぬ」

「はい」

「呪を唱え、この世のものならざるものに命じたり、頼んだりはするが、祈らぬ」

「祈りませぬな」

「晴明よ、我らに必要な才は、かなしいかな、信の才ではなく、疑の才じゃ。まずは、ものの表を疑い、裏を知ろうという才じゃ」

「はい……」

 

 

 

信心が必要な仏の道と、技量や術が求められる陰陽の道の対比を語る賀茂保憲さん。

 

このお話では不器用ながら深い信心をお持ちな「心覚」さんという新登場人物が現れます。「醍醐ノ巻」ではこうした仏教界の実力者が登場してくることで、かえって安倍晴明さんのキャラ、また、業の深さ的なものも引き立ってきているように感じますね。

「疑の才」という言葉を安倍晴明さんが自覚すればするほど、源博雅さんのようなそばにいる人の尊みもまた自覚されていくようで。

 

 

 

白蛇伝

色深なおばあちゃんのお話。

分からんでもない! と読者も共感できることでしょうし、相手の男方「実恵」さんのキュン度も高いものがあります。言われたいセリフをストレートに言ってくれると嬉しさ半端ないですよね。

 

 

 

不言中納言

「この菊のような在り方もまた、人にはあるのであろうな」

「どういうことだ?」

「もの皆移ろい、枯れてゆく中で、どこに咲いているのかはわからぬが、香りだけがほのかに届いてくる――そのような在り方のことだ……」

 

定番の安倍晴明さん・源博雅さんのオープニング会話シーンですが、とりわけこのお話の風情はよろしきものがあります。

 

お話はここから怪物退治的な内容になり、呪の力だけでなく弓矢も登場したりしてなかなか満足度の高い活劇になっております。

「醍醐ノ巻、アクションが少ないな」と思っていた最後にこういうお話で締めてくれる構成、イケていますわ。

 

 

 

 

上の方で述べました通り、新キャラが主人公や世界観をいっそう掘り下げてくれる、面白さという点でもハイレベルな巻だったと思います。

 

この時点で夢枕獏さんは60歳になられたということで、ということは現在70歳を軽く超えておられるようですが、これからもますます面白いお話をたくさん執筆してくださいますように。

ゆうえんちシリーズも面白いですし、かつて神々の山嶺にも感動させていただきましたので、陰陽師シリーズぜんぶ読んだら他のシリーズも読んでみようかしら。

 

 

「陰陽師 天鼓の巻 感想 “器”が特によかった」夢枕獏さん(文春文庫) - 肝胆ブログ

 

 

 

「ナポレオン言行録 感想」編:オクターヴ・オブリ / 訳:大塚幸男(岩波文庫)

 

ナポレオンさん自身の言葉や手紙を収録した本が日本語訳されておりまして、漫画や小説等で有名なあのセリフの元ネタはこれだったのかと理解できたりジョゼフィーヌさんへの態度のアゲサゲっぷりが平凡な若い男性っぽくてウケたり息子への手紙が実際的な示唆に富んでいたりと、読みどころがふんだんにあってかんたんしました。

 

この本が面白かったので、GW前半は長谷川哲也さんのナポレオンを全巻読み返して過ごしてしまいましたわ。もうすぐ最終巻が出る予定、寂しいなあ。

 

www.iwanami.co.jp

 

 

かならずしも長くはない一生にナポレオン(一七六九―一八二一)はおびただしい量の手紙・布告・戦報・語録などを書き,あるいは口授した.本書はそのうちから最も意味深く最も興味深い文章を選んで年代順に配列したものであって,不世出の英雄の波瀾にとむ生涯が,かれ自身の筆とことばによって生々しく記録されている.

 

 

 

特に印象に残った箇所をいくつか紹介しつつ。

 

 

私は諸君を世界一の沃野に誘導しようと思う。

 

イタリア遠征時に兵へ告げた超有名なセリフですね。掠奪許可とも取れますが。

 

 

 

君が、わたくしはあなたを以前ほどは愛していないのよ、という日は、私の愛の最後の日であるか、私の生涯の最後の日であるだろう。

奥さん、あなたはいったい、一日じゅう何をなさっているのですか? どんな重要な用件があればとてあなたのお人よしの夫に手紙を書く暇もないのですか?

君の楽しみと君の幸福とだけを享受するがいい。私の愛と同じ愛を君に強要することは、それは私の間違いだ。

 

イタリア遠征しながらジョゼフィーヌさんへ送っているラブレターより。

忙しいのに恋文送りまくるマメさにかんたんしますし、まったくつれないジョゼフィーヌさんもパネェなあって思います。

 

 

 

私の権力は私の栄光にかかっている、そして私の栄光は私が博した数々の戦勝にかかっている。もし私が私の権力の基礎として更に栄光と新しい戦勝とを加えなかったら、私の権力は失墜するだろう。私の今日あるは征服のおかげなのだ、私の現在の地位を維持してくれるのは征服だけなのだ。

 

執政時代のお言葉。

ナポレオンさんの足場を非常に分かりやすく自己解説されています。

後世からみればナポレオンさんの業績は戦勝だけでないことは知られていますけれども、当時の権力基盤の成り立ちとしてはその通りだよなあと。政治権力の維持のつらさが伺われますし、後々のナポレオンさんの行く道と直結している点でも重みがあります。

 

 

 

私の国民はふたたび諸君に見えて喜ぶであろう。そして諸君は、《私はアウステルリッツの戦闘に加わっていた》といいさえすれば、こういう答を受けるであろう、《ああこの人は勇士だ!》と。

 

アウステルリッツ後に兵へ告げたお言葉。

ナポレオンさんは本当に兵士目線での鼓舞がお上手です。こういう、相手の身に立った言葉を使いこなせるセンス、身につけたいと思いますね。

 

 

 

私にはあなただけしか眼に入りませんでした、私の讃嘆するのはあなたひとりです、私の欲情するのはあなたひとりです。一日千秋の思いで待ちこがれている私の熱情を鎮めるために早く御返事を下さい。

 

ポーランドの愛人マリア・レツィンスカさんに送ったラブレター。

ジョゼフィーヌさん以外の女性も目に入るようになった皇帝でありますが、相変わらずラブレターの返事を早く欲しがるせっかち属性はまったく変わっていなくてかわいいですよね。

 

 

 

拝復。君は私と文通している婦人たちについていっているが、私には何のことやらわからない。私が愛しているのは私の可愛いジョゼフィーヌだけなのだよ。善良で、不平屋で、気まぐれで、何をしてもそうであるように、優雅に喧嘩をするすべを知っているジョゼフィーヌだけなのだよ。

 

浮気を弁明するナポレオンさん。攻守が逆転した感がありますね。

ジョゼフィーヌさんにかける言葉に親しみが籠もっているだけに、上手いなあと思いますしタチ悪いなあとも思いますわ。

 

 

 

妻よ、君が今日、力なげな様子だったのは無理もないが、それにしても度が過ぎると私は見た。君はこれまで勇気を示して来た。自分をささえるために勇気を見つけなければいけない。致命的な憂愁に負けてはいけない。満足して、そしてとりわけ健康に気をつけなければいけない。君の健康は私にとってそれほど貴重なのだから。

 

ジョゼフィーヌさんとの離婚後。しゃあしゃあ。

ナポレオンさんとジョゼフィーヌさんとのやり取りを見るにつけ、大衆から見るとジョゼフィーヌさんも込みでナポレオンさんが愛されていたんだろうなと感じます。世継ぎ要否とかいろいろ難しい点があるので是非は語れないのですけれども、ナポレオンさんとジョゼフィーヌさんの関係性は一般人に好感を抱かれていただろうし、離婚が皇帝と民衆との距離を広げてしまった感もありますね。

 

 

 

私は私の一族を王位に即けたということで私のキャリアを暗くしたし、今もそれが私のキャリアの妨げとなっています。人は歩きながら学ぶものですね、私は今にしてわかりました、王族の者たちを絶えずしっかと王に従属させておくという、古い諸々の君主国の根本原則がいかに賢明であり必要であるかということが。私の一族の者たちは私が彼らのために尽くしてやった以上に私に害を及ぼしています。

 

メッテルニヒさんとの対話より。ご苦労が察せられますし、本音もそうとうに混じっていそうです。

 

 

 

さらば、私の子らよ! 私は諸君をみんなこの胸に抱きしめたい、せめては諸君の軍旗に接吻させてもらいたい!……

 

退位後、親衛隊への告別にて。

さはさりながら、大勢の親衛隊がエルバ島についてきてくれたようですね。

 

 

 

私の息子は私の死の復讐をしようと思ってはならない。私の死を利用すべきである。

私の息子が外国の力によってふたたび帝位に即くようなことがあってはならない。彼の目的は単に君臨するということだけではなく、後世から是認されるに値する者となることでなければならない。

フランス国民はこれを逆撫でさえしなければ、最も統治しやすい国民である。フランス国民ほど物わかりの速いものはない。フランス国民は自分の味方と敵とを立ちどころに見分ける。しかしまた、常にフランス国民の感覚に話しかけなければならない。でなければその不安な精神はフランス国民をむしばみ、フランス国民は発酵し、激昂するのである。

フランスは首長たちの影響力が最も弱い国である。首長たちに頼ることは、砂上に楼閣を築くことである。フランスでは大衆に頼ってしか偉大なことはできない。

私の息子はしばしば歴史を読み、歴史について瞑想せんことを。歴史だけが真の哲学なのである。息子は偉大な将帥たちの戦記を読み、彼らの戦争について瞑想せんことを。それが戦争を学ぶ唯一の手段なのである。

君が息子にどんなことをいい聞かせようとも、息子がどんなことを学ぼうとも、息子にはほとんど役立たないであろう。もし息子にして心の底に、あの聖なる光、あの善に対する愛を持たないならば。善に対する愛のみが偉大な事どもをなさせるのである。

 

息子への遺言より。

ナポレオンさんの人生を通して得てきた含蓄が結集したかのような、大変な名文だと思います。ひとつの哲学者であるかのような印象を抱きますね。

 

 

天才とはおのが世紀を照らすために燃えるべく運命づけられた流星である。

 

ご自身の生涯を象徴させているかのような、ロマンティックなセリフ。

こういうことをスッと言うからずるいっすわ。

 

 

などなど。

いずれも知的刺激が大なり、とても面白く読み進められます。

 

それにしても、訳がいいことを含めるにせよ、ナポレオンさんのセリフは読みやすいし理解しやすい。人の上に立って成功する人ってやっぱりそういう感じなんやなあと思いましたわ。軍事的能力もさることながら、文章的能力もえらいもんやなあとなります。

 

 

ナポレオンさんのような独裁者が必要とされる政治的状況というのは歴史上何度も起こっている訳ですが、そうした時って輝かしい時代であると同時に当事者は本人含めてそうとう大変な時代でもあります。往々にして犠牲者も多いし。

世知辛いことが増えるとついつい天才の出現を期待してしまうのが人情ではありますけれど、あらかじめ皆々様でよい知恵を出しあって、極論や極端に振れすぎないよう、世の中が塩梅よく進んでいきますように。

 

 

 

「伊勢参宮文化と街道の人々 ケガレ意識と不埒者の江戸時代 感想」塚本明さん(吉川弘文館)

 

江戸時代の伊勢神宮参りを舞台にした人々の意識の建前と実態を興味深い筆致で描いた本が出版されていてかんたんしました。

なかなかデリケートな話題・論点をふんだんに含みますのでていねいに本を読むタイプの人以外には勧めにくいところもありますけれど、著者の視点は穏やかで現実肯定的な感じがしますので私的には読後感よかったです。

 

www.yoshikawa-k.co.jp

 

 

江戸時代、多くの参宮客で賑わった伊勢。神宮領ではケガレを避け、清浄さが求められたが、その実態はいかなるものだったのか。ケガレを避ける方策、神主の人事と勤務実態、街道沿いでの商売、恋物語と女性たちの人生…。厳粛性の裏に世俗性・卑俗性を持ち合わせた参宮文化と、伊勢に生きた人びとを活写。伊勢参りの舞台の、個性豊かな社会を描く。

 

伊勢の実像に迫る視角―プロローグ

参宮客と「ケガレ」の回避
 参宮客を迎える芸能民
 被差別民の参宮
 仏教と参宮

神宮領の「清浄さ」のしくみ
 「死穢」の判定
 「なかったこと」にされる死―速懸
 動物のケガレの除去―犬狩

御師の実態と参宮文化
 御師と伊勢参宮
 伊勢での案内と接待
 不埒な参宮客と神主
 神主の人事制度
 神主の勤務実態と外部評価

参宮街道沿いの人びと
 御師と上方旅籠屋の客引き
 街道の諸稼ぎ
 参宮街道恋物語
 愛と憎しみの人間模様

伊勢が迎えた近代
 「異国」の接近とケガレ意識
 異国認識の諸相と維新期の転換

伊勢の近代化の光と影―エピローグ

参考文献
あとがき

 

 

上記目次のとおり、神社ならではの「ケガレ」意識についての話題が続きますので、現代の差別問題に繋がっている点もあり、慎重な読解が必要かなと思います。

被差別民の存在、彼らと伊勢参りの関係等も史料に基づいて描写されていますが、建前として差別的な要素は江戸時代から確かに存在していたこと、実態的には被差別民も神宮へ参拝できるような柔軟な取扱い・共生模様があったこと、しかしながら幕末~明治期に建前的な差別要素を前面に押し出すような政策が一時取られたこともあって江戸時代のあり方と近代のあり方に一定の意識の隔絶が生まれてしまったこと、等が察せられるようになっています。

受け止め方はさまざま幅があるかもしれませんが、誰もがより生きやすい方向に受け止めてくれる読者が多いといいですね。

 

 

同様に、史料に基づいて神宮の暮らし模様が率直に描かれていますので、神宮の伝統や文化をからかうような方向に受け止める読者が出ないといいな、とも思います。

 

エピソードがシンプルに興味深いんですよね。

 

「死穢」が発生すると神宮の諸行事や観光客受入れがストップしてしまうので、神宮周辺で死者が発生しても「まだ死んでいません」という態にして墓まで運んで埋めてから「いま死にました」という処置をとったり。

 

神主さんたちも生活がけっこう苦しいので御師伊勢参りのガイド)商売に精を出し、神事をサボりまくる人がけっこう存在したり。

 

 

なんというかいい意味でも悪い意味でも日本社会のコンプライアンス運用といいますか、建前は厳密で立派なんだけど運用面は抜け道だらけで現実に折り合いをつけている感じなのです。

いわゆる原理主義者的なマインドの人が読むと憤ってしまうかもしれません。

抜け道運用をなんでもOKOKやりまくると結局は大問題に繋がるのが現代社会ですのでううんと思う感じもあるのですが、そうはいってもこの本で描写される神宮周辺の方々は真剣に現実と折り合いをつける運用を模索しているのがよく分かりますので、ううんと思いながらちょっと応援もしたくなる、妙なあたたかみのある歴史紹介になっているんですよ。

不思議な歴史本だ。

著者さんの視点もそういう伊勢社会に対して懐深いのがいいの。

 

 

神宮という、日本文化の中でもトップクラスに格式的で伝統的っぽい場所を舞台に、理屈と現実のはざまでもがいてきた人々のありようをそのままのかたちで摂取できるという点で、含蓄のある本だなあと思いました。

この本を読んで、もっとルールどおり厳格にせねばと思う人もいるでしょうし、やっぱ建前だけじゃ通らないよねと思う人もいるでしょう。

けっこう人生観、社会観を試される本ですし、そういう意味で優れた歴史教材になっているのではないでしょうか。

 

 

理想の追求、現実との折り合い、不要な差別意識の解消等々、いずれも人の英知を以てますます良い世の中になっていきますように。

 

 

 

ゲゲゲの鬼太郎「鬼太郎の世界お化け旅行 感想」水木しげる先生(中公文庫)

 

1976年にアクションにて掲載されていたという「鬼太郎の世界お化け旅行」、初めて読みましたがドラキュラ親分やベアードさんが相変わらず立ちふさがったり、画像だけ有名な南方妖怪チンポさんが登場していたりと、読みどころが多くてかんたんしました。

 

www.chuko.co.jp

 

 

鬼太郎が世界の妖怪退治に出発! 妖怪島で吸血鬼や双頭のミイラと対決。アジアの地下都市で砂妖怪に遭遇。ゴーゴンに石にされた鬼太郎の父を元に戻せるのか!?

 

「世界お化け旅行」の鬼太郎さんは、怪物くんみたいな柄のキャップをかぶっているのが特徴です。かわいい。

 

 

 

当作品集に収録されているお話は次の通りです。

 

  1. 水精(ヴォジャノイ)
  2. 妖怪大パーティー
  3. 妖怪七人の侍
  4. ドラキュラ親分
  5. 砂妖怪(エキセル
  6. 魔女サーカス
  7. 吸血鬼(キーエフ)
  8. 蛇人ゴーゴン
  9. 狼男とゴーゴン
  10. 決斗コロセウム
  11. 蝋人形妖怪(カリーカ)
  12. ベルサイユの化け物
  13. 霊魂爆弾
  14. ベアード
  15. ブードー

 

 

鬼太郎さんたち一行が世界を股にかけて旅をし、行く先々で現地の妖怪や神様と出会い、時には戦う感じですね。

全16話できれいに完結しているところも含めて読みやすい一冊だと思います。

 

 

以下、若干のネタバレを含みながらイケてるセリフ・読みどころを。

 

 

 

 

 

 

「おい自転車屋

「へい」

「ちょっとこのパンクをなおしてくれ」

 

ペシャンコになった目玉のおやじを自転車屋で治そうとするねずみ男さん。

雑な対応で復活する目玉おやじさんの生命力を称えるべきなのでしょう。

 

 

 

「精神を集中することによって魂はぬけ出せる」

 

世界の妖怪を撲滅しに旅立とうとしたら、いきなり獏にやられて魂を抜かれた鬼太郎さん。幽体離脱して息子を助けにいく目玉のおやじがさすがであります。

 

ちなみに続く水精さんもおやじがやっつけます。相変わらずおやじ強い。

 

 

 

「ほれ二万円
 おめえチンポが三つついてるからって
 ドロボウになるんじゃないぞ」

 

一部界隈で画像だけが有名な南方妖怪チンポさん。

3本のチンポからホバークラフトのように小便を噴射し海上を走る。

近年マレにみる妖怪の中の妖怪であります。

 

 

 

めしにありつけるというので
鬼太郎は喜びのあまり
ゲタップ(ゲタのタップダンス)をやった。

 

かわいい。

どうも世界お化け旅行の鬼太郎さんはあざといくらいかわいいっす。

 

 

 

「おまえさん
 それダイヤじゃないの
 ヨーロッパの妖怪は宝石に弱いのよ」

 

宝石に弱い狼男さん。

狼男なのに荒くれ感は特になく、むしろ世渡りに長けた印象になっているのが珍しいキャラ造形ですね。

 

 

 

「日本の妖怪には切腹しかないとわしは考えとる」

 

フランスの化け猫に取りつかれ衰弱した鬼太郎さん。

ヨーロッパ妖怪に敗北するくらいなら潔く切腹せよと迫る目玉のおやじ。

ふだん優しいのにときどき気合入りまくったことをおっしゃるんですよね。

 

 

 

鬼太郎たちの乗っていた飛行機はハイジャックに乗っとられ目がさめたらアフリカの上空。

 

最終話の一コマ目がこれだからたまりません。

ちなみにハイジャック犯は鬼太郎さんたちの手で2ページ目に鎮圧されます。

 

 

 

等々、鬼太郎、目玉のおやじ、砂かけばばあ、子泣きじじい一反もめん、ぬりかべ、そしてねずみ男と、いつもの面々が楽しく活躍し世界を股にかけるのですから、全体的にアップテンポな楽しい一冊になっています。

未読の方はこの機にゲットされてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

ゲゲゲの鬼太郎が世界的にもどんどん人気になっていきますように。

 

 

これで中公文庫の復刊も刊行終了ですね。

終わってしまうと寂しいなあ。

 

「沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う 感想」山舩晃太郎さん(新潮文庫)

 

水中考古学者の山舩晃太郎さんによる素人向け水中考古学紹介本が非常に面白くてかんたんしました。

海底の砂に埋もれさえすれば船や積み荷の劣化は最小限に抑えられる。水中考古学の知見や技術が深まれば歴史の新発見も増えるに違いなく、明るい未来が目の前に見えるかのような気持ちにさせてくれる本で嬉しくなりますね。

 

www.shinchosha.co.jp

 

 

最新技術を武器に、謎を追え! なぜか竜骨が見つからないクロアチアの輸送船、水深60mのエーゲ海に沈む沈没船群、ドブ川で2000年間眠り続けた古代ローマ船に、正体不明のカリブの“海賊船”。そしてミクロネシアの海に残る戦争遺跡。英語力ゼロで単身渡米、ハンバーガーさえ注文できずに心が折れた青年が、10年かけて憧れの水中考古学者になりました。深くて魅力的な海底世界へようこそ!

 

はじめに

第1章 人類は農耕民となる前から船乗りだった
300万隻の沈没船/水中考古学と船舶考古学/「タイムカプセル」と「ミルフィーユ」/トレジャーハンターの正体

第2章 発掘現場には恋とカオスがつきものだ
発掘シーズン到来/キールを探せ!/船はどこだ?/地味すぎる発掘のリアル/プロジェクトはつらいよ/発掘症候群/どうして見つからない?/二人でこっそり推理/内緒の発掘作業/沈没船の名は

第3章 TOEFL「読解1点」でも学者への道は拓ける
夢はプロ野球選手/水中考古学との出会い/英語が全く分からない!/絶望の授業初日/パズルのように船を解き明かす/最新技術「フォトグラメトリ」/考古学調査における新たな可能性/就職難にぶち当たる/道がないなら自分で作る

第4章 エーゲ海から「臭いお宝」を引き上げる
依頼は突然に/水中考古学者の懐事情/ギリシャの精鋭達/夢のような調査現場/水深60mの蒼/UFOのように動いて撮りまくる/保存処理は時間との闘い

第5章 そこに船がある限り、学者はドブ川にも潜る
川の考古学/薄い味噌汁のような川/やっと出会えた初めての古代船/水中での手実測/レア船と発覚!

第6章 沈没船探偵、カリブ海に眠る船の正体を推理する
親友との旅路/カリブ海に沈んだ2隻/2隻の眠る現場へ/沈没船探偵の出番/ついに船の正体を解明

第7章 バハマのリゾートでコロンブスの影を探せ
嫌な予感/発掘の遅れの理由/なぜ、そこに穴があるのか/キャラック船とキャラベル船

第8章 ミクロネシアの浅瀬でゼロ戦に出会う
戦争と水中考古学/チューク諸島と日本の歴史/水中文化遺産を守れ/珊瑚の生息地になったゼロ戦戦没者の眠る場所として

おわりに

文庫あとがき

解説 河江肖剰

【山舩晃太郎×丸山ゴンザレス】
対談 ロマンは現場で待っている

 

 

有名な方なのでご存じの方もいらしゃるかもしれませんが、著者の山舩晃太郎さんは水中考古学を学ぶために単身渡米し、そうとうなご苦労をしながら英語と水中考古学を修め、現在は最新技術のフォトグラメトリに習熟した学者さんとして世界中の海や川を潜っておられるとのことです。

 

引用した目次に書いてある通り、多種多様な船・史跡との出会いをされていて、本を読んでいても一つひとつのエピソードにどきどきわくわくさせていただけます。

 

エッセイ風、自叙伝風の軽妙な語り口でありながら、取り上げている内容は考古学者としての誠実なふるまい、水中考古学における発掘・探索の基礎技術紹介、フィールドワークにおける泥くさい仕事や気配りの数々等、実態的なものが多くてその点でも満足度が高いんですよ。

一般的な歴史好きの方にとっても、珍しいジャンルでありながら情熱や難儀さは似通うものがありますので感情移入して読み進めることができるのではないでしょうか。

 

 

どの章も面白い前提で、私は船そのものが好きですので前半の船舶構造を推理し探索に活かしていく場面が特にお気に入り。

中盤のフォトグラメトリ技術の基礎・威力を思い知らせてくれる場面も好き。

後半の世界中を旅しているかのような気持ちにさせてくれるエピソードの数々も楽しい。

はじめからおしまいまで面白い本だな!

 

 

詳しい引用・紹介はしませんが、カリブやミクロネシア現地の方々が、過去の歴史を象徴する存在である水中遺産をどのように受け止めているかが伺われる場面、いち歴史好きとしてはグッとくるものがありました。

自分が当事者でも同じように言うかもしれない。

でも現地の方々の間でもきっと意見は様々なのでしょう。

人がなぜ歴史を学ぶのか、歴史から何を得ようとするのか、そうしたことを考える一つの契機にもなりました。

 

 

考古学の新たな技術を学ぶという点でも、一人の研究者・歴史好きに出会うという点でも、魅力的な本ですのでおすすめですよ。

文庫版が出ていっそう多くの方の眼に触れていくといいですね。

 

 

そのうち中世日本の貿易や倭寇・海賊にかかわる水中調査も進んで、西国における戦国時代の解像度がよりクリアになるような発見もありますように。