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かんたんにかんたんします。

「じゃりン子チエ 文庫版26巻 感想 テツとヨシ江のプロポーズ」はるき悦巳先生(双葉文庫)

 

じゃりン子チエ26巻、ここまでの長期連載を経て、遂にテツとヨシ江はんの馴れ初めの一端が明らかになってかんたんしました。

若い時のヨシ江はんが、まさにチエちゃんと現ヨシ江はんのあいだくらいの容貌で私はいいと思う。

 

www.futabasha.co.jp

 

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このカバー絵好き。

 

 

文庫版26巻に収録されているお話は次の通りです。

 

  • マジメになりそな梅雨の日々
  • あぶないオッサン
  • お見合いの相手は誰
  • マジメな話は本名から
  • カルメラの本名で大騒ぎ
  • マジメな話はヨシ江さんから
  • いろいろ気になる夏休み
  • テツの避暑地
  • サイは投げられた
  • その日テツは消えた
  • 合同見合い「3対2」結末篇
  • 資格の裏目
  • 虎穴に入らずんば虎子を得ず
  • 虎穴に突撃Part1
  • 虎穴に突撃Part2
  • 真実の旅
  • 二人で一人 二人でも一人ぼっち
  • 作文「岡山旅行」前篇
  • 作文「岡山旅行」後篇
  • 夏の整理
  • コピーの研究
  • さまざまの友情

 

前半~中盤がカルメラ兄弟の見合い話、

後半が岡山のサッちゃんとの交流話になります。

 

 

以下、各キャラクターの名ゼリフのご紹介を。

ネタバレも含みますのでご留意ください。

 

 

 

カルメラ

「お…お見合いとかデートとか

 そうゆう話はちゃんとワシの本名

 分かってからにせんかい」

 

お好み焼屋のオッちゃん(百合根)がカルメラ兄弟にお見合いの話を持ってきたところ、内心喜びつつ、「ワシの本名もお前ら知らんくせに」という態度を取るカルメラ兄。

ここまで誰も彼らの本名を知らないこと自体がウケますね。

いちおう話が進むと本名が紹介されますが、いちおう伏せておきます。

Wikipediaに載ってますけど。

 

 

 

ナレーション&小鉄

「猫の悲しい性だ

 動いてる物を見ると

 すぐ手をだしてしまう」

「ニャ!?

 ニャニャッ

 なんじゃ………こらっ」

 

人の手紙を読みたくて、小鉄を利用するテツ。

ぴらぴら動く封筒にとびかかり、つい封を切ってしまう小鉄がかわいい。

 

 

 

お好み焼屋のオッちゃん&おバァはん

「こうなるともうイケイケドンドンですな」

「そらもうバックスクリーン三連発ですわ」

 

カルメラ兄弟の本名が分かり、お見合いを上手く組めそうで喜ぶ二人。

会話がまさに当時の大阪でいいですね。

 

 

 

アントニオジュニア&小鉄

「おい……

 チエちゃん完全に

 自分を見失のうとるやないか」

「なんでやねん」

「なんでて

 チエちゃんはどんな時でも

 テツの面倒と店の仕事とを両立させてるから

 チエちゃんじゃないのか」

 

夏休みにチエちゃんとヒラメちゃんが岡山のサッちゃんの家に遊びに行くことになり、「その間、テツが野放しになるやないか」と焦り始める登場人物一同。

ジュニアの解説がいちばん辛辣かつ的確で面白いです。

 

 

 

テツ&ヨシ江はん

「お…おまえなぁ

 こうゆう大問題を

 冗談半分のデート気分で」

「デート!!

 よろしいなぁ

 久しぶりにそうゆうのも」

 

花井家に行くテツについていこうとするヨシ江はん。

テツがはずみで出した言葉を拾ってデートに持ち込むあたりが上手ですね。

この巻は全体的にヨシ江はんが久しぶりに優遇されている感じでいいと思います。

 

 

 

ミツル

「オレはテッちゃん

 立派やったと思てるよ」

 

カルメラ兄弟のお見合いの余波で、花井センセにテツのプロポーズを暴露され、神経が衰弱してしまったテツ。

混濁した記憶を幼馴染のミツルに確かめると、ミツルからは意外な高評価コメントが。

テツとミツルの友達関係、決めるところは決めるタイプなので私は好きだな。

 

 

 

若い頃のテツ

「ボ…

 ボ…

 ボクと結婚して下さい」

 

花井センセとミツルを同伴して、ヨシ江はんとの初デートの際に、緊張して眼を回しながらいきなりプロポーズした若き日のテツ。

頬を赤らめて驚く若き日のヨシ江はんもかわいい。

こういう甘酸っぱい話を楽しそうにチエちゃんやカルメラに話して聞かせる花井センセもかわいい。本当にテツのことを大事に思っているのが伝わってきます。

 

 

 

チエちゃん

「金魚と金魚のフンは友達とちゃうど」

ヒラメちゃん

「男の友情はしゃべりやな」

 

ともにマサルとタカシに対して。

日ごろのマサルマサルだけに、躊躇せずえげつないストレートを投げる二人。

小学生の口ゲンカというのもお互い残酷なものです。

 

 

 

サッちゃん

「わたし

 岡山のチエちゃんなのよ」

 

遊びに来てくれたチエちゃんとヒラメちゃんに、チエちゃんのように家のラーメン屋を手伝っていることを教えるサッちゃん。

その話を聞いたテツが、棍棒を振り回してタチ悪い客の頭を割ってるサッちゃんを想像していてウケます。

 

 

 

サッちゃん

「………

 もう帰っちゃうのね

 いつまでも居てくれればいいのに」

チエちゃん

「……

 なんかウチ読む気なくなってきた」

「ウチ

 サッちゃんのこととか

 帰る日のこと思い出したら

 なんか淋しなって来たわ」

「あとはみんなで勝手に読んで」

 

岡山旅行の作文を家族に読み聞かせていたものの、旅行の終盤になって読むのをやめてしまうチエちゃん。

こうした心情描写の丁寧さが、じゃりン子チエを名作たらしめていると思います。

最初期のチエちゃんの父親作文もすごい良かったですもんね。

 

 

 

サッちゃんからの手紙

「……

 本当におどろいてしまいました

 わたしの住所と写真のコピーだけで

 よく来れたと思います」

 

チエちゃんの岡山写真を一枚くすね、近所のコンビニ(!)でコピーし、それを手がかりに岡山まで行ってしまった小鉄とアントニオジュニア。

この二匹、やろうと思えば海外でも宇宙でも行けるんちゃうかというバイタリティを感じてしまいます。相変わらずすごい。

岡山まで行った目的が、サッちゃんの飼い猫ロックのダイエットに協力するためというのもイケてるんですよ。

 

 

 

 

 

全体的に作者の筆が乗っているような印象のある、充実した巻ですね。

テツとヨシ江はんの若き日、

チエちゃんとヒラメちゃんとサッちゃんの淋しさをはらんだ夏、

それぞれが胸に残りました。

 

先行きが作品内で描かれることはないと思いますが、チエちゃんとヒラメちゃんとサッちゃんがそれぞれ立派な大人になり、また、友情がずっと続いていますように。

 

 

「じゃりン子チエ 文庫版25巻 感想 物語の時代設定」はるき悦巳先生(双葉文庫) - 肝胆ブログ

「じゃりン子チエ 文庫版27巻 感想 花井センセの作家論」はるき悦巳先生(双葉文庫) - 肝胆ブログ

 

 

 

小説「松永久秀 天下兵乱記 感想」児玉望さん(幻冬舎MC)

 

昨年に発売されていた松永久秀さんの小説が、さいきんの史実研究をベースに松永久秀を等身大の好人物として描いておられてかんたんしました。

 

www.gentosha-book.com

 

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じわじわと松永久秀さんのコンテンツも増えてきているような印象があります。

 

松永久秀さんのコンテンツと言えば、

  • 従来説どおりの大悪人として描く
  • さいきんの三好家忠臣っぽさを取り入れながらもアクとケレン味を強くして従来説的な評判が広まるのもさもありなん的な人物として描く

 

あたりが二大主流になってきているような気がいたしますが、

 

 

こちらの「天下兵乱記」版の松永久秀さんは

  • ものすごく真面目
  • ふつうに有能
  • 野心は特にない
  • ときどき地の関西弁が出る
  • 里芋大好き
  • 三好長慶さん大好き
  • 弟の甚介さんや息子の久通さんや妻や母たち家族も大好き
  • 長慶さん死後は三好義継さんや織田信長さんに期待をかけるも、思っていたのとなんか違うな……とだんだん諦念をいだく
  • 最後はいろいろ上手くいかなくなるけど、人生にはけっこう満足して去っていく
  • 表紙はさいきん発見された松永久秀さん像とされる肖像画

 

と、まったくアクやケレン味のない、「ええ人やなあ」「頑張らはったんやなあ」という感想が出てきそうな人物として描かれているのが特徴です。

 

「さいきんの忠臣説を採用し、従来説っぽいキャラ付けは一切しない」「織田信長さんとは特に深く関わらず、プレ信長さん的な位置づけも特にされず、ただただ距離感だけが開いていく」松永久秀小説というのはありそうでなかった気がいたしますね。

 

 

なお、三好長慶さんも近年の説が採用されていますが、最期は精神を病んでしまいますので長慶さんメンタル説が許せない方はご留意ください。

 

 

文章構成としては、松永久秀さんの生涯を編年体で記述していく教科書的なスタイルで、創作要素はあまり多くないので、取っつきやすいんじゃないかなと思います。

 

 

 

いくつか当小説の松永久秀さん描写を引用いたしますと。

 

 

長慶さんから仕えんかと勧誘され、さっそく心が燃える久秀さん。

人の心をくすぐるような、嗾けるような物言いをして、ひと回り以上も年上のこの儂を誘っておる。

『若造めっ』

と思いながらも、儂は儂で、己の心の奥底で何やらが燃え始めたのを感じていた。

 

 

 

長慶さんに仕え始めて、さっそく大満足な久秀さん。

そうなのである。儂が申し上げたからなのか、それはわからないが、長慶様は独断に走らず、よく皆の考えを聞いてくださる。今日の軍議もそうであった。

甚介が「我が殿は素晴らしきお方じゃ」と言うておったが、ほんに素晴らしき殿様じゃ……と、儂も思う。

 

 

 

褒め上手の松山重治さんにおだてられて嬉しい久秀さん。

「さすがは音に聞こえた松永弾正殿じゃ。聞きしに勝る戦いぶり。何と言うても戦が鮮やか。それに鉄砲を使うなど戦い方が斬新じゃ」

松山重治から絶賛を浴びた。

「いやいや、松山殿がご助勢くだされたからこその勝利でござる」

少々照れながら儂は言葉を返した。

 

 

などなど。

超素直な久秀さんがいちいちかわいくないですか。

 

 

 

その上で、個人的にいちばん好きな描写は、

天正元年(西暦一五七三年)に松永久秀さんが三好家に復帰し、再び畿内に三好家の勢いが戻ったと思ったら……三好長逸さん、篠原長房さんという中核人物が次々とご逝去されてしまうシーン

 

この大事な局面のさなか、三好長逸が病で身罷った。

「何故、今なのじゃ、これからという時に……」

長慶様との出会いの場面から今日に至るまで、良しにつけ悪しにつけ、長いこと苦楽を共にしてきた。その戦友とも言うべき同輩の死に接し、悼むというよりは、どこか恨めしく思い、取り残されたような気持ちに儂は包まれた。

 

阿波三好家の執政である篠原長房が、有ろうことか、主である三好長治に討たれてしまった。

「どいつもこいつも、皆、何をしておるのだ」

使者の知らせを聞いた途端、言いようもない怒りが込み上げてきた儂は、鴨居の横木に掛けてあった槍を掴み、ブンっと振り回し、板戸を打ち抜き粉砕した。

使者も近侍も驚いて腰を抜かした。

 

 

従来小説の松永久秀さんなら、三好長逸さんや篠原長房さんの死にこんなけ動揺することはないと思うんですよね。

 

取り残されて、恨んだり、ムカついたりする等身大極まりない松永久秀さんのありように、好感度がもうストップ高であります。

「こんなに頑張っているのにこんなに報われない松永久秀」像を直球で投げてくれている小説、イケてるなあとひしひし思いました。

 

 

 

 

こういうタイプの松永久秀さんも面白いものですね。

研究の進展を踏まえ、これからも多様な三好家コンテンツが増えていきますように。

 

 

こちらの小説、松山重治さんが松永久秀さんと仲よかったり、

石成友通さんが松永久秀さんのことをライバル視していたりするところも好き。

 

 

 

「貞観政要 全訳注 感想」呉兢さん / 訳注:石見清裕さん(講談社学術文庫)

 

貞観政要の全訳注を読んでみましたら、古来から読み継がれてきたことも納得の素晴らしい本であることがひしひしと実感できてかんたんしました。

人の上に立つ人、あるいは人の上に立つ人に物申す立場にある人にとっては、座右の書とする価値が充分にあると言えましょう。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

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1300年以上読まれた「統治の教科書」不朽の古典、全文完全新訳。
とても読みやすい平明な訳文と、背景となる歴史がよくわかる解説でおくる、決定版!

 

□よき君主は諫言に傾聴する□
唐王朝(618-907年)の第二代皇帝にして、王朝の最盛と謳われる七世紀「貞観の治」をなした皇帝・太宗が、広大な版図を治め、王朝を栄えさせるために、臣下と議論を交わし、ときには痛烈な諫言を受け入れた様を描いたのが、この『貞観政要』全十巻四十篇です。

「私の非が明らかにならない理由は、官僚たちが従順で、皇帝の機嫌を損うのを憚かっているためだろうか。そうならないように、私は虚心に外からの忠告を求め、迷いを払いのけて反省しているのである。言われてそれを用いないのであれば、その責任を私は甘んじて受け入れよう。しかし、用いようとしているのにそれを言わないのは、いったい誰の責任であるか。今後は、各自が誠意を尽くせ。もし私に非があれば、直言して決して隠さないように」(本書 巻二「任賢」より)

 

□「人の上に立つ者」のために書かれた□
太宗が死して60年余が過ぎ、国史編纂に携わる歴史家の呉兢によって編纂されたこの書物は、唐王朝が変革のときを迎えようとする時代にあって、貞観の治世を手本とするよう、当時の皇帝に上進されたものでした。

 

□日本人も古代から読み継いだ□
平安時代の日本にも伝わると、以来江戸時代を経て現代に至るまで、統治者の心構えを説く必読書として読まれ続けてきました。
徳川家康明治天皇も読んだと言われる、「主君のための教科書」です。

 

□ビジネスの智恵として□
現代にも通じる、人材育成、組織統治、コミュニケーション術の要諦を説く一冊として注目されています。

 

歴史学の眼で「全文」を読み解く□
貞観政要』が描くのは「理想の君主」像だけではありません。
長く皇帝の座にあった太宗は、やがて怒りやすくなり、傲慢で贅沢になり、直言を嫌がるようにもなっていきます。
・なぜ編者・呉兢は、そのようなことまで記したのか
唐王朝はいかなる歴史の中で築かれたか
・実像の皇帝・太宗はどのような人物であったか
歴史学者ならではの鋭い分析とわかりやすい解説で、本書の「本当の意義」を読み取ることができます。

 

 

貞観政要、名前くらいは聞いたことがある方も多いと思います。

 

さいきんは漫画センゴク徳川秀忠さん評で「創業守成」草創と守成、いずれが難きや)という有名なフレーズが引用されていましたね。

徳川秀忠さんは平和時の守成を導くという意味では最高の才だよね的な取り上げがされていました)

 

北条政子さんが愛読していたらしい」「徳川家康さんも愛読していたらしい」「明治天皇も愛読していたらしい」とかの風説も相まって、帝王学のテキストとして扱われることに定評がございます。

 

 

そういう訳で一度全文を読んでみたいと思っていたところ、ちょうど講談社学術文庫から全訳注が出ていたので読み通して見た次第なのですが、これが想像以上に良い本で買ってよかったなあと感激しきりなのですよ。

 

この本は、上で引用した出版社の記載にもある通り、

  • 貞観政要の全文が載っていて、名言つまみ食いではなく、「こんな章もあるんや」的なところまで載っている
  • 訳注の石見清裕さんが、文学者ではなく、歴史学者として「唐・太宗の置かれた状況」「貞観政要執筆時の状況」を客観的に解説してくれている

 

ところが素晴らしいなと。

 

 

具体的に感想を申しますと、

 

始めのうちは、太宗さんが魏徴さんたち臣下からの諫言を望み、諫言をしっかり受け入れている姿を中心に描かれるので、「さすが名君と呼ばれた帝王は違うな」「人の上に立つ者こうあるべし」みたいな感じに感動できるのですけど、

 

途中からだんだん、太宗さんが「俺に諫言するんなら言い方てものがあるやろ」みたいな空気を出し始めたり、諫言を受け容れた風にしながら実際はスルーして民に無理を強いたりする姿をビビッドに解説いただけるので、「……諫言って、伝え方が大事なんやな」「どれだけ名君と名臣が闊達に意見しあっても、どないもならん時もあるわな」と、たいへん現実的な場景を読者にお見せいただけるのです。

 

 

一般的に貞観政要いいよねというと前者の太宗さん名君ムーブが着目されると思いますし、実際に素晴らしい内容ではあるのですが、個人的には後者の太宗さんもやっぱり人間なんや過度な幻想いだくよりも実際的な苦労や限界も見逃したらあかんで的な内容もしっかりと心に刻んでおきたいと思いました。

 

名君と称される太宗さんですら皇帝を続けるうちに驕りの部分や素直に諫言を受け容れない部分が出てきた、という現実をしっかりと認識することで、我々凡庸な人間はなおさら「偉くなっても、偉い立場を長く続けても、驕ってはいかんよな」という戒めの気持ちがより湧いてくるでしょうし、

偉くて人格が立派とされる人に対して耳に優しくないことを言わねばならない時には「この人なら何言っても聞いてくれるやろ」と甘えるのではなく、「失礼のないよう、心広く聞いていただけるよう、言い方伝え方に気を配ろう」という姿勢になれるんじゃないかなと思います。

 

そういう点で、この本はまさしく座右の書、時々読み返してみて自分に驕りがないか、偉い人に甘えていないか、セルフチェックできる本だと言えましょう。

手元にいつも置いておきたいと思える本に久しぶりに出会えて、とても幸いです。

 

 

いつの時代も上司は諫言を素直に受け入れられない、部下は諫言を率直に伝えることができない、というのは不幸のもとですから、貞観政要のような本が誰でも読める現代のありがたさを存分に活かし、フランクな諫言コミュニケーション文化が世に広がっていきますように。

けっして帝王だけが読んでおけばいいという本ではないと思います。

 

 

 

<参考:巻十「慎終」より>

 

こういう諫言、帝王と臣下のやり取り、ほんとすごいと思います。

 

 

房玄齢さんから太宗へ

「陛下は謙遜の気持ちが強く、功績を臣下のものとしています。これほど太平の世を実現したのは、元より陛下の徳によるものであり、臣下には何の力がありましょうか。ただ陛下にお願いしたいのは、この初めの美点を最後まで全うしてほしいということです。そうすれば、天下はいつまでも陛下を頼りとするでしょう」

 

 

太宗さんと魏徴さんのやり取り

貞観十六年(六四二)に、太宗は魏徴に言った。

「これまでの帝王たちを見ていると、天子の位を十代にもわたって伝えたものがいれば、一、二代しか伝えられなかった者もおり、なかには自分一代で滅んでしまった者もいる。だから、私はいつも心配なのだ。ある時は、人民をいたわり養うのに、その方針が当を得ていないのではないかと心配になり、またある時は、自分の心に驕りやわがままが起こり、喜びや怒りが度を過ぎているのではないかと心配になる。こういうことは自分自身ではわからないので、そなたはそういう点を進言するべきである。私は、必ずそれを手本とする」。

魏徴は答えた。

「欲望や喜怒の感情というものは、賢者であろうと愚者であろうと同じです。しかし、賢者はそれを制御して、度を過ぎるということがないのに対し、愚者はそれに流され、多くは身を持ち崩してしまいます。陛下は優れた徳と深い思慮をお持ちですから、安泰な時でもしくじりがないかを心配されています。どうか陛下にお願いしたいのは、常に自分の心を制御され、それを保ち続けて有終の美を飾ってほしいということです。そうすれば、わが国は万世まで陛下の御恩を被ることになるでしょう」。

 

 

他の章や解説を読む限り、どうやら太宗さんは即位して時が経つと、だんだん度が過ぎた造営や狩猟で民に負担を強いたり、人事面で贔屓したりといったムーブが増えていたようです。

 

そういう背景を踏まえた上でこれらのやり取りを見ると、おそらく太宗さん自身が「やり過ぎたかな、民がキレたらまずいよな」という不安を内心では抱いているのでしょうし、房玄齢さんや魏徴さんも「やり過ぎてるぞ」「晩節を汚すような真似はするなよ」と伝えざるを得ない局面があったのでしょう。

 

そうした中で、「君らから見てまずいと思ったらちゃんと言ってね」と臣下に伝える太宗さんもやっぱり立派ですし、房玄齢さんや魏徴さんが「いや~陛下はめっちゃ立派な人ですから僕らいつも最高やなと思ってますけど、あえて言えばこういうことですかね~」と最大限太宗さんのプライドを刺激しないようにしながら言うべきことはちゃんと言っている命がけの忠臣っぷりも立派だと思うんですよね。

 

 

人間って権力を帯びると、こういうやり取りなかなかできないと思いますの。

 

日ごろこんな機会もあんまりありませんが、こういうやり取りができるように心構えは持っておかないとなあ。

 

 

 

 

 

信長の野望20XX「異聞 小田原城包囲戦 感想」

 

信長の野望20XX、3か月にわたって開催された「異聞 小田原城包囲戦」のストーリーがようやく完結しまして、20XX版戦国時代の着地点がいい意味でどこに行くのかますます分からなくなっていてかんたんしました。

 

 

↓イベント実装のリリース

お知らせ

お知らせ

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小田原城包囲戦」は、1569年ごろの武田信玄さんによる小田原城包囲を指します。

 

こちらのイベントではいつものように幽魔が暗躍して武田家と北条家をガチ激突させようとするのですが、逆に数々の戦いを通じて三国同盟の再生が模索されるようになる――という、東国戦国史ファンからするとかなりカタルシス高い展開が描かれまして見ごたえがございました。

 

 

 

以下、ネタバレをまじえつつ、見どころのご紹介を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当イベントはかなりボリュームがありますので、当初は物語がどこに向かっているのかよく分からず、北条氏照さんによる怒涛のアナル攻めに困惑していたのですが。

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素人には分かりませんが、コアな北条家ファンにとって北条氏照さんといえば尻武将なの…………?

マジで? せっかく極上イケメンになった大志顔グラをこんな使い方していいの? 八王子市民が一揆起こしたりしない? 等と困惑するばかりです。

 

 

 

 

また、桶狭間の戦いを生き延びた今川義元さんが自然死されたようで、

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今川氏真さんが今川義元さん(霊)や太原雪斎さん(霊)の力を借りながらサッカーで駿河を安定化させるという「なんだこれは」な展開にただただ笑っていましたら。

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今川義元さん(霊)がこういうことを言い始めて、ようやく私のにぶい頭にも、この小田原城包囲戦が三国同盟崩壊の象徴であり、シナリオのゴールが三国同盟再生にあるということが呑み込めました。

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冷静に考えれば20XXらしいシナリオな気もするのですが、今回はカオスな描写が多過ぎて本筋を忘れそうになりましたね笑。

 

 

 

同じく、北条家にも未来から北条氏直さん(霊)がやってきて、三国同盟の再生を訴えはります。

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で、なんやかんやと相当なボリュームの展開がありつつ、最終的には武田家、北条家、今川家による新たな三国同盟が締結されてイベントは幕を閉じます。

 

今川氏真さんがさいきんの長篠の戦い研究の成果ぽいことを言っている辺りにゲーム内での彼の成長が感じられて嬉しいですね。

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武田勝頼さん、北条氏政さん、今川氏真さんで三国同盟を結ぶ、

三者はそれぞれ自前の技術を提供しあう、

協力して西国勢力の来襲に備える……

 

という流れは東国戦国史ファンにとってなかなかロマンのある展開でして、戦国時代ifとしても面白いですね。

当面、はしごを外されたかたちになったであろう上杉謙信さんや徳川家康さんがブチ切れているんじゃなかんべか等と心配になりつつ。

中期的には、織田信長さんが史実通りの勢力拡大を進めていると仮定した場合、この三国同盟が信長包囲網に加わるのかスルーするのか的な話になるんですかね。

武田家や今川家が織田信長さんの行動に介入せず国力増強に努めるなら、織田家も史実より楽に畿内安定化を進められるでしょうし、もしかしたら足利義昭さんの離脱もなくなるかもしれませんので、あんがい史実よりも日本は平和なのかもしれません。

 

ただ、日本の歴史上、戦国時代末期の全国一統、それによる技術や文化の交流はとても重要だと思いますので、本当に三国同盟が長く続いて結果として分裂時代が存置されてもいいんだろうかという気もいたしますね。

ラストでほのめかされている通り、もしかしたら後年の伊達政宗さんのように、独自に東国と南蛮での交易とかまで始めてしまうのかもしれませんが……。

北条氏直さん(霊)にはその辺の意見も聞いてみたいところです。

 

 

 

 

そのほか、当イベントで個人的に好きな描写としましては。

 

北条家が築城術にプライドを持っているところであったり。

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高坂昌信さんが、甲陽軍鑑リスペクトな諫言を武田勝頼さんに放っていたり。

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「甲陽軍鑑(ちくま学芸文庫版) 感想」佐藤正英さん - 肝胆ブログ

 

 

 

20XX瑞渓院さんが、201X瑞渓院さんの発展形だったり。

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20XXになって多くの武将がキャラ変している中、201Xの謎キャラ付けをそのまま活かして登場してくれる人物がいると素直に嬉しいですね。

 

 

 

 

 

それにしても、祝日に更新までされて、大イベントを予定期間内にすべて実装できたところに運営さんの意地のようなものを感じました。

「何かがあったんだろう」感が満載のお正月の女性イベントといい、運営さんの疲弊、資源不足、あるいはコロナ等の影響……が心配でなりませんし、それ以上に20XXそのものの先行きに一定の覚悟をせざるを得ない気もいたしますが、201X・20XXには充分に楽しませていただいたという感謝の気持ちを忘れずにほどよく今後もお付き合いしてやがてきたる最期をみとることができればと思います。

 

そうは言いつつ、20XXが今後も思いのほか長生きされて、多くのユーザーに愛される存在でありますように。

そして201X・20XXで得られたノウハウが、今後のコーエーさんの歴史ゲームのなかにもあんがい活かされていきますように。

 

というか、今度リメイクされる太閤立志伝5等も含め、コーエーさんのゲームの一番の魅力は異常なボリュームかつ独特の味のあるテキスト群にあると思っていますので、そういう意味では201X・20XXは古き良きコーエーゲームの正統後継作に位置付けられるべきなのかもしれないっすね。

 

本家「新生」も文芸面が充実しているといいなあ。

 

 

 

「じゃりン子チエ 文庫版25巻 感想 物語の時代設定」はるき悦巳先生(双葉文庫)

 

じゃりン子チエの文庫版25巻。

じゃりン子チエの物語は、なんとなく1970年代くらいで時代設定が固定されているものだと思っていたのですが、実は固定されているのはチエちゃん周辺の暮らしぶりだけで着実に時代は進んでいることが伺えてかんたんしました。

 

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表紙は久しぶりにシリアス調のチエちゃん。

 

 

25巻に収録されているお話は次の通りです。

 

  • 盛り上がらないクリスマス
  • ケーキは何個売れ残る?
  • サッちゃんからの年賀状
  • 福の神コケザル
  • 宝クジは誰のもの
  • 宝クジのごちそうは何?
  • カツオ節を噛みくだく猫
  • カツオ節でひと儲け
  • 切り札小鉄
  • どうにもこうにも歯がたたない
  • カツオ節タイトルマッチ
  • アルバイトをやりたい気分
  • 決定!!お好み焼屋でアルバイト
  • お好み焼はお好みで
  • 下駄焼が食べたい!!
  • 下駄焼を食べさせたい!!
  • 『チエちゃん』に客は来ない
  • 帰って来た酔っぱらい
  • 黒ワクのハガキ
  • 百合根の旅行先での出来事
  • また百合根が帰って来ない
  • 百合根光三 余話

 

前半はコケザルがまた猿知恵をきかせて銭稼ぎをしようとするようなお話、

後半はチエちゃんとヒラメちゃんが岡山のサッちゃんのところへ遊びにいくため、春休みにお好み焼屋でバイトするお話、その裏でお好み焼屋のオッちゃんの実家では……という内容です。

 

 

以下、各キャラクターの名台詞を紹介いたします。

ネタバレも含みますのでご留意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チエちゃん&ヒラメちゃん

「そやけどこれ……

 ウチまちごうて反対に刷ってしもたからなぁ

 なんかヒラメちゃんの作品

 傷つけるみたいになるで」

「そんなことない

 ウチええ感じになるの分かるねん」

 

岡山のサッちゃんへ、合作での年賀状を出す二人。

カマボコ板を1枚ずつ彫って申年の版画を刷ることにしたところ、チエちゃんは失敗を予感していますが、ヒラメちゃんは良い仕上がりになることを確信しているのがいいですね。

実際に素敵な版画が完成しまして、ヒラメちゃんのアート感覚はさすがであります。

 

 

 

チエちゃん&小鉄

「あのなぁ……

 あんた目当てに時々ややこしい猫が

 現れることあるけど」

「はぁ…」

「あんたカツオ節の固まりを

 そのまま噛みくだける猫に心当たりないか」

 

コケザルとテツがカツオ節を噛みくだく猫を使って、カツオ節の早食い勝負で銭稼ぎし始めるのを見たチエちゃん。

いつものように実は小鉄狙いのややこしい猫なのでは……と直感を働かせる長期連載主人公っぷりが頼もしいですね。

 

 

 

小鉄

「どぉ考えてもワシ

 そんな猫に心当たりないがな

 だいたいカツオ節噛みくだくちゅな

 ヤボな一発芸の猫なんて

 ワイが昔かかわった猫は

 クサリ鎌ふり回したり

 電気ノコギリふり回すような

 シャレにならん猫が多かったんや」

 

一方、小鉄の率直な反応。

ほんまに一匹だけ世界観が違う過去をお持ちであります。

 

 

 

テツ&うどん屋のオバちゃん

「オバはーん

 天丼もぉ一つや」

「なんだす……

 チエちゃんにこづかい上げてもらいましたんか」

 

テツがチエちゃんに養ってもらっていることが知れ渡っていて、誰もそのことに違和感を抱いていない様子なのがいいですね。

 

 

 

ミツル

「全員逮捕する~~」

 

久しぶりに警察官らしさを発揮して、猫のカツオ節噛みくだきバクチ勝負をお流れに持ち込むミツル。

当たり前と言えば当たり前の役割なのですが、この漫画では珍しい展開になりました。

 

 

 

テツ

「チエ~~

 待ってたど

 今日から春休みやなぁ」

 

チエちゃんに遊んでもらおうと、店の前でニッコニコで待ち構えているテツ。

かわいい。

 

 

 

チエちゃん@お好み焼屋&『チエちゃん』常連の二人

「おおきに

 晩はまたウチとこにも来てや」

「あ…ああ」

「ビックリしたなあ

 チエちゃんアルバイトて……

 なんかワシ仕事終った気分で

 酒呑みたなったわ」

「アホな…

 チエちゃん昼も晩も店やってるのに

 そんなことゆうたらバチ当たるで

 

ホルモン『チエちゃん』常連のおっさん二人が、お好み焼屋でバイトしているチエちゃんを見て驚く。

このおっさん二人、善良な大阪の庶民という感じがして好きです。

 

チエちゃんとヒラメちゃんによるお好み焼屋経営が大繁盛しているのも好き。

この二人は愛想がいいので、お客さんの満足度も高そうです。

 

 

 

百合根の父親(耕太郎)&百合根

「ワシもうあかんの分かってるんや

 最後の晩くらいおまえと吞みたいなぁ」

「………

 ………

 相手したろか」

 

お好み焼屋のオッちゃん(百合根)の父、耕太郎氏が危篤状態。

お父さんも酒好きで、二人で末期の酒を酌み交わします。

 

一方、耕太郎氏はお金持ち(旅館の主)で、かつ複数回の結婚を経て多くの子どもがいるために、隣室では遺産目当ての関係者がうじゃうじゃ……と、一定年齢以上の読者からするとたいへん残念な気持ちになる状況でございました。

 

エピソードの詳述はしませんが、お好み焼屋のオッちゃんはいつも男前ですね。

テツが無意識にオッちゃんを尊敬していることが伺えるシーンも好きです。

 

 

 

 

 

そのほか、名ゼリフという訳ではありませんが、じゃりン子チエの時代設定が伺えるセリフをふたつほど。

 

 

通りすがりの兄ちゃんたち

「おまえ昨日プレゼントなにもろたんや」

「オレ ウルトラファミコン

 

ウルトラファミコン!!

調べてみたら、この文庫版25巻は1990年代連載時の作品を収録しているようです。

ちょうどスーパーファミコンが発売された頃ですね。

 

じゃりン子チエの世界にもファミコンという概念があったのか……と驚きました。

 

 

 

チエちゃん

「今アルバイト代なんぼしてるか知ってるのか

 ウチ店やめてアルバイトしたいくらいやわ」

 

世の中の時給800円台、日給7000円台の広告を見て、自分の境遇との格差に気づきイライラするチエちゃん。

長期連載を通じて、いつの間にやら世の中は豊かになっていて、相対的にチエちゃん周辺の暮らし向きがノスタルジックファンタジーになり始めていた感じでしょうか……。

 

 

 

 

 

じゃりン子チエの世界は魅力的すぎて読んでいてもふだんは時代設定とか気にならないだけに、逆に時代設定が伺えるセリフや描写が出てくるとドキッとしてしまいますね。

こういうセリフが出てくるあたり、もしかしたら、はるき悦巳先生も世の中の流れとじゃりン子チエのギャップが気になり始めていたんでしょうか。

 

 

さはさりながら、この巻もエピソードはいずれも上質で、本筋だけでなく脇のセリフでも楽しませてくれる巻でございましたし、世の中が豊かになったからこそお好み焼屋のオッちゃんの行動・セリフがより輝いていると思います。

 

いまも多死社会で多相続社会でございますが、互いに権利主張へ躍起になるよりは、故人の気持ち、介護等で多くの苦労を背負った方の気持ち等々がリスペクトされるような、和らぎのある相続シーンがどなたさまのご家庭でも展開いたしますように。

 

 

「じゃりン子チエ 文庫版24巻 感想 サッちゃんとの別れ」はるき悦巳先生(双葉文庫) - 肝胆ブログ

「じゃりン子チエ 文庫版26巻 感想 テツとヨシ江のプロポーズ」はるき悦巳先生(双葉文庫) - 肝胆ブログ

 

 

「戦国北条家の判子行政 感想」黒田基樹さん(平凡社新書)

 

平凡社の北条家新書を手に取ってみましたら、さいきんの後北条家内政研究を分かりやすく紹介いただけるとともに現代行政実務に通じるというレアな視点でのフィーチャーがなされていてかんたんしました。

 

www.heibonsha.co.jp

 

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禄(財産)と寿(生命)、まさに穏やかなるべし―。

戦乱の世に「禄寿応穏」をスローガンに掲げ、

五代一〇〇年にわたり統治を実現した戦国北条家は、判子文化、納税や裁判の制度、
公共工事など現代の統治システムの礎を築いた。

領国統治の仕組みから戦国大名国家と現代社会との継受性を明らかにする。

 

 

 

著者は後北条家研究で有名な黒田基樹さんです。

本当に著作数が多いですね。

近年の後北条家人気に大きく貢献されているのは間違いなさそう。

 

 

 

当著の構成は次の通りです。

 

はじめに――現代の統治システムの礎が築かれた戦国時代

 戦国北条家が一〇〇年続いたことの意義

 現代に続く「禄寿応穏」の世界

 北条氏綱の遺言状

 村落を貧しくしてはいけない

 現代の統治システムの原点


第一章 納税通知書と判子文化の成立

 納税通知書の発行は戦国中期から

 判子文化の起源は江戸時代

 北条家の初見の印判状

 虎朱印状が創設された背景

 村に出された配符の成立

 印判状の意味

 北条家の地位上昇と印判使用の拡大

 北条家の印判使用

 広がる印判状の文化

 印判状は直状と奉書

 花押代用印の普及

 

第二章 目安制が開いた裁判制度

 戦国北条家による開かれた裁判制度

 目安制の導入

 給人領への適用

 給人の租税賦課への適用

 目安制の全面展開

 評定衆による裁判制度

 下級役人の処罰の実態

 村落同士の紛争への適用

 

第三章 一律税率の設定と減税政策

 複雑な租税の仕組み

 戦国大名の「国役」

 天文十九年の公事赦免令

 税制改革の推進

 段銭・棟別銭の増徴

 

第四章 徴税方法の変革

 納税方式にいつ変化したか

 滞納分の債務化

 徴税方式から納税方式へ

 変更の契機と理由

 村役人制の成立

 小代官と名主の役割

 村役人制成立の意義

 

第五章 市場関与と現物納

 戦国大名が広めた市場への介入

 銭納から現物納へ

 撰銭という社会現象

 北条家の撰銭対策の開始

 現物納の採用と納法の制定

 代物法度の市場への適用

 現物納適用の拡大

 収取機構の確立

 

第六章 「国家」への義務の誕生

 「御国のために」という言説

 北条家存亡の危機の認識

 「御国」の大事

 「御国」のため、村のため

 「御国」論理の構造

 「人改令」の発令

 民兵動員の要請

 動員の実態

 動員対象の拡大

 

第七章 公共工事の起源

 公共工事の源流は「国役」

 中世は受益者負担

 大普請役の仕組み

 「末代請切普請」の導入

 葛西堤防の工事

 荒川堰の工事

 災害対応から生まれた公共工事

 

おわりに――戦国大名と現代国家のつながり

あとがき

主要参考文献

 

 

内容は詳しい人であればなんとなく分かるかもしれませんが、おおきくは「北条家スゲェ」となるやつたちです。

後北条家の内政は進んでいるとか研究が進んでいるとか聞いたことがある方は多いと思いますので、200ページ強の新書でそれらのエッセンスをスッと学べるのはお値打ちと言えるでしょう。

 

こういう行政実務的な内容って、戦国時代好きの中でも興味のあるなしがかなり分かれるんじゃないかなとは思いますけど、ある意味では人の殺害方法だとか騙す方法だとかよりも現代人にとってなじみ深いテーマですから、個人的には読んでいてとても楽しいです。

この本では、身分の違いと書札礼、民衆の撰銭と大名権力の介入といった、戦国時代でよく耳にするけどややこしくて取っつきにくい……感のある話題を分かりやすく説明してくれているので、戦国時代に興味を持ち始めた方にもニコニコおすすめできる感じになっていますよ。

 

 

この本で力説されている「戦国時代、現代に通じるものを生み出したのは織田信長さんや豊臣秀吉さんだけではない、むしろ北条家が遺したものも数多いのだ」という視点を行政実務面での解析から主張されているのは新鮮で実にいいなあと思います。

 

確かに歴史の研究は中央の政権がどうこうという視点になりがち(室町幕府末期の研究はなぜか遅れていましたけど)ですが、行政、働き方、経済構造、街道、水利、文化……といった様々な面で現代に続いているものを遺された方は各地に多くいらしゃいますので、この本が参考になるという各地の大名ファンも多いんじゃないかなと。

 

 

 

 

という訳で、当著の中身についてはただただ「分かりやすく色々教えてくれてありがとうございます」「北条家スゲェ」という感じなのですが。

 

 

関西人かつ戦国時代素人の自分としては、北条家をモデルに戦国大名を「領域国家」として位置付ける戦国大名論が完全にまだ腹落ちしていない面もあり、この辺はもっと各地の戦国時代を勉強していかないとなあという気持ちを新たにしました。

 

戦国時代について、各地の大名領国が「独立国家だった」「領域国家と言えるだろう」的なことを強く主張する方もいれば、「意外と中央政権の権威や情勢はみんな気にしていた」「日本全体としてとか、足利将軍はめっちゃ大事とか、そういう価値観も意外とあった」みたいな主張もあって、この辺の多層的かつ地域ごとにムラッ気のある価値観を、自分なりにもう少しビビッドに掴んでみたいもんだなあと。

 

ひらたく言うと、北条家の行政実務が素晴らしいこと、おそらく畿内や西国の戦国大名は(今後研究が進んだとしても)北条家の行政レベルには達していないんじゃないかなという予感、をありありと感じるだけに、「北条家スゲェ」は素直に受け入れられるんですけど、北条家(やご近所の今川家や武田家)をモデルに「戦国大名や戦国時代はこうなんだ」となると「マジッすか」「それ一流大名しか映らないやつ違います?」感が出てくるという感じです。

 

逆に、東国の戦国大名からしたら「中央で室町幕府克服を進めた三好家や織田家が戦国時代では重要だよね」とか言われたら「ハァ?」ってなるでしょうし、「大航海時代宗教改革といった世界史と繋がっているスケール感が欲しいよね。石見銀山さいこう!」とか言われても「……そっすね」となるでしょうから。

 

要は、北条家の行政レベルの高さは、それくらい尖り過ぎている事例で、戦国大名一般を語るのに実はあまり向いていないんじゃないかという。

 

……いちばん「ふつう」「標準的」な戦国大名って何家なんでしょう?

 

 

本当に、戦国大名とか戦国時代とか軽々しく日ごろ口にするような言葉ひとつとっても実は定義づけが難しいですねまいるわ楽しいわあという気持ちになりました。

 

 

 

何はともあれ、これだけ研究成果も史実の事績もハイレベルな後北条家ですから、そのうち大河ドラマとかになってもっと一般知名度が上がるといいですね。

著者あとがきで北条氏康さんの実績が世に知られていないことを嘆いておられましたが、実際に北条氏康さんは

  • 現代に続く統治システムをつくった(当著力説の通り)
  • 関東の中世武家秩序である足利氏・両上杉氏を克服した(これには畿内戦国史ファンもうっとり)
  • 戦での大活躍がある(これには里見家ファンもドキドキ)
  • ライバルが魅力的(これには山梨県民も新潟県民もニッコリ)
  • 良質な史跡もたくさん(これには城郭マニアもエクスタシー)
  • 家族仲が最後までいい(これには今年の大河ドラマファンもびっくり)

 

等々、いくらでも美点を数えあげられるお人ですから、なんで知名度が上がりきらないのか不思議なくらいです。

 

 

 

北条家の研究がますます戦国時代全体の研究をリードしていただきつつ、研究の世界だけに留まらないで一般的な知名度も獲得されていきますように。

 

 

 

映画「嘆きのテレーズ 感想 後から倫理観を歪まされていたことに気づく名作」マルセル・カルネ監督

 

1953年のフランス映画「嘆きのテレーズ」を観てみましたら、ストーリーライン、演技、演出が巧み過ぎて、いつの間にか非倫理的な行為を応援しながら鑑賞していたことに映画が終わってから気づかされてかんたんしました。

 

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以下、ネタバレ前提で感想を書いていますのでご留意ください。

ネタバレしないと語りにくい内容なので……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公のテレーズさん(左)は、病弱な夫(中央)、子離れできない義母(右)と暮らしています。

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いきなり義母にイヤミを言われていますが、物語開始時点では眼差しが乾いていて人生に何の楽しみも見出していないような感じのテレーズさん。

 

 

 

帰宅後も義母は夫に悪口を吹き込み続けます。

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この感じ悪い姑演技が超いいの。

 

 

 

夫は寝込むばかりで何の頼りがいもございません。

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夫を見下ろすテレーズさんの、感情のこもっていない眼差し演技が既に最高ですね。

 

 

 

 

その後、なんやかんやでテレーズさんの前にイタリア人トラックドライバーのローランさんが登場します。

 

 

トゥンク。

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夫には望むべくもない情熱的な男性であります。

 

 

 

トゥンク。

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瞳にいきなり感情の灯りがつくのがすごいですね。

 

 

 

こうして二人はたちまち恋に落ちてしまうのです。さすがフランス。

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して。

 

しばらく不倫を楽しんで、やがて二人は駆け落ちしようぜ的になって夫に事実を突きつけましたが、もちろん夫は大激怒なのであります。

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テレーズさんを監禁する気まんまんの夫。

彼は介護が常に必要なタイプなのでテレーズさんに逃げられたら困りますし、そもそも母親にずっと守られて育ってきたのでプライドを破壊されたような経験もこれまでなかったのでしょう。

 

 

 

 

 

そして。

 

 

テレーズさんと愛人ローランさんは、うっかり夫を殺害してしまいます。

具体的には列車から突き飛ばしまして。

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警察からはそうとう疑われたものの、特に証拠もないため、事故として処理される感じになりました。

 

 

 

しかも残された義母は、ショックで口がきけなくなり。

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この「息子を殺したのはぜったいお前だろ」みたいな姑視線もスゴいわ。

 

 

 

 

邪魔者二人が消えて、結果としてテレーズさんとローランさんが幸せに暮らしていけそうになったと思ったら、二人を強請る証人さんが現れてしまいます。

夫殺害時の模様、きっちり見られていた訳ですね。

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相手は軍隊あがりのお兄ちゃん。

この証人の兄ちゃんもたいがい小癪な演技が上手くて、視聴者をイラっとさせるところがあるのですよ。

 

 

 

ローランさんも暴力で屈服させようとしてみるも。

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証人さんも軍隊あがりだけあって、そんなかんたんに諦めません。

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とはいえ、証人さんは正義を遂行したい訳ではなく、金が欲しいだけです。

テレーズさんの手もとにも、鉄道会社からの詫び金が折よく転がってきました。

 

 

 

そこで、テレーズさん、ローランさん、証人さんは最後の交渉機会を設けることになります。

 

 

最終交渉にあたり、証人さんはローランさんに殺される可能性も視野に入れ、裁判所宛の真実暴露レターをホテルのメイド少女に預けます。

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証人さん、これまでの人生ロクなことがなかったであろうことが充分に察せられる兄ちゃんで、ホテルのメイド少女に優しい表情を見せてくださるような面もありますので。

 

 

 

最終交渉場面を観る頃には、なんだか「テレーズさん(不倫・殺人偽装)もローランさん(不倫・殺人)も証人さん(恐喝・偽証)も、みんな交渉がんばれ、上手く収まって三人とも無事でありますように」みたいな気持ちになってくるのであります。

 

 

 

交渉が上手く収まった場面では、観ているこちらもホッと安堵ですよ。

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このハッピーエンド感!!

いつの間にやらテレーズさんの眼差し、胆の据わった女傑みたいになっているのもまじスゲェっす。

 

 

 

 

で、めでたしめでたしかと思っていたら。

 

 

 

 

直後、漫画太郎作品ばりの勢いでトラックがプップードカーンしてきまして。

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証人さんが「死~ん」状態に……。

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「手紙……」というテレーズさんとローランさんにとって謎の遺言を残し、息絶える証人さん。

 

終幕を迎え、テレーズさんの犯罪者のような視線に驚かされます。

 

 

 

 

 

やがて17時。証人さんの暴露レターはしっかり裁判所へ。

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モブの会話が軽やかフランス風なのが良いギャップ演出ですね。

 

 

 

FIN!!

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…………。

 

 

やーーー。

 

 

「17時の手紙」が出てきた時点で、オチはなんとなく分かってはいたのですが。

 

ストーリーライン、役者方の演技、画面の作り方、間の置き方……がめちゃくちゃ良くて、いつのまにか心情的にはテレーズさん、ローランさん、証人さんに肩入れしながら観てしまいまして。

 

最後のトラック&17時レターが、まさしく神の雷のように突然ブッ込まれ、これでようやく「因果応報」という真っ当な倫理意識を取り戻したんですよね。

 

久しぶりに「映画とか演技とかって怖いな」「倫理観って、ほんの数十分でこんなにコロコロ変えられてしまうんやな」ということを実感しました。

 

ごっついわこの映画。

 

有名作品として知られているのもさもありなん。

多くの方にこれからも鑑賞してもらえるといいですね。

 

 

 

演技やムードに乗せられて、不倫とか偽証とか殺人とかについつい手を染めてしまうようなことがどちら様もございませんように。