陰陽師シリーズ初の長編作品「生成り姫」が、シリーズを初めて読む人にもシリーズのファンにもサービスレベルが高い逸品でかんたんしました。
十二年前、月の明るい晩。堀川の橋のたもとに立ち、笛を吹く源博雅と一人の姫。すべては二人の出会いから始まった。淡い恋に思い悩む友を静かに見守る安倍晴明。しかし、姫が心の奥底に棲む鬼に蝕まれてしまった。はたして二人は姫を助けられるのか? 急げ博雅! 姫が危ない。シリーズ初の長篇、遂に登場。
以下、一部ネタバレを含みますのでご留意ください。
陰陽師シリーズの3巻「付喪神の巻」に収録されている短編「鉄輪」をセルフリメイクして長編仕立てにした作品となります。
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もとが陰陽師シリーズのヒロイン第二の主人公である源博雅さんと、心身が半ば鬼と化した(生成り)姫君を巡る傑作エピソードですので、シリーズファンとしてはもうあらすじだけで充分期待できる感じですね。
この作品は他のシリーズ作品と異なり、朝日新聞での連載をまとめたものだそうで。
著者さんの狙い通りなのかもしれませんが、結果として陰陽師シリーズさんに一見さんを呼びこむには最適な内容となっています。
通常、順番にシリーズ作品を読み進める場合は、主人公の特徴をざっくり把握したり、主要キャラが出揃うのに数巻を要してしまう訳なのですが。
この作品では「安倍晴明」「源博雅」「蘆屋道満」「生成り姫(徳子)」といった主要キャラがしっかり出てくる上に、
- 陰陽師という存在の解説
- 読み進めやすい文体、軽快かつ洒脱なテンポ
- 安倍晴明さんの素性や、謎めいた美しさや、卓越した陰陽術
- 源博雅さんの人柄や、卓越した音楽の才や、名笛「葉双」入手・「秘曲流泉」習得の経緯
- 安倍晴明さんと源博雅さんとのエモーショナルな関係性
- 呪・妖・鬼の恐ろしい描写、それらを生み出す人の哀しさ
- 悪さ一辺倒ではない蘆屋道満さんの孤高の魅力と萌え要素
等々をばっちり味わえてしまうのです。
さすがシリーズ人気・アピールポイントが確立してからのリメイクは強力ですわ。
陰陽師シリーズに興味があるけれど、作品数が多いから取っつきにくいなあと感じている方は、まずこの「生成り姫」を読んでみるといいのではないでしょうか。
ちょうど信長の野望20XXで源博雅さんのイベントやってますしね。
(この葉二(葉双)のエピソードも当巻に収められています)
その上で、こちらも意図的だと思うのですが、シリーズファン向けに「従来作品名場面のセルフオマージュ」が多いのも嬉しいところです。
個人的に一番かんたんしたのは、陰陽師1巻の源博雅さん超男前シーンの鏡映し版なこちらの描写。
「おまえ、しばらく前に、誰の心の中にも鬼が棲んでいると言っていたな」
「うむ」
「よいか、晴明。もしもだぞ、ある日、もしもこのおれが鬼になってしまったらどうする――」
「安心しろ、博雅。おまえは鬼になぞならぬ――」
「しかし、誰の心にも鬼が棲んでいるのなら、おれの心の中にも鬼が棲んでいるのだと言ったではないか」
「言った」
「それはつまり、おれが、鬼になることもあるということではないのか?」
「――――」
「もしも、このおれが鬼になってしまったらどうなのだ」
博雅は、また同じことを尋ねた。
「博雅よ。もしも、おまえが鬼になってゆくとするのなら、おれはそれを止めることはできぬだろう」
「――――」
「もしも、それを止めることができる者がいるとするなら、それは、おまえ自身だ」
「おれが……」
「そうだ。もしも、おまえが鬼になろうというのなら、それは誰も止めることができぬのだよ」
「――――」
「おれは、鬼になってゆくおまえを救うことはできぬ」
「徳子殿も?」
「ああ」
晴明はうなずいた。
「しかし、博雅よ。これだけは言える」
「何だ」
「もしも、おまえが鬼になってしまったとしても、この晴明は、おまえの味方だということだ」
「味方か」
「ああ、味方だ」
晴明は言った。
博雅は、琵琶を抱えたまま、また沈黙した。
ごとり、
ごとり、
と牛車の音が響く。
博雅の眼から、涙がひと筋こぼれている。
「ばか……」
囁くような声で、博雅は言った。
1巻で博雅さんが晴明さんへ「何があってもおれは晴明の味方だ」 と伝えていたことへの、見事な返歌になっていますよね。
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……ッ!
たまらん…………ッ !!
そのほか、博雅さんが徳子姫との昔話を語り始めるきっかけになった
「おまえ、いるのではないか」
「いる?」
「だから、愛しいお方がさ。おまえ、どこぞのお方を好きになったのではないか」
「いや、そういうのとは違うのだ」
「何がどう違うのだ。違わないお方ならいるということか――」
「話を急くな、晴明――」
「急いてはおらん」
「おれはまだ、そのお方の手も握っておらぬし、お名前すらも存じあげぬのだぞ」
「やはりいたのか」
「いるとかいないとかいうのとは違うのだ。そのお方がどちらに住まわれているのかもおれは知らぬのだからな」
「いるのだな」
「――――」
「そうか、いるのか」
「昔のことだ」
博雅は、顔をやや赤くしている。
という、日ごろクール極まりない安倍晴明さんの熱い喰いつきっぷり畳みかけっぷりが無性に面白すぎてもうダメです。
かように、この「生成り姫」はシリーズバージンにもシリーズファンにもおすすめできる素敵な作品なのでおすすめですよ。
今さらシリーズを読み始めている私が言うのもなんですけど、面白いので支持層が広がっていくといいですね。
何はともあれ、原作や20XXで「源博雅さんが鬼と化す」ような心無い展開なんて導入されませんように。
マジで。
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