肝胆ブログ

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「姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集 感想 哲学的エロス、変態というか怪人」宇能鴻一郎さん(新潮文庫)

 

芥川賞を受賞したという「鯨神」を含む宇能鴻一郎の短編集を読んでみたところ、「エロいよ」という一般的イメージのさらに上を行くといいますか、頭のいい人がエロとは何かを考え抜いている感じがするといいますか、一部登場人物がエロい変態というよりはもはや怪人の域にまでイっている感じがいたしましてかんたんしました。

昭和30年代からこんな話を書いていたなんて、当時の読者はさぞ衝撃を受けたことでありましょう。

 

www.shinchosha.co.jp

 

 

煙と客が充満するモツ焼き屋で、隣席の男が語り出した話とは……戦慄の表題作。巨鯨と人間の命のやりとりを神話にまで高めた芥川賞受賞作「鯨神」、すらりとした小麦色の脚が意外な結末を呼ぶ「花魁小桜の足」、村に現れた女祈祷師の異様な事件「西洋祈りの女」、倒錯の哀しみが詩情を湛える「ズロース挽歌」、石汁地蔵の奇怪なる物語「リソペディオンの呪い」。圧倒的な迫力に満ちた至高の六編。

 

 

傑作短編集というだけあって、いずれの作品も佳品ぞろいで面白かったです。

個人的な好みで言えば「鯨神」と「西洋祈りの女」が特に好きですね。エログロ的な面が注目されがちな筆者ですが、地方村落の雰囲気描写も相当な腕前でいいなあと思いました。

 

いずれもネタバレはしない方がいいと思いますので、話の根幹に触れない導入部パートの範囲で、各短編の好きな文章を少し紹介します。

なお、そうとう性癖に自信がある方以外は、食事中は読まない方がいいと思います。

 

 

 

 

姫君を喰う話

はじめ女と“キッス”という行為をしたとき、あなたはこんなことを考えませんでしたか。つまり、自分がいま熱心にチュウ、チュウ吸っているものは、実は女の唇や舌でなくて、唾液そのもの、つまり女の細胞の一部分である、ということを。

それに気が付いて、次に私は、

(もし、この女が丼のなかに吐きためた唾なら、自分はいまみたいに熱中して、吞み込むだろうか?)

 

ホルモンを喰いながら何言ってんのこいつみたいな話をはじめるおっさん。

話相手も意外とノリノリで喰いついてくるところから物語は始まります。

 

 

 

鯨神

小半ときほどして鯨神は全身から血をふきだしながらおどりあがり、それから二ときほども荒れに荒れたあげく、セコ舟、モッソウ舟、網をひくソウカイ舟のほとんどを全滅させて海底に沈み去った。三重の網はむろん破られ、孫をふくめて十二人が冬の海に死に、六人のゆくえがわからなくなり、若い刃ザシ見習の一人は恐ろしさのあまり発狂した。

これは、鯨神とシャキと呼ばれた若者の物語のはじまる三年前のことである。

 

一転して巨大なるものの畏怖をストレートに伝えてくれる物語が始まります。

 

 

 

花魁小桜の足

日本の芸能には世界一卑猥なものが多い。どじょうすくい、阿波踊りなど、みずから貶めることで集団の安定をたもち、自発的であることでかろうじて自尊心を保つ。

 

賛否あるコメントかと思います。海外にも似たような文化がある気がしますし。

ただ、内容の是非はともかくとして、こういう単純化しすぎる文化的考察をスッと入れてくるあたりに著者のインテリさと大衆好みさの両立を感じますね。

 

 

 

西洋祈りの女

出戻り娘は、何匹かの蛇の生命を飲むと、急に感情が高ぶる性癖のようでした。用を済ませてから長居していると、すばやく手をのばしてつかまえに来ます。私を自分の肌に押しつけて、泣くがごとく怨むがごとく、自分といままで関係のあった男たちへの呪いを聞かせます。

 

地方の山村にて。精をつけるために蛇の生き血を飲む女と、バイトで蛇を取ってくる主人公の少年。短いこれだけの文章の中でも、山村独特の文化、女の情愛と鬱屈、少年の無垢な眼差し、それぞれが伝わってくるところが卓越していると思います。

以降の本編はさらに面白い(ただしハッピーではない)のでおすすめ。

 

 

 

ズロース挽歌

さきの手紙で、私、三十八年にて終る一生の、奇妙な逸楽と苦しみを残しておきたし、と申しあげた。けれども、よく考えると、私がほんとうに言いのこしたかったことは、少し、ちがう。はっきり申して……おどろかないでほしい。それは、ズロースという、下着なのだ。あるいは黒い太い、ブルーマアという運動着、それらで腰をつつんだ、女学生、という女たちなのだ。女子学生ではない。女子大生でもない。あくまでも、絶対に、断じて、女学生、でなければならない。

 

もうこの導入部だけで「ダメだこの人……」となりますが、話が進むごとに変態極まる人物や描写がどんどん出てきて、「性の魅力とは単純な出し入れを超えたところにある」と言わんばかりの自信みなぎる文章が続きます。

当著1つ目の「姫君を喰う話」以上のエログロ、というかキモい、シーンが続きますので本当に食事中読むことは避けた方がいいと思いますわ。

良くも悪くも頭には残ってしまうので作品としてはやはり名作に位置づけられるということなんでしょう。

 

 

 

リソペディオンの呪い

父と母はしばしば、はげしくやりあっていた。理屈も判らない釜足が母の方に立ったのは、母が女で、弱弱しそうに見え、すぐ泣いて釜足を味方にひきこみたがったからにすぎない。しかし釜足がいったん母の立場に立って、いっしょに父親を攻撃すると、とたんに母親は、不満げな顔になるのだった。

「そうは言うても、父ちゃんもあれで、なかなかやり手やけんね」

そう母親が言うとき、釜足はいつも裏切られた気持ちになった。

 

この作品もなかなか面白くて好きです(ただしハッピーではない)。

主人公が、両親の男と女としての関係性を理解できない様を端的に描写していますが、そういう子どもっぽさ、未熟さが物語全体を通底していて、切なくて情が湧きます。

 

 

 

 

以上、かなりマイルドな部分を紹介いたしましたが、実際の展開はもっとエグいので興味が湧いた方は手に取ってみてくださいませ。

私も露骨なエロやグロはそんなに好きではありませんが、文体に妙な知性を伴っているせいか、読後感はそこまで悪くない……いや良くもないんだけど……濃くて好き嫌いの分かれる食べものを食べた、まあ年に数回ならこういうのもいいかな、という気持ちになりますし、人生観が変な方向に広がったような気にもなれます。

 

 

宇能鴻一郎さんのように、恵まれた頭脳を駆使して独特のプレシャスな世界を展開していくクリエイターがこれからも登場いたしますように。